10月25日 第48話、午前三時、コンビニの明かりは仮想電力に夢を見る
夜勤のコンビニは、世界の縮図だ。社会の隙間、昼間からはみ出した人と物と情報が、蛍光灯の下に集まってくる。午前三時、眠気と闘いながら棚の廃棄弁当を回収していると、ふと考える。「この明かりは、誰がどうやって支えているんだ?」と。
答えは、巨大な発電所と、誰も理解していない複雑な市場システム。だけど——もし、この小さな店の光が、町の未来や地球環境、さらに月面基地の生命維持装置にまで直結していたら? バカみたいな話だ。しかし、笑えるうちはまだ希望がある。
本稿は、最底辺スレスレの夜勤バイトの視点から、バーチャルPPAという最新の電力金融スキームを、まちづくりのエンジンへと転換する試みである。過疎と閉塞に沈む地域社会に、仮想の価値で火を灯す。その可能性を、眠気とカフェインと妄想に任せて描き出す。
未来は、偉そうな会議室からだけ生まれるんじゃない。夜勤中のくだらない空想からだって生まれる。ならば、妄想くらいデカく構えればいい。仮想の光が、やがて現実の明かりとなる。その信念だけを胸に、私は今日もレジ前で夢を見る。
序論:仮想の光と、現実のコンビニの明かり
午前三時。コンビニのフードコーナーから放出されるスチームの匂いと、冷蔵庫の低い唸り声だけが、私の意識をこの現実に繋ぎ止めている。レジの前でスマホをいじり、JERAとGoogleの間で結ばれた「バーチャルPPA」という契約のニュースを目にする。電力そのものではなく、環境価値という「実体のない何か」を取引する。まるでゲームの通貨みたいだ、と夜勤に疲れた頭は考える。
Googleのデータセンターは千葉県印西市。電力は、ウエストホールディングスが作った太陽光パネルから生まれ、日本卸電力取引所(JEPX)という大きな川に流れ込む。その川に流れた「環境価値」という名の栄養素だけを、JERA Crossがすくい取り、Googleに届ける。物理的な電気の流れとは全く別の、仮想的な価値の流れ。私は、棚に並ぶおにぎりを一つ一つ手で直しながら、この「仮想」という言葉が持つ可能性に、なぜか胸を高鳴らせていた。
地方の町は、人口が減り、商店街はシャッターを閉じ、夜は静まり返る。私が働くこのコンビニの明かりも、本社の経営判断によって点けられているに過ぎない。もし、この「仮想の価値」という概念を使って、私たちのようなありふれた町に、もう一度光を灯すことができるとしたら? 本稿は、コンビニ夜勤という極めて現実的な視点から、バーチャルPPAという最先端の金融商品を足がかりに、地域活性化のためのSF的構想を論じるものである。
本論1:地域版PPAと「まちエネルギーOS」の創造
まず、現状の問題を整理しよう。ニュースにある三重県の太陽光発電導入支援のように、各自治体は再生可能エネルギーを奨励している。しかし、個々の家庭に設置された太陽光パネルが生んだ電力は、余剰分が電力会社に安く買い叩かれるか、ただ「環境に良い」という自己満足に終わってしまう。三菱倉庫が大型蓄電池を設置して電力市場で取引するという話も、巨大企業のビジネスモデルの話。その利益が、私の住む町の道路修理や、子供公園の滑り台交換に直接繋がるわけではない。
ここで、妄想が始まる。もし、我々の町に「まちエネルギーOS」というAIが存在したらどうだろう? このOSは、町内の全てのエネルギー生産・消費をリアルタイムで監視・管理する。
町内の各家庭の屋根に設置された太陽光パネル(三重県の支援を最大限活用)、コンビニの屋根、公民館の駐車場に設置された太陽光発電設備。そして、町の郊外に三菱倉庫が参考にするような大型蓄電池が設置されていると想像しよう。「まちエネルギーOS」は、天候予測と町の電力使用パターンを学習し、最適な電力の供給・蓄電・放出を自動で行う。
ここで、バーチャルPPAの概念を地域に持ち込む。「地域版PPA」だ。例えば、私が働くコンビニ本社は、Googleと同じように「24/7カーボンフリー」を標榜する。本社は、私の店がある町の「まちエネルギーOS」と「地域版PPA」契約を結ぶ。契約内容は「当店で消費する電力に相当する環境価値を、貴町の再生可能エネルギーから調達する」。実際の電力は、従来通り電力会社から供給される。だが、金銭のやり取りは、コンビニ本社から「まちエネルギーOS」、そしてOSを通じて町内の太陽光発電オーナーたちへと還元される。
これにより、コンビニはESG的な企業イメージを獲得し、町は外部資本を呼び込む。そして、太陽光パネルを持つ住民は、電力売買よりも安定した収益を得られる。これは、ニュースで言う「再エネ比率の容易な向上」「コスト削減」「調達先の柔軟性」といったメリットを、地域レベルで実現する仕組みなのだ。夜勤中、お客さんが「スマホの充電、お願いします」と言うたびに、その電力が、町の誰かの屋根から生まれた「価値」に支えられているかもしれない、と考えると、何だか誇らしい気持ちになる。
本論2:価値の拡張~バイオシティと宇宙への接続
「まちエネルギーOS」が創出する「環境価値」は、単なる金銭的報酬に留まらない。ここから、妄想はさらに加速する。
このOSが管理する価値を「地域トークン」という暗号資産に換えてみよう。太陽光発電で貢献すればトークンがもらえる。省エネに努めて電力消費を抑えれば、それもトークンで報奨される。このトークンは、町内の商店で使える。お昼に近所のラーメン屋でこのトークンを使えば、店主はそれを元手に、自分の店の屋根に太陽光パネルを増やす。完璧な地域内循環だ。
さらに、この価値をバイオ技術と融合させる。「まちエネルギーOS」は、町のCO2濃度も監視している。環境価値の蓄積が進むと、OSは指令を出す。指令を受けたバイオハイブは、特殊な遺伝子組み換えを行ったポプラの苗を町中に配布する。このポプラは、大気中のCO2を驚異的な速度で吸収し、夜になると、蓄えたエネルギーを用いて青白く生物発光する。やがて、私の町は、街灯に頼らない、柔らかな光に包まれる「バイオルミネッセンス・シティ」へと変貌を遂げる。夜勤の帰り道、光る並木道を歩くのだ。SFチックだろう?
そして、最終段階。この「環境価値」は、地球の枠を超える。人類が月面基地を建設し、軌道エレベータで宇宙と行き来する時代。その巨大なエネルギー需要を賄うのは、化石燃料でも原子力でもない。地球の各地域が生み出す「クリーンな環境価値」そのものなのだ。
私の町が、AIによって最適化された太陽光と蓄電池システムで、余剰の「環境価値」を生み出す。その価値は「地域トークン」として宇宙に輸出され、月面都市の生命維持装置を動かすエネルギークレジットに交換される。地方の過疎化した町は、もはや「過疎」ではない。地球文明を支えるエネルギー供給拠点、すなわち「宇宙発電所」の一翼を担う、最も重要なフロンティアとなるのだ。コンビニのバイトをしながら、そんな未来図を頭に描く。少々馬鹿げているかもしれないが、夜勤の静寂は、そんな壮大な妄想を育むのに最適なのだ。
結論:仮想から現実へ、まちを元気にするために
夜が明ける。東の空が白み始め、初めての客がチャイムを鳴らす。私はレジの前から立ち、一晩中温めていたコーヒーメーカーのスイッチを入れる。香ばしい匂いが店内に広がる。
JERAとGoogleの契約は、巨大企業が行う、遠い世界の出来事に見える。しかし、その根底にある「価値の流れを再設計する」という発想は、我々の日常を、そして地域の未来を変える可能性を秘めている。バーチャルPPAというツールは、決して大企業だけのものではない。それを地域の文脈で再解釈し、AIやバイオ技術といった未来の技術と組み合わせることで、私たちは自らの手で「まちの価値」を創造し、循環させ、増幅させていくことができる。
宇宙進出のような壮大な夢は、まずは地域内の小さな循環から始まる。それは、コンビニの屋根に一枚の太陽光パネルを乗せることかもしれないし、地域通貨で隣人とコーヒーを分け合うことかもしれない。重要なのは、目の前の現実にただ屈服するのではなく、時には夜勤の静寂の中で、少しばかり馬鹿げた妄想を巡らせることだ。
その妄想の先にこそ、閉塞感を打破し、人々の顔に笑みを取り戻し、子供たちが未来に夢を持てるような、輝く町の姿がある。仮想の光が、やがて現実の明かりとなる。そのために、私たちは今日も、一つ一つの行動を積み重ねていく。結局のところ、すべては、この地を、まちを元気にする、というたった一つの願いに集約されるのだから。
日の光が差すと、夜勤の妄想はほとんど全部アホらしく見える。冷静になれば「寝ろ」と自分に言いたくなる。それでも、妄想は地域の未来を動かす最初のスイッチだと信じたい。私はただの40代半ばの夜勤バイトだ。政治家でも経営者でもない。だけど、現場のしんどさと、この蛍光灯の白さは知っている。
人口が減り、金も仕事も希望も減っていく地方に、立派な正論だけ投げても意味はない。ならば、せめて想像ぐらい盛大にやる。仮想の価値を現実に持ち込むのは、いつだって「そんな馬鹿な」と笑われるアイデアだ。笑いは、希望の入場券みたいなもんだ。
もしここまで読んで「ちょっと面白い」と思ってくれたなら、あなたも夜勤仲間だ。立場なんて要らない。未来は眠気と妄想でこじ開ける。チャイムが鳴る。客が来る。現実が戻る。でも、また夜が来れば妄想は帰ってくる。この小さな明かりが消えない限り、未来はいつだって俺たちの手の中だ。




