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五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


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第七十四話:最初のフロアプラン

翌朝。


白紙だった工程表には、線がいくつか引かれていた。


その隣に、高村が巨大な方眼紙を広げた。


「……で、どこから置く」


忠夫は迷わなかった。


「レジスタを中心に置きます」


方眼紙の中央を指で叩く。


西村が眉をひそめた。


「……中心にか?」


「ええ。全命令が触る場所です。演算器も、デコードも、ロードストアも、全部ここへ来る。ここが遠いと、配線遅延で全体が遅くなります」


西村はしばらく方眼紙を見ていた。腕を組む。

「……なら、演算器はここだな。隣接させないと遅延が起こる」


西村がシャープペンを取り、レジスタの右隣に四角を書いた。バレルシフタをその横へ置く。デコーダをレジスタの真上へ。


線が引かれていく。



最初の壁が出たのは、翌日だった。


西村が顔をしかめる。

「……遠いな」


「どこがです」


「ロードストア側からレジスタまでだ」


方眼紙に引かれた一本の線が、明らかに長かった。

西村が消しゴムで削り、演算器を左へ寄せる。

すると今度はシフタ側が詰まった。


高村が首を振った。


「配線が交差する。配線層が足りんか」

論理では成立している。


だが、物理的に収まらない。それが半導体だった。


しばらく沈黙が続いた。


忠夫は方眼紙を見つめていた。


「命令デコードを縮めましょう」


高村が反応する。


「削るのか?」


「はい、マイクロコードを捨てます。論理回路だけで命令を直接解釈する」


西村の鉛筆が止まった。


「……後戻りできんぞ。それに、パイプラインはどうする?」


「フェッチ、デコード、実行。三段で切ります」


「三段か……分岐のたびに止まるぞ」


「いえ、一サイクルで済みます。段数を増やす方が制御が複雑になる」


西村が低く唸った。


「……それができるのは、命令が単純だからか」


「はい」


図面を見ていた今川が、小さく呟く。


「……命令を減らした意味が、ここへ来て繋がるのか」


西村が顔を上げる。


今川はレジスタ周辺へ引かれた線を見つめていた。


「複雑な命令を減らせば、制御回路が縮む。

 制御が縮めば、配置も短くできる……」


そこで今川は顔を上げ、忠夫の目をまっすぐに見た。


「だが、ハードを削いだ分、コンパイラが全てを背負うことになるぞ」


忠夫が頷く。


「ええ。だから、その単純な命令だけで性能を引き出せるコンパイラとOSが必要です」


今川は小さく笑い、ホワイトボードへ向き直った。


「……面白い。いいだろう、今日から私たちは、この石のためのコードを書く」


命令体系の単純さが、ハードウェアの物理的な余裕を作りだしていた。


同時にそれは、ソフトウェア開発陣の過酷な戦いの始まりでもあった。


西村が再び鉛筆を走らせる。


「……よし。論理の無駄は削れた。あとは距離だけだ」

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