第三十三話:京都へ
東大を出た忠夫は、駅のホームで電車を待っていた。
(……本当に、TRONが動き出したんだな)
空を見上げると、夜空はどこまでも静かだった。
前世ではニュースの向こう側にいた出来事が、今、自分の手の中で現実として動いている。
「ただいま」
玄関を開けると、居間のテレビからアナウンサーの硬い声が響いてきた。
「本日、三越の取締役会において花村昂社長の解任が決議されました。花村氏は『何だこれは!』『違法だ!』と激しく抗議した後、力なく『なぜだ……』と繰り返す姿が目撃されています……」
画面に映し出されているのは、世間を震撼させている三越の解任劇の報道だ。
「おかえり、忠夫。遅かったな。見てみろ、天下の三越の社長が今日で解任だそうだ。‥‥天下の三越のトップでも、足元をすくわれる時は一瞬か」
父が、感慨深げにつぶやく。
忠夫は、画面の中で失脚していく巨大な権力を見つめた。
花村氏の「なぜだ……」という絶望の呟き。それは未来で、自分の研究成果を奪われ、椅子を追われた時の自分自身の声と重なって聞こえた。
「忠夫、ご飯食べるでしょ? 手を洗ってきなさい」
佳子の明るい声が、忠夫を現実に引き戻した。
「……うん、今行くよ」
洗面所へ向かい、手を洗う。
鏡に映る自分の顔はまだ幼い。だが、その心には確かな決意が刻まれていた。
◇
秋も終わりに近づき。
三越事件の余波がワイドショーを賑わせ、世間が少しずつ慌ただしさを増していく中、忠夫はある「完成」を待っていた。
11月初旬。
佐伯家の黒電話が鳴り響いた。
「もしもし、佐伯です」
受話器を取った忠夫に、聞き慣れた、だが心なしか興奮を帯びた声が届いた。
「佐伯くんか。久しぶりだね、佐藤だ。……ついに組み上がったよ。初期プロトタイプだ」
受話器を握る忠夫の指に力がこもる。
「……佐藤さん。ついに、形になったんですね」
「ああ。植松さんが陣頭指揮を執って、リコーの工場が仕上げてくれた。君が書いたあの設計図通り、一分の隙もない仕上がりだ。……よかったら、時間があるときに京都に来ないか? 交通費はもちろんこちらで持つよ」
「……今週末に伺います」
少しの沈黙の後、忠夫は覚悟を決めた声でそう答えた。
「そうか。ありがとう、楽しみに待っているよ」
電話を切った後、忠夫は自室の机に向かった。
そこには、テトリスが記録されたカセットテープが静かに鎮座していた。
土曜日の早朝。
晩秋の冷たい空気が肌を刺す中、忠夫は一人、東京駅の新幹線ホームに立っていた。手にしたバッグの中には、テトリスのデータが入ったカセットが収められている。
新幹線の座席に深く腰掛け、窓の外を流れる景色を見つめる。
富士山が薄く雪を被り始め、季節が冬へと向かっていることを告げていた。




