プロローグ 騙された過去、消せないトラウマ。
※カクヨムにて先行公開中です。
「ね、ねぇ……芥川。アタシと、付き合ってくれない?」
「……え?」
――いまでもたまに、夢に見る。
もちろんそれは、懐かしい思い出の夢ではなく悪夢として。
中学時代、ある日の放課後のこと。
俺はちょっとした用事があって教室に一人で残っていた。元々目立つ方でもなかったし、休み時間もヲタク仲間とラノベや漫画の話ばかりしていた根暗陰キャ。だからまさか、そんな自分に声をかけてくる女子がいるなんて、思いもしなかった。
ましてやその相手が、ヒエラルキー最上位。
学校で一番人気の美少女である、天川セイラだなんてこと。
卒業間近の寒い時期。
夕陽に照らされた教室の中は、ほんのりと朱に染まっていた。だからだろうか、俺から見た天川セイラも頬を染めている、と勘違いしてしまったのは。
そうでなければ、まず思い上がることなどなかった。
誰にも気に留められない自分に、彼女が告白なんてするわけがないのだから。
「返事、聞かせてくれる……?」
「いや……え?」
急かすように答えを求める天川に、俺は状況を把握するのに精一杯。
それでも、いつまでも待たせるのは男として駄目だと思った。
だから意を決して、
「その、もし俺で良ければ――」
「あー! セイラ、ここにいたんだー!」
彼女からの申し出を受けようと、口に出しかけた瞬間。
そこへやってきたのは、もう一人の女子生徒。彼女は天川を認めると、途端に周囲へ響き渡るような声を上げた。そしてすぐに、対峙している俺にも気付く。
他の学生から見れば、異色としか言いようがない組み合わせ。
好奇の目は避けられずに、こんな言葉が飛んできた。
「え、なに? もしかして告白現場だったりする?」
こういう色恋の匂いというのは、どうして嗅ぎつけられるのだろう。
その女子は茶化すようにイヤらしい笑みを浮かべながら、セイラの顔を見ていた。すると天川は静かに、しかしどこか落ち着きのない声色で言うのだ。
「ア、アタシが芥川に告白……? そんなの――」
こちらには目もくれず、早足に立ち去りながら。
まるで吐き捨てるように、
「馬鹿じゃないの、あり得ないから」――と。
◆
「うわあああああああああああああああああああああああ!? ……あ?」
そこで俺はベッドから跳ね起きた。
どうやらまた、あの忌々しい悪夢を見ていたらしい。殺風景な部屋の中で、まだ寒さの残る春先だというのに、じっとりと嫌な脂汗をかいていた。ひとまず深呼吸を一つしてから、おもむろに洗面所へと足を運ぶ。
そして洗面台の鏡に向き合うと、ひどい寝ぐせの冴えない男が一人。
目の下にはクマがあるし、どう考えても好意的には見られない。
「はぁ……」
そのことを改めて自覚した上で、ため息を一つ。
俺は水を流して顔を洗い、跳ねっ返った手強い黒髪と格闘した。このように芥川翔平という男子は、身も心も間違いなく根暗の陰キャなのである。
そんな俺にとって、中学時代のアレはトラウマでしかなかった。
あの一件をキッカケに中学卒業まで、変な扱いを受けてしまったのだから。高校へ進学してからは、幸いにその主要グループとも別となり、過去のことと思えるようになってきた。
「それでも、なんだっていまになって……?」
最低限の身だしなみを整えて、そう呟く。
だってあの一件からもう、三年以上の月日が流れていた。今日からは俺も大学生になる。そんな目出度い門出の日に、なにをやっているのだろうか。
そう考えつつ、俺は入学式へ向けての身支度を始めた。
地元から遠く離れての新生活。
ここに俺のことを知る者は、まずいない。
「それじゃあ、行くか」
だから、心機一転。
俺はここから、新たな一歩を踏み出すのだった。
◆
入学式の会場は、俺の想像よりもはるかに大きかった。
さほど田舎というわけでもない。そんな場所から出てきた自分だが、さすがに規模と人の数には圧倒されてしまった。真新しいスーツに袖を通した、俺と同じ新入生たちは緊張の面持ちで歩を進めている。
もちろん、俺だってその例に漏れることはない。
むしろ溶け込んでしまえば、きっと誰に声をかけられるはずもない。
「あ……もしかして、芥川?」
そう、思っていたのに。
立ち尽くす俺に声をかけてきたのは、一人の大人びた美少女だった。
微かに明るい色ではあるが、どこか落ち着いた印象を抱かせる美しく長い髪。凛とした佇まいに、こちらを見つめる黒の瞳は少しの驚きを秘めているように思った。
こちらと同様に新品のスーツのはずなのに、どうしてだろう。
彼女が袖を通すと、それは舞台で着用する衣装のように華やかに思えた。
「あ、あははー……同じ大学なんて、偶然」
そんな彼女は俺を見て、困ったように頬を掻く。
初対面ではない。この三年で驚くほど綺麗になったが、その面影は残っている。だからこそ俺の胸の奥には、どこかチクリとした感覚が生まれてしまった。
そして、そんな小さな痛みを胸に秘めながら。
俺は震える声で、彼女の名を――。
「あ、天川セイラ……?」
ゆっくりと、口にするのだった。
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