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おかしな女

結局新人の女の教育係を押し付けられた西岡は、嫌々ながらその女と取り調べに出る。

一向に己から離れようとしない女に辟易する主人公のお話。

男の過去が少しだけ明らかになります。

そうしてそれから俺は、上司に一方的に新入りの女の教育係を申しつけられ、仕方なしに女を連れて仕事をしている。

炎天下の中、全く俺から離れようとしない女に手を焼きながら、四六時中腕にしがみつかれて、俺はこの暑苦しい中、熱苦しく女を従えて、押し付けられた仕事をしている。

仕事内容は聞き込みだ。だから勿論主な活動場所は外。

この殺人的に暑い真夏の陽射しを浴びながら、体中が汗だくになる。

適度に水分と休憩を取っているが、それでもすぐに喉が渇く。

本当ならば、タクシーにでも乗って廻りたいものだが、それでは聞き込みの意味がない。

もしかしたら、その辺りに落ちている石ころの一つにさえ、何か重要な手掛かりがあるのかも知れないのだ。

だからこそ俺はこの真夏のクソ暑いなかを女とくっついて歩いている。

俺は何度も女に離れろと言った。最後は下手に出て懇願してみたり、物で釣ったりと手を尽くして見たが、そのことごとくが失敗に終わった。なんでもこれに話しを聞いた限りでは、この女はかなりの方向音痴らしい。

だからいつもこうして知らない場所へ行く時は、連れの腕を放さないらしいのだ。

そうして何故か知らないが、今俺はその女と指を絡ませあい、手を握っている。

つまり恋人繋ぎだ。何故だ。訳が分からない。

暑いし、汗は掻くし、体中汗でベタベタするし不愉快だ。それに密着しているから、女の熱まで俺に流れてくる。

だから内心俺は不愉快で仕方ない。だが、仕事だからと言い聞かせてなんとか耐えているのだ。

俺は産まれてこの方、女とまともに付き合った事などない。

だがまあ、経験がない訳でもない。

これでも俺は昔はエリートだったのだ。

だから将来性がある俺に寄って来る女はごまんといた。

だが俺はどうも女という生き物が好きにはなれないのだ。

別に普通に話す分には構わない。だが、付き合うだの好きだのとなると全く別の話しだ。

俺は、はっきり言って女が好かない。

それはきっと幼い頃、実の母に虐げられた事が理由なんだろうな。

俺の両親は一度離婚している。

今の俺の母は、本当の母親ではない。俺は今、血の繋がらない両親の元にいる。父は死んで今は母親だけだ。

なぜ今の両親に育てられたのかと言う答えは簡単だ。俺は捨てられたのだ。



まだ子供だった当時の俺は、両親が離婚した時、母親に引き取られ育てられた。

だが、あれは最低な親だった。

結婚当初から金遣いの荒かったあの女は、父の財産に目を付けて言い寄り、そして見事なまでの演技で父を虜にした。

だが、その女が愛していたのは父ではなく金だったのだ。

そして俺が産まれてからは、女は手の平を返すようにガラリと態度を変えた。

己の贔屓のホストに金を貢いでは抱かれ、そうしてそれは子を孕んだ。

それが自分の子でない事に気づいた父は激昂し、身重の女を家から追い出した。

そうして女は、取るものもとりあえずに家から逃げ出した。

だが、女はどうしても俺が欲しかったのだ。

あんな親でも人の親。それなりには俺が可愛かったらしい。だから手元に置いておきたかったのだ。

だから秘密裏に女は準備していたのだ。俺を奪い返す準備を。

そうして夫になったホストの後ろ盾を得た女は、俺の親権を巡り裁判を起こした。

そして父はそれに負けた。

まだ小学五年の俺には母親が必要だろうと判断されたのだ。

その時は、父はまだ独り身だった。なぜならまだ父は、母親の事を引きずっていたからだ。

だからそれが不幸にも敗因になってしまった。

それから俺は義理の父と母親とに育てられた。

だが、その男は人間的にも、同じ男としても底辺を行っていた。

酒を呑んで仕事から帰って来た男は、俺と目が合うとそれだけで俺に難癖を付けてきた。

そうして、目付きが気に入らないとかその態度が可愛くないのだと言っては俺を殴り、そうしてうずくまる俺を何度も蹴り付け、時には酒ビンで殴られた。

母親は、産まれたばかりの妹をかばうのに必死で、俺にまで気が回らなかった。

だから俺はいつでも体中痣だらけ。俺が親から虐待を受けているのは、誰の目にも明らかだった。

そうして俺は、己を護ってくれない母親を頼れず、男の暴力に耐え兼ねて何度も家出した。

そして浮浪児同然の生活を付けながらも、俺は何とかして己の母親をあの男から救い出そうとした。

だがあの女は、俺が必死に稼いだ金で会いに行くと、まるで汚い物を見るような目で言った。

「お前、何しに此処に来たの?お前のせいで母さんは捨てられたのよ。お前が家出した後に私があの人を責めたら母さんあの人に殴られたんだよ。『お前のガキは気に入らない。全然俺には懐かない。そりゃあそうだろうな。お前みたいな汚らしい女の腹から産まれて来たんだからな。もういい。もうウンザリだよ。別れようぜ。もっと面倒じゃない女にするんだった。子持ちの女にした俺が馬鹿だった』

そう言ってあの人は出て行った。母さんはね、だからお前が憎くてたまらない。今すぐお前の首を絞めて息の根を止めてやりたいぐらいだよ。だからもう二度とここへは来るんじゃないよ。もうお前の顔なんて、二度と見たくない。私の前から消えておくれよ。目障りなんだよお前は。二度と私の目の前に現れないでおくれ」

そう言って俺の目の前でピシャリと扉を知られた。

ガチャリと鍵が閉まる音がして、俺は我に返る。

慌ててドアを叩くも、二度と母親は俺に顔を見せてはくれなかった。



それからの俺は酷かったと自分でも思う。

唯一信じていた母親に捨てられ、裏切られ俺はそれこそ生きる為なら何でもやった。

盗み。恐喝。詐欺。スリ。空き巣。車上荒らし。ひったくり。

他にも色々並べあげるならキリがない。女遊びも酷かった。

毎夜毎夜違う女を抱いては、次の日には捨てて、またその日の夜には違う女を抱いて楽しんだ。

もう誰も信じられはしない。俺は誰にも頼らない。俺は俺の力だけで生きて行く。

そうして俺は荒れに荒れ、人殺しと、麻薬と、銀行強盗以外の全ての犯罪に手を染めた。

婦女暴行なんてのも、いくつしたか分からないな。あの時は女が憎くて堪らなかったから、世の中の女はすべて不幸になればいいのだと、そう思っていたのだ。

そうして己を狂わせたこの世界を怨み、そうして己自身を苦しめ、傷つけて行った。

だが、そんな地獄の日々もやがて終わりを告げる。

誰も信じられなかった俺を立ち直らせ、人を傷つけることしか知らなかった俺を憐れみ、そうして救いあげてくれた人がいたのだ。

その人は今の俺の育ての親。

名は“西岡尚孝”。当時よく俺を補導した警察官だった。

俺は警察を巻くのは上手かったのだが、なぜかいつもその男からは逃げられなかったのだ。

それは少年課でも有名な男だったらしいが、その当時、俺はそんな事はお構いなしだった。

男の取り調べに応じようともせず、そうして相手が少し俺に対して気に入らない言葉を吐いただけで激怒し、机を蹴りあげて、椅子を投げ付けた。

しかしそれでも男は俺に手を上げなかった。怒るどころか、声を荒げる事すらしなかったのだ。

俺が男の胸倉を掴んで睨みつけても、その人は穏やかな表情で俺に言う。

「なぁお前。そうやって突っ張って生きてて楽しいか?本当はお前辛いんじゃないのか?だからそうやって暴れるんだろう?お前の素性はあらかた調べさせて貰ったよ。お前も大層苦労して来たんだな。俺にはお前の苦しみは分かってやれんが、どうだ、お前、父親に会いたくはないか?お前の親に会ってみれば、少しは気が晴れるんじゃないか?金の事なら気にするな。俺が出してやる。どうだ?それがお前の為だと俺は思う。会ってみたらどうだ」

そう言って俺をまっすぐに見つめるその眼に、嘘はないと感じた。これは本当に俺を案じてくれているのか。

だがもう、その時の俺は人を信じることなどできなくなっていた。だから言ったんだ。

「ああ?馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺を捨てた親父になんざ今更会って何になる?もういいんだよ俺は。このまま落ちるとこまで落ちてやるさ。そうして後からアイツらに復讐してやるんだ。俺が殺してやる。俺をこの世に産みだした両親にな。アイツらは、俺がこの手で殺す!死んでもなあ!!」

そう言って男を殴りつけて、俺は取調室から飛び出した。

背中から慌てた男の声がしたが、無視する。そのまま警察署から逃げ出した。誰も追っては来なかった。



そうしてその日、俺は久しぶりに野宿した。

公園の片隅にあるベンチに横になって星空を見上げる。

その時は確か真冬だったな。寒くて堪らなかったのを覚えている。

だけど、もう死んでもいい。自分のような人間などこのまま凍死してしまえと自暴自棄になっていた俺は、寒さで震える体を無視して意地になって目を閉じる。そうして暫くしてウトウトとし始めた時だった。

誰かの気配がして目を開けると、先ほど俺が殴った男が俺の傍らに座って、寒そうに己の腕を両手で擦っている。

そうして俺の体を見下ろしてみると、男の上着が掛っていた。

俺は慌てて起き上ってそれを剥ぐと、男に投げつける。

そうしてギロリと睨み上げる。

「テメェ!何のつもりだ!これで俺に恩でも売ろうってのかよ!?ああ!?ふざけてんじゃねぇよ!俺なんて放っときゃいいだろうがよ!何で俺に一々付き纏いやがる!目障りなんだよ!俺の前から消えろ!」

すると男は、ふっと笑って言った。

「そうか。お前母親にもそう言われたのか?」

それに俺は固まってしまう。何と言えばいいものかと思案していると、ふと男の手が俺の頭を撫でた。

振り払おうとすると、男の優しい声が落ちてきて動きを止める。

「辛かったろうなお前。お前は何にも悪くないさ。お前の両親だって悪くない。お前の母親だってきっとそれは本心じゃないはずだ。知ってたか?あの人は今な、病院に入院してるんだ。数年前に大病してな、あの男とは別れて今は一人身らしい。だけどな、今でもお前の幼いころの写真見ては、泣いてるらしいぞ。だからきっとあの時は、つい感情的になっちまっただけなのさ。きっとお前のお袋さんだって後悔してる。そうじゃなかったなら、お前の写真なんて何時までも持ってないだろう?お前が愛しいから、大事だから今でも後生大事に持ってるんだよ。

なぁ、聡。お前は居場所がなくて辛いんだろう?それなら俺の所に来たらいい。今はお前の親父さんも再婚して子供がいるからな。だからそこには行きづらいだろう?それなら俺の息子になればいい。心配するな。悪いようにはしないさ。俺のカミさんはな、子供好きでな。でも病気で自分の子供は産めなかったんだ。だからお前が俺の家に来てくれたら、きっと喜ぶだろうよ。だから、なぁ聡。どうだ?今すぐとは言わない。考えてくれないか?」

そうして俺をじっと見つめて応えを待ってくれる。

俺は迷いに迷ったけれど、俯いたまま頷いた。

「ああいいぜ。今の生活よりは少しはマシなんだろうからな。あんたの家の子になってやるよ。感謝しな」

男の顔を見る勇気はなかったけれど、その人はとても嬉しそうに言ってくれた。

「そうかそうか。良かったな。今日からお前が俺の息子だよ。今日からお前は“西岡聡”だよ。俺の息子だ。大事にするからな。だから安心してくれよ。なぁ、聡」

そう言って男は心底嬉しそうに俺の頭を撫でて、そうして肩を抱いて笑ってくれた。

そうして何度も俺に礼を言ってくれたんだ。だから俺も嬉しかった。そんな事はおくびにも出さなかったけれど。

久方ぶりに聞いた、優しい人の声だった。



「あの~。西岡さん?どうしたんですか?ボーっとしちゃって。この暑さでオカシクなっちゃいました?」

新人が俺の目の前でパタパタと手を振って見せる。俺はそれに我に返って、慌ててそれの手を掴んで言った。

「馬鹿言うな。誰がおかしくなったって?そりゃお前だろうがよ。何なんだこの手はよ?」

そう言って未だに繋いだままの手を持ち上げて見せると、女は嬉しそうに笑う。

「いいじゃないですか。だって私、貴方の事が好きなんです。ずっと前から貴方の事を父から聞かされていて、ずっと憧れてたんです。私と5つしか違わないのに、とても凄い人なんだって言う事を知ってから、私一度は貴方にお目に掛りたかったんです。だから私とっても嬉しいんですよ。大好きな貴方に会えてとても幸せです」

そう言って、無邪気に笑う女に、不覚にもドキリとしてしまう。

俺は慌てて女から目をそらして、そうして今のは間違いだと何度も己に言い聞かせた。

ありえない。ありえないだろうが普通によ。俺は今まで遊びでならいくらでも女は抱いてきたが、こんなガキみたいな女に欲情するほど、飢えてはいないはずだ。落ち着け俺。今のは何かの間違いだ。

そうに決まってるだろ。そうに決まって・・・・・・・。

女が心配そうに俺を見てくる。上目遣いのそれと目が合って、俺は慌てて女の手を振り払って駆け出した。

ああ、最低だ。何で女に限っては百戦錬磨のこの俺が、どうしてあんな小娘一人に振り回されないといけないんだ。悪い悪夢だ。何かの間違いだ。あり得ない。あってはならないことだろう。これはもはや犯罪の域だぞ。

いくら大学出た二十歳ぐらいの年頃の女だからと言って、まだあれは子供のようなものなのだ。

もしそれを俺が汚したとあれば、今は亡き育ての親に合わす顔がない。おちおち死んでもいられないじゃないか。

勘弁してくれよ。警察官なんて言う危険な仕事をしているのだから、俺はいつも死と隣り合わせだ。

だから何時死ぬか分からない身なのだ。だから死んだ途端にあの頭の固い里親に説教食らわせられたのでは死んでも死にきれない。

だから間違いになる前に俺は逃げたのだ。

だけど、そんな事をしても意味がないと言う事に気付いたのは、すぐ後の事だった。




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