表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/47

第四十四話:火種の残響

忠夫と山下が会議室を後にし、扉が静かに閉まった。

その瞬間まで張り詰めていた空気が途切れ、重苦しい沈黙が広がる。


誰も最初の一言を放てずにいた。


斎藤常務が深く息を吐いた。


「……どう思う?」


その問いに、ベテラン設計者・岸本が椅子へ沈み込むようにして答えた。


「あり得ん。中学生が、あの発想、あの詰め方……常識外れだ」


ぼそりと、別の技術者が呟いた。

「天才だよ、本物の」


笑いではなく、本気の声だった。


技術者の一人が震える手で資料をめくる。


「この擬似SRAM……本当に量産できれば、DRAMもSRAMも、全部ひっくり返す代物になりますよ。速度はSRAM級で、密度はDRAM並みか……」


言いながら、彼の声は震えていた。


岸本が、ホワイトボードの隅に残された忠夫の“RISC概念図”を見つめる。


「……それに、あのRISCという発想。複雑な命令を削って、一サイクルで実行させるなんて……単純化すれば、回路が空く。空いた分レジスタを増やせる……か。確かに筋は通っている」


そこで斎藤が、静かに口を開いた。


「……RISCなんて概念、私は聞いたことがない。だが、もしこれが本当に実現可能で、すでにアメリカで研究が進んでいるのだとしたら……」


「……無視すれば、十年後に我々が置いていかれるかもしれない」



しかし、すぐに反発も起きた。


技術二課の主任・高村が眉をひそめた。

「しかし常務、本当にやるんですか?

我々はメモリの会社です。CPUは畑違いも甚だしい」


別の技術者も声を上げる。


「そうですよ、今でさえDRAMの開発ラインはパンパンです。CPUなんて始めたら、設計部が破裂しますよ」


「第一……アメリカのバークレー大学、でしたか?そんな研究を我々が追えるんですか」


技術ではなく、組織の現実が重く圧し掛かる。


斎藤は、しばらく黙ってから言った。


「……だからこそだ」


「え?」


「今、世界は大きな転換点にある。CPUのアーキテクチャは年々複雑さを増し、設計の負担が重くなっている。メモリも多様化が進み、性能競争の先には壁が見え始めている」


斎藤はゆっくり立ち上がり、ホワイトボードに書かれた“擬似SRAM”の回路図を見つめた。


「この二つを組み合わせれば……

 東芝は、世界の中心へ出られる」


「……ただし」

と、斎藤は言葉を切る。


「CPUの本格開発は、今の社内では通らない。まだ早すぎるし、保守派の突き上げも食らうだろう。しかし“可能性の調査”なら、誰にも文句は言えん」


高村が息を呑む。

「調査、というと……?」


「まずは少人数で秘密チームを作る。RISCについて情報を集めよう。論文の取り寄せはもちろん‥‥出来ればバークレーから研究者を呼び寄せたいくらいだがな」


室内がざわめいた。


斎藤は続ける。


「佐伯君の擬似SRAMは、すでに価値が証明された。だが本当の価値はCPUと組み合わさって初めて爆発するはずだ。……ならば我々は、準備だけはしておくべきだ」


沈黙。


その沈黙を破ったのは、若手技術者の一人だった。


「……やりましょう。未来を掴めるなら、寝る時間くらい惜しくありません」


高村は大きなため息をつき、頭をかいた。

「……全く。常務にそう言われて、若いのがその気になっちゃ、止められませんよ」


斎藤は小さく、だが確かに微笑んだ。

「――そうだな。これから、本当に忙しくなるぞ」


こうして、小さな“調査チーム”が産声を上げた。

火種は、まだ小さい。

だが確かに、東芝の未来を変える熱を、そこに宿していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ