第十話:父の不器用な優しさ
日曜日の朝。父・和雄は、食卓に置かれた「異様な物体」を前に絶句していた。
それは、ケースにも入っていない剥き出しの基板に、無数の黒い部品と蜘蛛の巣のような配線が這い回る、正体不明の塊だった。その傍らでは、砂嵐しか映らなかったはずの古びた白黒テレビが、極めて鮮明な映像を映し出している。
「……忠夫。これは、何だ」
「僕が作ったパソコンだよ、父さん。秋葉原で部品を買って、一から回路を組んだんだ」
和雄の喉が微かに鳴った。数ヶ月前、息子が十六万もするパソコンを強請ってきたとき、家計を思って撥ね除けたのは自分だ。がっかりして肩を落とした息子の背中が、ずっと心のどこかで棘のように刺さっていた。
(まさか、買ってもらえなかったからといって、自分で作ってしまうとは……)
和雄は、息子の凄まじい執念と熱意に、驚きを感じていた。
「これで作ったゲームを雑誌に広告を出して売ってみたいんだ」
忠夫は静かに、だが確固たる口調で続けた。
「父さん、僕はこれで、自分の力が世の中でどこまで通用するか試したいんだ。……でも、広告を出すには一万円くらいかかる。僕の貯金じゃ少し足りないんだ。貸してくれないかな」
和雄は腕を組み、しばし黙り込んだ。商売の厳しさを説くべきか。だが、目の前の息子が放つ熱量は、もはや「子供の工作」の域を超えていた。
そして腕をとき、ゆっくりと立ち上がると棚から財布を取り出し、迷いなく一万円札を卓上に置いた。
「貸し借りなしだ。……これでお前の好きにやってみろ」
「えっ、でも……」
驚く忠夫を制するように、和雄は言葉を重ねた。
「お前のその熱意に免じて、俺が広告費くらいだしてやる。これだけのものを一人で作ったんだ、無駄にはするな。……ただし、中学生が個人で商売をしようとしても、雑誌社の審査で撥ねられるかもしれない。いたずらだと思われないように、俺の名義を使え」
「えっ、父さんの名前を?」
「ああ。‥‥そうだな『佐伯技術研究所 代表・佐伯和雄』だ。これなら誰も文句は言わん。その代わり、学校は休むな。いいな」
それは、あの時買ってやれなかった機械の代わりに、息子の「覚悟」に応えるための、彼なりの不器用な償いだった。
「ありがとう、父さん。」
その日の午後、忠夫は近所のポストへと走った。
封筒の中身は、マイコン雑誌『I/O』編集部への広告原稿と、父から託された一万円で用意した郵便為替。
差出人は、
父の名を借りた「佐伯技術研究所 代表・佐伯和雄」。
ポストの底に封筒が落ちた乾いた音が、一九八二年の住宅街に、新しい時代の幕開けを告げる鼓動のように響いた。




