起源と千年後
――起源――
メスティア帝国第三都市『ラルテン』のとある屋敷内。
「これが第六皇女ネフェニーか。噂に違わぬ美しさだ。どうした?」
身なりの整った男は、棺に入った少女を見ながら、白衣を着た男にそう告げた。
「いえ、失礼いたしました。第三皇子様が女性にそのような表現をするのは意外だったものでして」
「……この娘を前にすれば誰だって目を奪われるさ。なあロレンツィオ。この娘は社交界はおろか、陛下の晩餐会にも出席をしていない。なぜだかわかるか?」
「いえ、私は皇室の事情には疎いので……」
「この娘は、生まれる前から周辺国の地位ある男どもの玩具になる予定だった。しかしそれを知って、心を病んでしまった実の母親にたいして、娘は配慮した。結果として、あらゆる会合に参加しなくなり、陛下や貴族たちの不興を買うことになったのだ」
「左様でございましたか。ネフェニー様は、不遇な環境にいる自分が一番つらいにもかかわらず、母親の心労の回復に努めた。なんとも健気な娘さんじゃありませんか! お顔だけでなく、お心まで強いとは、このロレンツィオ、深く感心いたしました」
「でもな、意外や意外、この娘は気が強く、なにをしても言うことを聞かないじゃじゃ馬だという。大人しそうな顔をしているのに、信じられるか? まあ、だからこそ、またしても白羽の矢が立ったわけだが、お前も帝国の利益にかなう働きを見せなければ、この少女と同じ運命を辿ることになる」
「……はい。もちろん真面目に働かせていただきます」
「よいか、希代の錬金術師ロレンツィオ。これを人造魔人に作り替えよとの陛下のご命令。必ず成し遂げよ」
「はい、お任せください。この私が新たに生み出した近代錬金術にかかれば造作もないことです。皇族の血を、必ず有効に活用してみせます」
「それは頼もしい。がしかし、これは国家機密の最重要任務だ。失敗は許されん。そのことを肝に銘じて、心してかかれ」
「仰せのままに」
ひざまづき頭を垂れるロレンツィオをそのままに、第三皇子は部屋から出て行く。
上質な絨毯を見つめるロレンツィオの表情は、険しかった。
――一○○○年後(銀翼の竜)――
オーランド王国。
かつては不毛の大地と呼ばれ、人間の住める土地ではなかった。、しかしある日を境にして、天変地異『浸食する森』が発生。干からびた大地は、豊かな自然を取り戻した。
オーランド王国南端の開拓村にある中央広場の酒場では、今日も多くの冒険者たちで賑わっていた。
「ちょっといいかい? またうまい話があるんだ」
「おまえか。すぐに盗聴防止用の【ルーム】を展開する。席に座って少し待て」
cランク冒険者『銀翼の竜』のリーダーであるラルフは、錬金術師の女ミスティに指示をだす。
ミスティは小指に嵌めた銀の指輪に魔力を流した。すると透明な膜が展開され、卓全体を覆う。
ルームは、膜の内側を周囲から見えなくするが、中からは外が見えるという優れた錬金アイテムだ。
この酒場では、使用料を支払うことで使用が許されている。
「これで会話を聞かれることも、口を読まれることもなくなった。さあ話せ」
「この前、旦那たちが見つけた古代文明の遺跡があるだろう」
「ああ、すぐに中央の役人に割り込まれて引き継いだがな」
「でもたんまりと大金を得たってもっぱらの噂になってますぜ、へっへっ」
「噂は噂だ」
「そうですかい? で、その遺跡なんですがね、あとからやって来た中央の調査隊が、なにかを発見したらしい」
「なにかって?」
「さあねえ。しかし、いつも椅子にふんぞり返っている役人どもが、いつになく慌ただしい。これはなにかあるぞ、とあっしは睨んでいるわけです」
「なにかあると言われてもな。それだけの情報じゃあ俺たちは動けない」
「あっしはここのところずっと働きづめで、そろそろ休息が必要だとは思いやせんか?」
襤褸を着たひげ面の男は、急に披露困憊だという。
熟練の冒険者ラルフは、仲間たちに目配せをする。
そうしてみんなの了承を得たあとに、【魔法の鞄】から金貨十枚をだした。
情報屋に対する初手の報酬にしては破格の値段であったが、ラルフたちはこの男のおかげで古代文明の遺跡の発見に至っている。
その情報で得た利益は、オーランド王国首都ヘラルテンの一等地に豪邸を建てられるほど。
ラルフは、今回も有益な情報を期待して、この怪しい男に大金をだすことにした。
「へへっ、話が早くて助かるぜ。実はあの遺跡の調査にでた面子のほとんどが協会の世話になっている。治療に当たっている治癒師の話では、未知の毒に犯されていて、今のところ完治不可能だとよ」
「聞かない話ね。遺跡から毒が発生したのなら、今ごろ大問題になっているはずだけど……」
ラルフの仲間である女盗賊パルメが、小声で疑問を呈した。
「それは魔物による毒か? それとも遺跡の罠による毒か?」
ラルフは真剣な表情で問うた。
「さあどうだろうな。調査隊の奴らもそのことに関しては口を割らないだろう」
「なぜだ! 俺たち冒険者と役人は、仲こそ悪いが、持ちつ持たれつの関係だろう。少なくとも、命の危機に関する情報を出し渋ることは今までになかった。そのはずだ」
「まあ落ち着け。これを見ろ」
男は腰に下げた鞄から一枚の羊皮紙を取り出した。
机に広げて、みんなによく見えるように置く。
「さっき冒険者ギルドに依頼がでた。内容は新たに見つかった古代文明の遺跡調査についてだ」
銀翼の竜のメンバーは、依頼書を確認する。
「依頼を受けられる冒険者ランクはc以上。報酬は一週間の調査で金貨五百枚。それに調査内容次第では追加報酬もあると。悪くないけど……」
ミスティは依頼内容を読み上げながら首を傾げた。
「四人組のcランク冒険者の俺たちにとっては破格の報酬だ! 受けようぜラルク!!」
赤髪の巨漢ブライトは、この美味しい話にすぐさま食いついた。
なにしろ、一週間で年収の四分の一を稼げるのだ。うまい話に他ならない。
「でも毒の話が書かれていない」
パルメの小声がやけに響く。
みんながひげ面の男を見るが、無反応。
ラルフは仕方なく、追加で金貨十枚を渡す。
「中央の調査隊が三度派遣され、そのほとんどが協会の世話になっている。傷は裂傷。新種の魔物にやられたひっかき傷による毒が原因だそうだ。問題は、本来なら毒のことを公表して、冒険者たちに協力を仰ぐのが正当なのにもかかわらず、毒のことを秘匿して依頼を出している点だ。どうだ、きな臭いだろう」
「ラルフ、この依頼を受けようぜ!」
「よく考えろブライト。事情はわからないが、政府が遺跡に関する重要な情報を隠している。これはそうとう危険な依頼だ」
「私も同感ね。この依頼は様子を見た方がよさそう。それにこれだけの好条件、すでに他の冒険者が殺到しているでしょうね」
「錬金術師さんの言うとおりだ。耳の早い連中は多い。ただし、冒険者ギルドが依頼を任せるのは、信用あるパーティーだろう」
「もったいぶるな。なにがいいたい?」
ひげ面の男はニヤニヤとしてまた黙った。
ラルフは腕組みしてしばらく考えたあと、机に金貨三十枚をだした。
「これが最後だ。この件に関しておまえが知っていることをすべて話せ」
「へっへっ、気前がよくて助かりますぜ旦那。まず毒に関してですが、目処は立っている。なんでも王都の凄腕錬金術師が近々派遣されるそうで」
ひげ男はチラッとミスティを横目で見たが、すぐにラルフに視線を戻して話を続ける。
「それと同じくして、王都の第四騎士団の派兵と、協会の高等治癒師たちの派遣も決まっているとのこと」
「おまえ……本当に何者だ? それだけの情報を集めるのは至難の業だ。前回もそうだったが……」
「至難の業どころの話じゃない。内部情報がそこまで漏れるなんて本来ありえない」
「ラルフ、ミスティ。それ以上は聞かないほうがいい」
パルメの苦言に、二人は顔を歪ませた。
「へっへっ、女盗賊さんの言うとおりです。まあ、あっしはしがない情報屋です。ただし、情報の確度が高いってことはお忘れなく。いまはそれでいいじゃあありやせんか」
「わかった。それで、あの遺跡にはなにがある?」
ひげ男は、机に一冊の書物を置いた。
「これは?」
「あんたらが遺跡を発見したすぐあとに、あっしが遺跡の調査に向かわせた冒険者が命からがら持ち帰った代物だ。そこの錬金術師さんなら、なにかわかるんじゃないか?」
ミスティは書物を開き、一通り目を通す。
「これは……全時代の錬金術について書かれた本よ。それも、希代の錬金術師ロレンツィオが残した数少ない書物。こんな国宝級の物を……盗んできたの?」
「盗んだとは人聞きが悪い。それは政府の立ち入り制限が及ぶ前に入手した物だ。つまり、合法的に入手した」
「その言い分は通らない。古代文明の遺跡は発見前であろうと国の所有物になる。ましてや物が物だけに、遺跡荒しよりも重い罪になることは確実だろう。おまえのような職業に就いている者が知らないはずがない」
「まあその変はうまくやりますよ。あんたらが黙ってくれれば問題ない」
「それは脅迫か?」
「まさか、違いますとも。そんなに怖い顔をしないでください。へっへっ」
「俺は殺るときは殺る。もし仲間になにかあったらただじゃおかない」
「理解しました。――それじゃあ話を整理します。新たに発見された遺跡は、あのロレンツィオが錬金術で造ったもので間違いない。過去の例をみる限り、国宝級の品が他にも残されている可能性が極めて高く、一攫千金を狙うなら今です。しかし、遺跡内部は協会の治癒師の神聖魔法が効かない毒持ちの魔物が蔓延っていて、調査は難航している。現在、遺跡は政府による厳重な立ち入り制限が設けられており、合法的にしか入場することができない。とこんな感じです」
ラルフはしばらく考え込む。
「おまえは、あの遺跡を発見した俺たちがこの依頼を受ければ、冒険者ギルドが受理すると考えているんだな?」
「そうです。あなた方ならまず間違いなく受理されるでしょう」
「ラルフ、この依頼を受けようぜ!」
「すこし考える必要がある」
「そうでしょうとも。それじゃ、あっしはこのへんで」
「ああ」
ラルフは簡潔に答えて、もう二度と会いにくるなという態度をとった。
ひげ男はそれ察して酒場から静かに出て行った。




