第十二話:始まりの一通
雑誌発売から十日。忠夫の胃がキリキリと痛み始めた頃、その「波」は突如としてやってきた。
雨の日の午後。玄関のチャイムが鳴り、郵便局員が小さな茶封筒を一通、母・佳子に手渡した。
「……忠夫! 来たわよ、現金書留!」
和子の叫び声に、忠夫は階段を二段飛ばしで駆け下りた。
送り主は、静岡県の「高木」という人物。
震える手で封を切ると、中から三枚の千円札と、走り書きのメモが出てきた。
『マシン語の限界、見せてもらいます。』
たった一通。されど、それは二〇二六年の忠夫の論理が、一九八二年の現実に接続された歴史的な瞬間だった。
忠夫はすぐに作業に入った。TDKの高品質テープに、自作マシンからプログラムを射出する。
「ピーーーー」
部屋に響く変調音は、まるで産声のようだった。忠夫は丁寧にラベルを貼り、梱包してポストへ走った。
数日後。静岡県、高木の自室。
高木は、届いたばかりの怪しげなカセットテープをデータレコーダーにセットした。三行広告だけで三千円を投じるのは、彼にとっても賭けだった。
「……どうせ、BASICを少し速くした程度だろう」
キーボードを叩き、ロード命令を送る。
数分後。プログラムが展開された瞬間、高木は息を呑んだ。
当時のPC-8001は、画面を書き換えるたびに「チカッ」とノイズが入るのが当たり前だった。しかし、このゲームにはそれがない。漆黒の画面に、クリスタルのように鮮明なブロックが、ドット単位の滑らかさでスルスルと降りてきたのだ。
「なんだこれ……!? 影がある、消える時に光ってるぞ!」
一九八二年当時、ブロックが「一瞬で消える」のではなく、白い光を放って「フラッシュしながら消滅する」という演出は、アーケードゲーム(業務用)の高級機にしか許されない魔法だった。
何より、ルールが異常だった。消しても消しても、次を求めてしまう中毒性。高木は気づけば、食事も忘れて深夜まで画面にかじりついていた。
翌朝、高木は興奮を抑えきれず、行きつけのマイコンショップへ走った。
「おい、これ見てくれ。佐伯技術研究所ってヤツのソフト、ヤバいぞ。PC-8001でこんなヌルヌル動くなんて聞いたことねえ」
店主は半信半疑でテープを借り、店頭のデモ機にロードした。集まってきた常連たちが、画面に釘付けになる。
「おい、V-RAMを直接叩いてるのか? この滑らかさは異常だぞ」
「……パズル? 地味かと思ったけど、これ、やめ時がわからん……」
口コミは、ネットのない時代、各地のショップや「草の根BBS」という細い糸を通じて、だが確実に、熱狂を伴って広がり始めた。
その三日後。佐伯家のポストには、五通の書留が届いた。
その翌日には、二十通。
そして一週間後、赤い郵便バイクは、佐伯家の前で止まるなりこう叫んだ。
「佐伯さん! もうカバンに入り切らないよ、これ全部書留だ!」
玄関先に積み上げられた、百通を超える封筒。
和雄は、仕事帰りの作業着のまま、その「札束の山」を見て立ち尽くした。
「……忠夫。これ、一通三千円なんだよな? 全部で……三十万を超えてるぞ」
「……父さん、驚くのはまだ早いよ。これは歴史が変わる始まりなんだ」
忠夫はそう告げると、溢れんばかりの書留をしっかりと抱え直した。
「でも、僕一人じゃもう捌ききれない。父さん達の力を貸してほしいんだ」




