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五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


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第五話 昭和の家計という現実

夕食の食卓には、煮魚と味噌汁、漬物、冷奴が並んでいた。

白い湯気が立つ茶碗の向こうで、ブラウン管テレビがニュースを流している。


「……半導体産業が好調です。国内メーカーは世界市場で――」


キャスターの声が居間に響く。


父は箸を動かしながら、鼻で笑った。

「難しい時代になったもんだな。コンピュータだの、半導体だの」


忠夫は、その言葉を待っていた。


「……父さん」


「なんだ」


五十六歳の研究者の思考を、中学生の喉で言葉に変換する。

ほんの一瞬の間。


「マイコン、欲しいんだ」


箸の音が止まった。

母が驚いたようにこちらを見る。


「マイコン? あの、ゲーム機みたいなやつか?」


父の声には、警戒と半分の呆れが混じっていた。


「ゲームもできるけど……勉強用。プログラミングっていうやつ」


「いくらする」


忠夫は覚悟を決めて答えた。


「……本体が、十六万八千円」


母が小さく息を呑む。

「そんなに高いの?」


父は苦笑した。

「テレビ並みじゃないか。ラジカセより高いな」


(想定通りだ)


「本体だけってことはその他にも必要なんでしょう?」

母が鋭く聞いた。


忠夫は頷いた。

「モニターとか、ディスク装置とか……全部揃えると、五十万くらい」


父が箸を置いた。


「……五十万?」


声の調子が変わる。

それは、一般家庭の一年分の貯金に近い額だった。


「そんな高い道具、何に使うんだ」


「大学とか会社の研究所ではもう使ってるらしい。

これからの時代、コンピュータが使えないと技術者になれないって」


父は黙り込んだ。


「‥‥誰にそんなことを聞いた」


「NECの店員」


父は少しだけ眉をひそめた。


母が静かに言った。

「でも……そんな高いもの、簡単に買えないわよ」


「忠夫、うちは金持ちじゃない。

五十万なんて簡単に出せる金じゃない」


母が俯いた。


「お前の大学資金のために、毎月積み立てているのは知っているだろう」


忠夫の胸が締め付けられる。


「パソコンを買えば、その金は減る。

大学に行かせられなくなるかもしれん」


テレビのニュースが淡々と流れる。

経済成長、技術革新、未来の話。

だが、この家の現実は違う。


「お前の将来のために金を使うのはやぶさかじゃない。

だが、これは贅沢品だ。研究所の道具を中学生が持つ必要はない」


正論だった。


沈黙。

テレビのニュースだけが流れ続ける。


「今は勉強だ。紙と鉛筆で十分だ」


父は箸を取り直した。


「……すまんな。」


その一言は、忠夫の胸に深く刺さった。


(資本がなければ、技術は無力だ)


忠夫は黙ってご飯を口に運んだ。

味はしなかった。



夜。自室。


布団に横になり、天井を見る。

昭和の蛍光灯が静かに唸っている。


(パソコンが手に入らない)


中学生の身体。

資本ゼロ。


未来知識だけでは、コンピュータ一台も買えない。


(……なら、自分で作るしかない)


窓の外で、春の虫が鳴いている。

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