第一話 戻ってきた研究者
2026年、五十六歳の半導体研究者佐伯忠夫は、自分の論文を盗まれたことを知った夜、深い絶望に沈んでいた。
「量子ドット構造による超低消費電力半導体素子の新原理」――それは、自分が十年かけて完成させた研究成果だった。
だが、発表された論文には自分の名前はなかった。教授と企業研究者が責任著者として堂々と並んでいる。
「……俺の人生は、ここで終わるのか」
抗議も虚しく、大学も企業も取り合わなかった。
研究費は削られ、学生たちも減っていく。
そして忠夫は、全てを諦める決意を固めた。
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夜の研究室。
机の上には、血と汗で書き上げた研究ノートだけが残っていた。
「俺は、何のために生きてきたんだ……」
そう呟き、忠夫は大学の屋上へ向かった。
夜風が吹き抜け、街の灯りが遠くに滲んでいる。
足を縁にかけ、全てを断ち切ろうとした瞬間――
視界が闇に沈んだ。
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次に目を覚ますと、光が眩しかった。
目を開けると、朝の陽射しが差し込む自分の部屋。
「……ん? 俺は自殺して……?」
周りを見渡すと、見覚えのある懐かしい部屋の景色。
「……ここは、一体……?」
「まさか……」
その時、母の声が響いた。
「忠夫!早く起きなさい!」
部屋に入ってきた母の姿を見て、忠夫は息を呑んだ。
そこにいるのは、記憶にある母よりも若く、生き生きとした姿――数十年前の母そのものだった。
「母さん……?」
「ほら、何ぼーとしてんの!学校に遅れるわよ!朝ごはん出来てるから早く起きてきなさい」
そう言うと、母は優しく微笑んで部屋を出ていった。
言葉を失う忠夫。
慌ててカレンダーを見る。
「嘘だろ……」
そこには 西暦1982年 の文字があった。
手を見下ろすと――細く白い、少年の手。
あんなに痛かった体の節々の痛みも、今はない。
「戻ったのか……」
脳が覚醒し、怒りと決意が同時に湧き上がる。
「なら、今度こそ……研究も、人生も、奪われない」
五十六歳の記憶と経験を持つ少年――
人生をやり直すチャンスは、今ここにある。




