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五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


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第四十三話:覇権の種火

忠夫は山下と共に、東芝本社ビルを訪れていた。

案内された特別会議室には、国内屈指の半導体設計者たちがずらりと並び、全員が分厚い明細書を手にしていた。


「……佐伯君。正直に言おう。我々はこの明細書を読んで、衝撃を受けた」


技術部門のトップ、斎藤常務が、感嘆と動揺を隠しきれない表情で切り出した。


「リフレッシュの制御だ。DRAMは自分で記憶を保てないから、その面倒な処理をメモリを使う側、外付けの制御回路やCPU側に全部押し付けてきた。

それが、業界では疑いようのない“当たり前”だった」


彼は明細書の一節を指で叩く。


「だが、君の論理は違う。メモリ自身がその面倒を背負い込み、外部には何も意識させない。発想としては昔から語られてきたが、実現しようとすれば回路が膨れ上がり、破綻するはずだった。……だというのに──」


隣のエンジニアが、息を呑むように言った。

「君の回路は、シンプルすぎるんだ。

なぜ、こんな美しい答えが導ける?」


忠夫は即答した。


「設計のゴールを、『製造のしやすさ』ではなく『ユーザの利便性』に置いているからです。

多くの設計者は、使いにくさをユーザーに押し付け、問題を“仕様”で片づけてしまう。それが当たり前になっている。ですが、大容量でSRAMのように簡単に使える──その理想から逆算すれば、余計な贅肉を削ぎ落とすのは必然でした。これは、既存の常識に縛られた設計者の怠慢を突いた結果に過ぎません」


「設計者の……怠慢、か」


その言葉は、ベテランたちの胸に重く沈んだ。

悔しさと同時に、技術者としての誇りを揺さぶられる。


そこからの議論は、もはや会議ではなく、純粋な“技術の饗宴”だった。


忠夫がホワイトボードに回路を描くたび、

「なるほど!」「そういう手があったか……」

と息を呑む声が上がる。


しかし、すべてが感嘆ばかりではなかった。


一人のベテラン設計者が、眼鏡を押し上げながら指摘した。


「理屈はわかるが……面積はどうなる? この構成で歩留まりを維持できるのか? 消費電力も無視できないはずだぞ」


忠夫はうなずき、即座に別の回路パターンを描き加えた。


「ここをこのように共有化すれば、面積増は5%以内に抑えられます。消費電力については、待機時のリフレッシュを最適化することで従来比で大幅に削減可能です」


もう一人が低くうめいた。


「なるほど……本気で詰めているな」


数十分が過ぎたころ、議論がふと途切れた。

斎藤常務が、真剣な眼差しで問いかける。


「……佐伯君。君は、これ以外にも構想があるのか?」


(ここだ)


忠夫はマーカーを置き、ゆっくりと向き直る。


「……CPUに興味はありませんか?」


「CPU……だと?」


技術者たちがざわつく。


「僕は専門ではありませんが。でも、カリフォルニアの大学で、非常に面白い研究が進んでいます。RISC──縮小命令セットコンピュータ という概念です」


忠夫は、ボードの隅に概念図を描いた。


「今のCPUは、命令を詰め込みすぎて重く。複雑すぎる。

それを“極限まで削ぎ落とし”、一サイクルで実行させる。

ハードの無駄を切り捨て、ソフト側のコンパイラで最適化してやるんです」


「……そんなことをすれば、回路が空く」


一人がつぶやく。


忠夫はうなずいた。


「空いた分、レジスタを増やせます。結果、処理速度は飛躍的に伸びるはずです。ただ……僕の理解では、ですが」


別のエンジニアが、興味深げに身を乗り出した。


「その理論、具体的にどの大学の研究だ? 論文は読んだのか?」


「詳しくは論文までは追いきれていませんが、知り合いの研究者から聞いた話では、バークレーを中心に動きがあると。もし本気で取り組むなら、うちのメモリ技術と組み合わせる価値はあると思います」


忠夫は、最後の一手を置く。


「……そして、その超高速なCPUを本気で動かすには、僕の擬似SRAMが必要なんです。安くて、速くて、使いやすいメモリ。これが揃った国が、次の半導体の覇権を取ります」


会議室は一瞬、静まり返った。


斎藤常務の表情には、強い興味と同時に、現実を直視する技術者らしい慎重さが混じっていた。

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