不相応とアポトーシス
培養槽の中に、私の腕が浮かんでいる。液体が排出されると同時に、無数の気泡が現れては消えていった。
「ご希望通り、筋力や精密作業への適正など、再生時にさまざまな機能を追加しています」
白衣を着た研究者の言葉に、私はうなずいた。これから腕の縫合手術がはじまる。
身体の欠損を補う再生移植技術は、ここ十数年で飛躍的に伸びた。最初は歯や皮膚の再生が中心だったように記憶している。欠損部分を補う技術はやがて「当初はなかったもの」を追加するオプションがつくようになり、今や機能を増幅強化した移植手術が行われている。
ストレッチャーの揺れる振動が伝わってくる。だんだんと麻酔が効いて、眠りが深くなる。
次に目覚めたとき、私の腕は見事に縫合されていた。
「しばらくは違和感があるかもしれませんが、じきに馴染んで、ご希望の機能も実感できるかと」
医者の説明にうなずいて、私は帰宅した。数日は消毒や経過観察で研究医療施設に通ったが、じきにそれも必要なくなった。
私の腕は見事に再生され、元の機能を取り戻した。縫合の跡も目立たない。増幅強化された部分も好調である。
「見栄えは変わらないのにな」
私はバスケットボールをひょいと投げて、ゴールに入れる。スリーポイントシュートが見事に決まって、再生オプションの機能を実感した。
あるとき、腕の継ぎ目が変色していることに気が付いた。機能に異常はない。おかしいなと首を傾げているうちに、あっという間に変色は広がった。あわてて研究医療施設に連絡したが、受診を待つ人が多すぎて、少し先の予約しか取れなかった。
爪が白くなって、指先でぐらついた。握力が安定しないのか、やわらかいものを潰してしまったり、取り落としたりすることが増えた。
「再生した腕が、壊死しています」
一ヶ月後にようやく受診できた私に、医者は残念そうに首を横に振った。
「これまでもそういうケースはあったんですか?」
「はい。縫合した欠損部分が壊死してしまうことは、たまに見られます。機能を追加したときが多いでしょうか……」
「説明書に書いてありましたね。……そうか、適合しなかったか……残念です」
私は機能を追加しない腕の再生手術をもう一度依頼し、研究医療施設をあとにした。この施設を利用する人は多い。広大な敷地の中に、医療や研究、培養などを行うエリアがある。門に向かう間、カエルの鳴き声が聞こえてきた。
私はずいぶん昔に理科の授業で習った、アポトーシスを思い出した。
オタマジャクシがカエルになるとき、不要になった尻尾の細胞が壊死する──それをアポトーシスと呼ぶという説明だっただろうか。
自分に適さないものを手放すと、細胞が決めたかのようだった。本来持ち合わせていないものも、きっとうまくは馴染まない。他人の力強さや器用さを羨んで、不相応な機能を欲張ってしまったから、私の腕でアポトーシスが起きたのかもしれなかった。
カエルの鳴き声が聞こえる。彼らはアポトーシスを経て、成長した存在だ。




