第七話:産声
三晩、眠っていない。
深夜二時。忠夫の部屋を照らしているのは、デスクライトの青白い光と、加熱されたハンダごてから立ち上る細い煙だけだった。
学習机の上には、秋葉原で仕入れた「武装」が並んでいる。三千五百円の中古アナログテスター、八百円のハンダごて。そして、千五百円で手に入れた「砂嵐しか映らない」白黒ポータブルテレビ。
一日目の夜、作業は「モニターの確保」から始まった。忠夫はジャンクのポータブルテレビを分解し、検波回路の出口にRCAジャックを直接割り込ませるバイパスを築いた。二〇二六年の彼にとってアナログ回路の信号追跡は造作もないはずだったが、一九八二年の粗悪なハンダごては熱が安定せず、こて先はすぐに酸化して黒ずむ。
(頭脳は二〇二六年のままでも……この『指』が言うことを聞かないか)
熟練の研究者としての意識と、まだおぼつかない中学生の指先。その乖離に歯噛みしながらも、ようやく漆黒の画面を湛えた「専用モニター」が完成した時には、すでに初日の夜が明けていた。
二日目の夜は、地獄の配線作業に潰された。脳内の完璧な設計図を現実にトレースするだけのはずが、原因不明のショートに阻まれる。テスターの針が異常な値を指すたび、数百箇所に及ぶポリウレタン線の海を、一本ずつ剥がしてはやり直した。学校の授業中は、教科書の余白にメモリマップを書き殴り、脳内でデバッグを繰り返す。クラスメイトの笑い声が、遠い異世界の騒音のように聞こえた。
三日目の午前四時。
最後のパスコンをハンダ付けし、忠夫は朦朧とする意識の中でテスターを当てた。
「……導通確認。オールクリア」
彼は、自作の「モニタプログラム」を焼き込んだEPROMをソケットに差し込み、震える手で自作マシンの電源を入れた。
――沈黙。
一瞬、心臓が止まるかと思った。だが次の瞬間、ブラウン管の走査線が震え、画面中央に真っ白な文字が浮かび上がった。
『TAD-OS 1.0 READY』
『8192 BYTES FREE』
「……呼応したか」
熱を帯びた基板、アルミの放熱板。二〇二六年の知性が、一九八二年の世界に物理的な実体を持って産声を上げた瞬間だった。既製品が吐き出すそれよりも、その文字は鋭く、研ぎ澄まされた光に見えた。
鏡に映った自分の顔には、中学生の肌には不釣り合いなどす黒い隈が貼り付いている。だが、忠夫は奇妙な全能感に満たされていた。
彼は脂の浮いた指で、自作のキーボードを叩いた。
窓の外が白み始めていた。
三日間の死闘。その代償として手に入れたのは、市販品には不可能な「最適化」を極限まで受け入れる、世界に一つだけの剣だった。




