第十八話:銭の花
山内は、忠夫が口にした「ライセンス契約」という言葉を反芻するように目を細めた。
「……ライセンスやと?」
山内は低く呟くと。
「上村、もうええ。お前らは仕事に戻れ。あとはワシが聞く」
その一言で、熱狂の渦にいた技術者たちは弾かれたように現実へ引き戻され、足早に退室していった。部屋に残されたのは、山内と、佳子、そして忠夫の三人だけになった。
「佐伯さん。……二階へ上がりましょう。‥‥そこらの商売人より、よっぽどややこしい話になりそうや」
案内されたのは、重厚な革張りのソファが置かれた社長室だった。山内は机の向こうの椅子に深く腰を下ろした。
「……娯楽の分野ちゅうのはな、理屈は後や。まず『おもろい』かどうか。それですべてが決まる。上村やあいつらが、夢中になってかじりついとった。それがすべてや」
山内は紫煙を吐き出し、忠夫を射抜くように見た。
「ライセンスやなくて買い取りなら、300万出しましょう。」
だが、忠夫は静かに首を振った。
「僕たちはすでに一ヶ月でその額を稼いでます。それが僕たちの現在の『足元』です。……社長、僕は任天堂に『お願い』に来たのではありません。世界一のゲーム会社になるのは任天堂だと信じているから、一番に『提案』に来たんです」
忠夫は、机を挟んで山内を真っ直ぐに見つめた。
「‥でも僕は、この条件を飲んでくれる会社となら、どこでも組むつもりです。ゲーム会社は任天堂だけじゃない。エポック社も、セガも、ナムコも……もし他社がこのゲームにより、あなた方のライバルが、日本‥‥いや世界一のゲーム会社になったら……社長、あなたはそれを笑って見ていられますか?」
山内の眼光は鋭いまま、しかしその奥には、自分と同じ「冷徹な勝負師」を見つけた時の愉悦が混じっていた。
「……ほう」
「僕は対等な取引を求めているだけです。……条件は、一本当たり、150円。僕を、任天堂の『パートナー』にしてください」
沈黙が社長室を支配した。
「……面白い。一本当たり150円、その取引乗ってやろうやないか」
「ただし、条件は独占や。‥‥それから、これから作るゲームはうちに持ってきなさい。」
山内は不敵に笑った。独占契約の成立だ。
「ええ、ありがとうございます。‥‥それと山内社長。……開発中の新型機、『製造コスト』で苦戦してらっしゃいますね?」
その瞬間、社長室の空気が一変した。
山内はゆっくりと身を乗り出した。その目は笑っていない。
「……佐伯くん、どこでそれを聞いた」
低く、地を這うような声だった。
「新型機の計画は社外秘や。ましてや部材のコストなど、役員と開発の数人しか知らん。……それをどこで聞いたんや」
横に座る佳子が、恐怖で息を呑む。一歩間違えれば「産業スパイ」として摘発されかねない局面だ。
「聞いたんじゃないです。……逆算したんです。
山内社長は、『ゲーム&ウオッチ』がヒットしブームになったからこそ執着せず次を見据えるはずです。そして携帯ゲームの次は本格的な据え置き機を見据えているはず。」
山内の眉が、わずかに跳ねた。
「でも、今の市場はエポック社の『カセットビジョン』が支配している。……後発の任天堂がそれに勝つには、圧倒的な性能差をつけるしかない。‥‥具体的には、アーケードの『ドンキーコング』がそのまま家で動くレベルの性能が欲しいはずだ。……そこまで条件が揃えば、あとは今の半導体相場を計算するだけです。簡単ですよ」
忠夫は動じず、真っ直ぐに山内を見返した。
「社長は『一万円以下』で売りたいはずだ。でも、アーケード並みの性能を積もうとすれば、原価だけで軽く超えてしまう。」
山内は沈黙した。
目の前の中学生は、任天堂が直面している「性能とコストの矛盾」という急所を、正確に指先でなぞってみせたのだ。
「……ほう。なら、佐伯くんならどうする」
「僕が、その『原価』を削ります。リコーへの設計指示を論理最適化し、チップの面積を三割削れば、ウェハー一枚あたりの取れ高が激増します。……これなら、原価コストを10%‥‥いや20%は削れます」
忠夫は動じず、鞄から数枚のレポート用紙を取り出した。そこには定規を使って緻密に描かれたロジック回路の構成図と、手書きの計算式がびっしりと書き込まれていた。
山内は、忠夫が書き込んだ資料を凝視した。
この少年は、任天堂の経営課題を「予測」し、その解決策まで持ってきたのだ。
「……ククッ、ハハハハ!」
山内は突然、天を仰いで笑い出した。
「おもろい! スパイやろうがなかろうが、どっちでもええわ。これが実行可能なら他所に持っていかれたらそれこそワシの負けや。……上村を呼べ!!」
山内は、今日一番の力でベルを鳴らした。




