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五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


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第三十三話:京都へ

東大を出た忠夫は、駅のホームで電車を待っていた。


(……本当に、TRONが動き出したんだな)

空を見上げると、夜空はどこまでも静かだった。

前世ではニュースの向こう側にいた出来事が、今、自分の手の中で現実として動いている。


「ただいま」


玄関を開けると、居間のテレビからアナウンサーの硬い声が響いてきた。

「本日、三越の取締役会において花村昂社長の解任が決議されました。花村氏は『何だこれは!』『違法だ!』と激しく抗議した後、力なく『なぜだ……』と繰り返す姿が目撃されています……」


画面に映し出されているのは、世間を震撼させている三越の解任劇の報道だ。


「おかえり、忠夫。遅かったな。見てみろ、天下の三越の社長が今日で解任だそうだ。‥‥天下の三越のトップでも、足元をすくわれる時は一瞬か」

父が、感慨深げにつぶやく。


忠夫は、画面の中で失脚していく巨大な権力を見つめた。

花村氏の「なぜだ……」という絶望の呟き。それは未来で、自分の研究成果を奪われ、椅子を追われた時の自分自身の声と重なって聞こえた。


「忠夫、ご飯食べるでしょ? 手を洗ってきなさい」


佳子の明るい声が、忠夫を現実に引き戻した。

「……うん、今行くよ」


洗面所へ向かい、手を洗う。

鏡に映る自分の顔はまだ幼い。だが、その心には確かな決意が刻まれていた。



秋も終わりに近づき。

三越事件の余波がワイドショーを賑わせ、世間が少しずつ慌ただしさを増していく中、忠夫はある「完成」を待っていた。


11月初旬。

佐伯家の黒電話が鳴り響いた。


「もしもし、佐伯です」

受話器を取った忠夫に、聞き慣れた、だが心なしか興奮を帯びた声が届いた。


「佐伯くんか。久しぶりだね、佐藤だ。……ついに組み上がったよ。初期プロトタイプだ」


受話器を握る忠夫の指に力がこもる。


「……佐藤さん。ついに、形になったんですね」


「ああ。植松さんが陣頭指揮を執って、リコーの工場が仕上げてくれた。君が書いたあの設計図通り、一分の隙もない仕上がりだ。……よかったら、時間があるときに京都に来ないか? 交通費はもちろんこちらで持つよ」


「……今週末に伺います」

少しの沈黙の後、忠夫は覚悟を決めた声でそう答えた。


「そうか。ありがとう、楽しみに待っているよ」


電話を切った後、忠夫は自室の机に向かった。

そこには、テトリスが記録されたカセットテープが静かに鎮座していた。


土曜日の早朝。

晩秋の冷たい空気が肌を刺す中、忠夫は一人、東京駅の新幹線ホームに立っていた。手にしたバッグの中には、テトリスのデータが入ったカセットが収められている。


新幹線の座席に深く腰掛け、窓の外を流れる景色を見つめる。

富士山が薄く雪を被り始め、季節が冬へと向かっていることを告げていた。

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