起源と千年後2
――起源2――
メスティア王国第三都市ラルテンのとある屋敷内。
ネフェニーは質の良いソファーに座り、テーブルの上に置かれた宝箱を開く。
「おはよう、ロレンツィオ。昨日はよく眠れた?」
「ネフェニー様、どうか、どうか――」
「もう、私がおはようって言ったらおはようって返すんだよ?」
「おはようございます。し、し、親愛なるネフェニー様」
「よかった、壊れてなくて」
ニコニコとした表情で、少女は宝箱の中に入っているロレンツィオの頭を撫でた。彼の額には、紫色の宝石が埋め込まれていた。
「それで、今日はなにを教えてくれるのかな?」
「私が知っていることは昨日ですべてはなし終わりました」
「そうなの?」
「今の私はあなた様に嘘はつけません。そのように改造されたのですから」
「なんだか私が悪いような物言いね?」
「滅相もございません」
「元はといえば、あなたが私を人造魔人に改造したのが悪いのよ? 見て、この胸に埋め込まれた紫水晶。女は宝石が好きというけれど、私はキラキラした物が嫌いなの。こんなのまったく嬉しくない。ただ、この紫水晶は、錬金素材をため込むことができるし、錬金釜の役割も兼ねているっていうのは、すごい魅力的ね。だけれど……もう! 大の大人が泣かないでちょうだい! 私もこうやって我慢しているんだから、あなたも我慢しなさい! それにあなたの体は錬金に使ったからもうないよ」
「そ、そんなあ!!」
「あなたが私の命を軽んじたように、私もあなたの体を軽んじただけ。私はなにも悪くない。それによく考えてみて。先に私の命を刈り取ろうとしたあなたの方が罪は重いはず。だからもう体のことは忘れなさい」
ロレンツィオは首だけで一生を過ごすことを想像したのか、さらに鳴き声を上げた。
「うるさい!!」
ネフェニーは机を思いっきり叩いてテーブルを破壊した。宝箱は床に落ち、ロレンツィオは絨毯の上を転がった。
ロレンツィオはさらに大粒の涙を流したが、声は発しなかった。
「あーあ、壊しちゃった。この体になってから力加減が難しいのよね。今朝、獅子の魔石を紫水晶に供給したせいかしら?」
「ネフェニー様は元々馬鹿力です」
「あぁ? なんて?」
「どうせ私はもう用済みでしょう。だから早く殺してください。この姿で生きているほうがつらい」
「それは無理な相談ね」
「どうしてですか!?」
「私を歳をとらない体にしたあなたが死んだら、私は誰と談笑したらいいのよ?」
「へっ!? うわぁーーーーーー、悪魔だぁぁあああああぁあぁあーーーーー」
それからというもの、ことあるごとに奇声を発するようになったロレンツィオだったが、見かねたネフェニーに脳を再編集されてからは大人しくなった。
さらに数日後。
屋敷内の客室で、ネフェニーとロレンツィオは床を見下ろしながら会話をしていた。
「ねえロレンツィオ、私思うのよ。国益を損なわないためには、人間は人間である必要がないんじゃないかって」
「怖いですね。しかしその発言で、あたなたが皇帝陛下の娘なんだとつくづく理解させられました」
ネフェニーは、人造魔人になった経緯――国に利益を生み出さない者に付加価値を与える計画――を知ってからというもの、自分の存在意義と陛下の目的について、よく考えるようになっていた。
「人はいずれ死ぬ。これは非効率ね?」
「不老を得て、不死を得られなかった私たちからすれば、そう思うのは自然です」
人造魔人は、人間に不老・錬金の能力を給付した錬金生物だ。
紫水晶に魔石をため込むことで、副次的に魔法・闘気の能力も強化される。
これら能力は、要素材である人の能力と品質により、その性能が大きく変化することがここ数日でわかっている。
「能力ある者は、歳をとればとるほど不老不死を求める。陛下も例外ではなかったということかしら。だとしたら陛下の目的は……」
「不老不死ですか」
「ええ、それに加えて、自らを高次元の存在へと昇格させることで、人類を一段階下に置きたいのでしょう。管理者として、国を完全に支配するために。……あなたも記憶に新しいでしょう。反乱分子の首を自らの手ですべて斬り落とした斬首皇帝バルド。力を誇示して、人を従えさせる。あいつはそういう男よ」
「陛下は独裁国家を目指している、ということでしょうか?」
「そうね。手始めとして、身内であり、文武両道、されど役立たずな私が陛下のお眼鏡にかなった。結果として私は不老になり、能力の高い人造魔人になった。どう?」
「仮定の話としては筋が通っています」
「だとしたらよくない流れよね?」
「はい。人を人とも思わぬ人が最高権力者であり、独裁国家を目指しているとなれば、危険極まりない。さらに、不老の獲得という実験の第一段階が成功しました。いやはや私が優秀すぎることが問題になるなんて、思ってもみませんでした」
ロレンツィオはたまに自画自賛する。
しかしこれが鼻につかない。
天才ゆえの独特の雰囲気を彼はまとっていた。
「ただ、どうなんでしょうか。独裁国家というのは、大衆の理にかなっていません。必ず大きな反発があるでしょう」
「そうなの?」
「そうなのヤバい。ごほっごほっ……明日から奴隷になれ、といわれて納得する一般市民はいないといえば、理解できますか?」
「なんとなく。だけど勝てない戦いを挑むほど、一般市民も馬鹿じゃないでしょう?」
「あなたの生きてきた環境は特殊だったと、第三皇子から聞いています。理解しづらいのも仕方ないのかもしれません。えーとですね、もっとわかりやすくいうと、我々、人造魔人の存在は、近縁種(人間)との優劣を決定づけました。想像してみてください。人間と猿の関係を。飼われたほうが得だと理解して行動できた猿は、楽園で夢のような生活を送りましたが、そうでない猿は、戦いに明け暮れた末に飢えて死にました」
「なるほどね。人間の矜持や、諸般の事情を考慮する必要があるってことね。理解した。それに、なにも馬鹿正直に奴隷になれと告げる必要はないって話よね? 奴隷にするにしてもやりようはあると」
「はい。その上で言います。私は陛下の考えには賛同できません」
「私もよ。しかしこれらはあくまでも仮定の話」
しばし考えるネフェニー。
「とりあえず私たちは逃げましょう。逃げて、逃げて、世事を観察する。もしも皇帝バルドの支配下において、国民が泣いていたら……そのときは戦いましょう。もちろん、付き合ってくれるよね?」
「短い付き合いですが、あなたのことは大体理解しました。善でもないが悪でもない。人間性に多少の問題はありますが、ううっ、それは私とて同じこと。――それに……私はこんな体です。この場に残されたほうが悲惨なことになりますよ。なのでしかたなくついていきます」
「ありがとう。最初はこんな体にされたせいもあって、あなたにむかついていたけれど、これからは仲良くしましょうよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。それで……そこに転がっている第三皇子はどうしますか?」
客室の床には、人造魔人に改造され、拷問を受けて死んだ第三皇子が転がっていた。
「情報はすべて抜いたからもう必要ない。捨てていきましょう」
――千年後――
ネフェニーは遺跡内部の魔力永久循環装置『永久カプセル』内で目を覚ました。
周囲は薄暗かったが、次第に明るくなる。
(……誰かが遺跡を起動したのね)
目の前に設置された鏡を見た。
写し出されていたのは、気の強そうな金髪金眼の裸の少女、十七歳。
人造魔人に改造された時と同じ姿に戻っていたことで安心したネフェニーは、隣の永久カプセルに目を向ける。
男の頭部と目が合った。
銀髪のロレンツィオだ。
ネフェニーは永久カプセル内部の扉開閉ボタンを押す。下のホースから培養液が抜けて、全面扉が自動で開かれた。
ペタペタと足踏みをして体の調子を確認する。
華奢なネフェニーは、大きな伸びをひとつして「体の再生に成功。これで不死性を得られていればいいんだけれど……」とつぶやいた。
隣からコンコンと、ノックの音が聞こえる。ロレンツィオが頭で前面扉を小突いていた。
ネフェニーは制御装置を操作して、ロレンツィオを培養液から取り出す。とりあえず左手に持って観察してみた。
「おはようございます、ネフェニー様」
「おはようロレンツィオ。見てよ私のこの体。ちゃんと元通りになったわ。それなのにあなたは……どうして体が再生していないのよ」
「おそらくですが、体がない期間が長すぎたのでしょう」
「脳が、体がある状態を正常だと認識しなかったってこと?」
「そうだと思います」
「残念ね。気分はどう?」
「まだ頭が冴えません」
「それは深刻な問題ね」
ネフェニーは険しい表情をする。
ロレンツィオは語気を強めて言う。
「どういう意味でしょうか?」
「フフッ、誤解しないでちょうだい。あなたは頭脳以外でも、ちゃんと私の役に立っているわ」
「具体的には――」
「それはそうと、どのくらい眠っていたのか確認しなくちゃ」
ロレンツィオは文句を垂れながらも、ネフェニーと一緒に天井を見た。
天井には、巨大な円形の文字盤――『年代盤』――がある。これにより、眠ってから何年が経ったかを確認することができた。
「私たちが眠りに入ってからちょうど千年か。ずいぶんと時間がかかったわね」
ネフェニーは眠りにつく前のことを思い出す。
ロレンツィオを人造魔人に改造した数日後に、第三皇子を殺して逃げた。
すぐさま皇子暗殺の罪で全国に指名手配され、国お抱えの暗殺部隊と、賞金稼ぎに命を狙われる日々がはじまった。
それらをすべて返り討ちにしたはいいものの、国内に居場所はないと感じたネフェニーたちは国外逃亡をはかる。
最終的に行き着いたのは、北端の帝国から最も遠い地にある南端のオーランド王国。
そこで住処――錬金遺跡――を造り、帝国の情報収集をしながら戦力を増強していた。
そんなある日のこと、皇帝バルドは国民皆奴隷制度を発表した。
そして、他国への侵略戦争を開始。
世を震撼させたこの出来事を境に、ネフェニーは反旗の狼煙を上げた。
かつての地位と能力のおかげで、協力者には困らなかった。
国際協定に反した帝国を打倒するという志をもった国や同士が集まり、連合を結成。
帝国に向けて進軍を開始。と、ここまではよかったのだが……。
「……私たちは負けた」
「そうですね。まさか帝国が自力で人造魔人を造り上げることに成功するとは、思ってもみませんでした」
皇帝バルドは、人造魔人を大量に生産していた。そして自らも――。
「理由はわかってる」
「第三皇子ですね」
「そう。あのときに死体を捨てたのがいけなかった。時間がなかったとはいえ、屋敷ごと燃やして、証拠をすべて隠滅するべきだったわ」
悔やんでも悔やみきれない過去の過ち。
人造魔人の成功例を世に残した結果、世界の三分の一が皇帝バルドの手に落ちた、ともいえる。それほどまでに、人造魔人という戦力は規格外だった。
たとえ皇帝が人造魔人の製造に至らなかろうが、世界征服のために動いたことは間違いない。
けれど、戦争敗因の主な原因をつくった責任を取らないわけにはいかない、とネフェニーは考えていた。それはロレンツィオとて同じ。
今でも耳から離れない。捕らえられ、連れて行かれたメスティア城で発した皇帝バルドの言葉。
『ヌハッハッハッ、我が娘ネフェニーよ。よくやった。おまえの働きのおかげで目障りな連中を一網打尽にすることができた。褒めて遣わす』
屈辱だった。
今まで苦労してきたことが全部この男のためになったかと思うと、悔しくて泣きそうになった。けれど死んでいった者たちを想い浮かべ、泣くのを我慢して唇を噛みしめていた。
今でも湧き上がる怒り。
「もっと、もっと戦力を蓄えるべきだった」
ネフェニーは不甲斐ない自分を戒める。
紫水晶から柄の長い戦斧をとりだして、自分の左腕を斬り落とす。血がドバドバと吹き出すのを見ながら、左肩に魔力を込めた。すると腕がすぐさま再生し、床に落ちた腕は灰になった。
「どうやら不老に加えて不死も獲得できたみたいね。よかった。これでまた舞える」
皇帝バルドはネフェニーを捕らえたあと、首だけにして、オーランド王国に返品した。
救国の戦乙女として名を馳せていた少女の変わり果てた姿に、多くの国民が絶望したのはいうまでもない。
「当時のオーランド王国国王には感謝しないとね」
「ええ、こうして私たちが復活できたのも、ひとえに彼ら一族の助力あってのもの。感謝してもしきれません」
ビービービー。
ふいに鳴り響く警報音。に続いて、室内に紫色のガスが噴出する。
「侵入者の毒か。さてどうしよう」




