苦労人な男
今日新しく俺の部署に配属される人間が来るらしい。
ここは警察署。この辺り一帯の治安を守るために日夜働いている。
だがしかし、ここは一癖も二癖もあるような奴らばかりが集まる、ようは用済みの人間の墓場のような場所だ。
以前俺が上司を殴るという不祥事を起こしてここに配属されてからもう5年。
俺はいまだにここに馴染めないでいた。
そんな時にふと耳にした、「新入りが来るらしいぜ」と言うその言葉に、俺は大した感慨も得られず、それを聞き流しながら、無関心に煙草をふかしていた。
そんな時だった。いつもは寄り付こうともしない上司が、やけにニヤニヤ笑いながら俺に近づいてくる。
俺は嫌な予感がして、それから逃げようと椅子から腰を浮かすも、相手の方が早かった。
立ち上がると同時に上司に腕を掴まれる。
そうして、上司は俺に口を開いた。
「西岡。お前、今日新しい人間が入ってくるのを知っているか?」
俺はそれにしかめっ面をしながら答える。
「それが何だってんですか?俺は忙しいんですよ。どこぞの馬鹿がサボりやがるから、今からこうしてそいつの仕事の取り調べに行くんですから。そういう事なんで、その新入りを俺に押し付ける気のようですが、俺はまっぴらゴメンですよ。俺は忙しいんでね。それじゃあ失礼します」
そう言って、上司の手を無理矢理に剥がして出て行こうとすると、場違いに明るい声がした。
「あ~!もしかして西岡聡さんですか?
わぁ、すごい!私の所では貴方とても有名だったんですよ。すごいなぁ。そんな人の下につけるなんて、私幸せ者ですね」
そう言って見たことのない女が、ニコニコして俺を見る。
俺は、思わずそれに苦笑いを返して、そうして上司を軽く睨みつけた。
すると気の弱い上司はそれだけでそそくさと自分の机へと逃げて行ってしまう。
俺はそれにため息をついた。
まあ、仕方ないか。ここは使えない奴らばかりだから、まともなのは俺とあと一人ぐらいしかいないのだ。だからいつも俺にはそのしわ寄せがやってくる。もう一人の仕事ができるまともな女は、決して人の仕事を請け負おうとはしない。
俺だって本当ならばしないでいい仕事はしたくはない。
だが、周りがそれを許さない。
そうして必然的に俺の机の上には、山のように書類が積まれることとなる。
そしていつも俺は仕事に忙殺され、偶には警察署に泊まり込むのだ。
ありえない。ありえない職場だ。
だから俺は今、暇さえあれば携帯を開いて、そうしてモバイルサイトの求人と睨めっこしている。
しかし、乗り換えるのに中々良い職場がないのだ。
この不景気だから、仕方ないと言えば仕方ないのだろうな。
しかし、俺にとっては死活問題だ。生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。
間違いなくこのままでは、過労死してしまう。俺は死ぬ。使えない奴らと、あんな薄っぺらい紙きれのせいで命を奪われるのだ。
だから俺は今すぐにでも、できることなら仕事を放り出して逃げ出してしまいたい。
だが、俺は根っからに正義感が強いから、中々仕事を辞める口実が作れないのだ。
そうして俺は、己のこの性格にうんざりしながら、こうして毎日を惰性で過ごしている。
そんな日々の中、俺の目の前に現れたこの女が、俺の運命を左右することになろうとは、この時の俺は、夢にも思わなかった。