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五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


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第九話:論理の彫刻

深夜。忠夫の部屋では、自作マシンの心臓部であるZ80Aが、規定の3.5MHzをわずかに超えるクロックで静かに、しかし力強く時を刻んでいた。


机の上に鎮座するのは、メーカーロゴの入った洗練された筐体ではない。秋葉原の路地裏で買い叩いたジャンクパーツが、複雑に、かつ美しく配置された剥き出しの基板だ。


黄ばんだ中古のCAD端末用キーボードからは蜘蛛の巣のようにラッピングワイヤが伸び、忠夫が自ら回路を引き直した「高速入力仕様」へと生まれ変わっている。砂嵐しか映らなかったはずの十五インチの白黒テレビは、忠夫の手によって検波回路を直接叩き込まれ、鮮明なコントラストで闇を照らしていた。


「……市販品が1秒間に20回画面を書き換えるのが限界なら、俺のハードは30回、完璧な同期で描画してみせる」

 忠夫はキーボードを叩き始めた。指先が、二〇二六年の記憶と呼応するように加速していく。一九八二年当時、ゲーム開発に「ゲームエンジン」などという便利な道具は存在しない。描画、サウンド、入力判定、そしてメモリ管理。そのすべてを、一から「佐伯式OS」としてマシン語で構築していった。


 まず忠夫が取り組んだのは、「垂直同期(V-Sync)待ちの最適化」だ。ブラウン管の電子銃が画面の右下から左上に戻る、わずか数ミリ秒の「隙間」。その瞬間にすべての描画処理をねじ込む。一ビットの無駄も、一クロックの停滞も許されない。忠夫はZ80のレジスタを限界まで使い回し、割り込み処理を極限まで研ぎ澄ませた。


 さらに、ハードウェアレベルでの「メモリの直接駆動(DMA)」を実装する。本来、映像データを送るたびにCPUの手を煩わせるのは非効率だ。忠夫は秋葉原で買ったわずかなロジックICを組み合わせ、自ら設計したアドレスデコーダにより、CPUを介さずVRAM(映像メモリ)に直接データを流し込む経路を確保した。これにより、計算処理と描画処理を完全に独立させたのだ。

 

だが、忠夫の真の狙いはその先にある「互換性」にあった。

 彼は自作マシンのメモリアドレス空間を、あえて国内シェアNo.1の「PC-8001」と論理的に等価になるよう設計していた。


「……本体が買えないなら、俺の回路を『本体』そのものにしてしまえばいい」


 自作マシン上で書いたコードは、そのままPC-8001という「外の世界」でも動作する。忠夫は、プログラムのメインループを二系統用意した。自作マシンを検知すればDMAをフル稼働させる。そして、市販のPC-8001で起動した際には、標準VRAMを一クロックのロスもなく叩く「超高速描画ルーチン」へと自動的に切り替わる。これは、プログラムという名の「論理の彫刻」によって、非力な市販マシンを別次元へと強制的に引き上げる魔法の杖だった。

 

一ヶ月が経過した。学業と開発を両立し続けた、ただひたすらに論理の海を泳ぎ続けた忠夫の顔には深い隈が刻まれていた。しかし、その瞳には冷徹な勝利の確信が宿っていた。


 完成したプログラムのサイズは、わずか8KB。

 カセットテープに記録されたその小さなデータには、当時のトッププログラマーが見れば卒倒するような、未来のアルゴリズムが凝縮されていた。


「できた。……テトリス」


 忠夫は震える指でリセットボタンを押し、中古のデータレコーダーの再生ボタンを入れた。ピーーーという変調音が部屋に響き、プログラムがメモリへ展開される。

 画面中央に、青白い光とともに「TETRIS」の文字が浮かび上がる。


 カチャ、カチャ……。

 重厚なメカニカルスイッチの打鍵音を響かせ、ブロックが落ち、回転し、揃い、消える。


 そのすべてが、まるで氷の上を滑るような滑らかさだった。一九八二年のカクカクとした電子ゲームしか知らない人間が見れば、これは魔法か、あるいは未来から届いた遺物に見えるに違いない。物理層の信頼性に依存せず、ソフト側で実装した強力なエラー訂正(ECC)が、ボロのレコーダーから完璧なデータを読み出していた。


「……これなら、戦える」


この手の中にあるテープには、一国の予算にも匹敵する「未来」が宿っていることを、忠夫だけが知っていた。


差し込む朝焼けが、部屋を照らし出していた。

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