第三十五話:一晩の証明とこれから
実験室の窓から、白々と夜が明け始めていた。
ブラウン管のモニターは、青白く発光し続けている。画面の中では、デモ画面のテトリスが、淡々と、だが正確にブロックを落とし続けていた。
結局、忠夫も植松達と共に明け方まで基板を見守っていた。
パイプ椅子を並べて数時間の仮眠を取り、目が覚めたとき。
「……おはようございます」
忠夫の声に、机に突っ伏していた佐藤が跳ね起きた。その横で、植松は空になったコーヒーカップを握りしめたまま、食い入るように画面を見つめている。
「……佐伯くん。見てくれ、こいつを」
植松が指差した画面の隅。そこには連続稼働時間を示すカウンタが、**『16:28:42』**を刻んでいた。
十六時間以上。二人対戦という負荷をかけたまま、夜通しの実験室で、剥き出しの基板は耐え抜いたのだ。
「一度も止まらなかった。一ドットのノイズも、一音の音割れすらなく、完璧に走りきったよ」
佐藤が、赤く充血した目で誇らしげに笑う。
彼は夜中に何度も、チップの表面温度を測ったという。
だが、温度はある一定のラインでぴたりと安定し、それ以上上がることはなかった。TRONカーネルがハードウェアの「呼吸」を読み取り、熱を逃がす最適なタイミングで命令を送り続けていた証拠だった。
「……これ以上のテストは必要ないよ」
植松は、手元の書類にマジックで大きく丸をつけた。
それは、ファミコンという「器」の最終仕様が、歴史に刻まれた瞬間だった。忠夫が持ち込んだ一本のテープが、最高の形で終わらせてしまったのだ。
「そういえば植松さん。コントローラーは、これでいくんですか?」
忠夫が指差したのは、検証用として今までずっと握っていた、ジョイスティックだった
「……いや、それは使わない」
植松が、少しだけ真剣な面持ちで首を振った。
「ジョイスティックは操作性はいいが、家庭用としては壊れやすいし、何よりコストがかさむ。子供が踏んづけたらケガもするだろう……実は、第一のところで開発したゲーム機のプラスボタンを流用することに決めたんだ」
植松が作業台の引き出しから、一台のゲーム機を取り出した。
「社内でも『据え置き機にジョイスティックがないのは不安だ』という声は根強い。だが、コストと耐久性を考えれば、これ以上の正解はないと私は思っている。……佐伯くん、君はどう思う?」
忠夫は、それを手に取った。
未来でも、あらゆるゲーム機の左側には、この十字の形が刻まれている。変わることのない、究極のインターフェース。
「……素晴らしいと思います。これこそが、家庭用ゲーム機の『顔』になりますよ。子供たちの親指が、この形を覚える日が必ず来ます」
忠夫の確信に満ちた言葉に、植松は少し驚いたように、しかし嬉しそうに頷いた。
「子供たちの親指か。……いい表現だな。よし、佐藤。これで決定だ。デザインもこのまま進めろ!」
◇
帰りの新幹線車内。
窓の外を流れる景色を眺めながら、忠夫は背もたれに深く体を預けた。
(これで、この時代に戻ってきてから作ったテトリスもひと段落か……)
まぶたの裏には未来での光景が焼き付いている。ポスドクを何年も転々とし、ようやく辿り着いた准教授の椅子。
研究費を削られ、会議に追われながらも、深夜の静まり返ったラボで独り、執念だけで積み上げた理論。それが完成した瞬間に、組織の論理という名の巨大な手に「横取り」されたあの屈辱。
(TRONというOSの芽が史実よりも早く出た、次は……DRAM偏重という名の、思考停止。それをどうにかしないとその果てに待っているのは、アメリカによる理不尽な半導体協定と、若手、中堅研究者の首切りだ)
1982年の今、半導体事業の黄金期を迎え日本企業は我が世の春を謳歌している。
だがその慢心が、研究者を「使い捨ての部品」として扱う奢りを生み、最後には自らの首を絞めることになる。
(これをどうにかしなければ、未来はない。……だが日本の企業は成功を収めると、それに異常に固執する。‥‥それを逆に利用するか)
忠夫は、新幹線の背もたれに後頭部を預け、流れる景色の闇を見つめた。
(……「擬似SRAM」だ)
脳裏に浮かんだのは、この時代の技術的な「穴」だった。
安価だが制御が面倒でリフレッシュ動作が必須なDRAM。高速で扱いやすいが高価なSRAM。その中間、DRAMの安さとSRAMの扱いやすさを両立させる技術。
本来、それが出るのは数年先の話だ。今ここでその設計図を完成させ、特許として世界を網羅すればどうなるか。
(メーカーがメモリの増産に何千億と投じている間に、その中身を動かす『脳ロジック』の版権を、俺がすべて握ってやる)
11月の澄んだ空気の中で、雪化粧を始めた富士山が鋭い輪郭を見せていた。




