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南北疾風録  作者: 八月河
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麒麟、建康へ帰還

新野での激戦は、慕容麒の武勇と、燕恪軍の精強さを天下に知らしめることになった。百年以上を生きてきた慕容麒は、未来の歴史の知識と、過去の英雄たちの戦術を組み合わせ、北魏の名将・楊大眼を辛くも撃退した。その戦いは、北魏の将軍たちに、襄陽の燕恪軍が、決してたやすい敵ではないことを改めて知らしめた。


北魏の平城では、新野の惨敗の報せが届き、激しい動揺が走っていた。孝文帝のもと、重臣たちが集められ、議論が交わされていた。


「楊大眼将軍が、撃退されたと申すか……。しかも、相手は慕容麒ただ一人……」


「馬鹿な! あの楊大眼が、たった一人の敵に敗北するとは……。信じられぬ……」


一人の将軍が、顔を青ざめさせてそう言うと、別の将軍が静かに口を開いた。


「慕容復、いや、慕容麒……。あの男は、劉裕の遺志を継ぐ将星だ。彼が襄陽にいる限り、長江を渡り、建康を攻めることなど、不可能に近い……。檀道済という万里の長城を失った宋は、もはや裸同然だと誰もが思っていた。だが、我々は再び、新たな万里の長城を目の当たりにしてしまったのだ」


北魏の将軍たちは、慕容麒と燕恪軍が襄陽にいる限り、南朝斉への本格的な侵攻は不可能であると判断し、当面は襄陽を攻めることを断念した。しかし、楊大眼は、この敗北を糧に、慕容麒を倒すべく、武勇に磨きをかけ、他の将軍たちも、新野の屈辱を晴らすべく、切磋琢磨に励んだ。彼らは、慕容麒という強敵の存在を、自らの成長の糧としようとしていた。


楊大眼は、自身の双瞳に映る慕容麒の残像を消すことができずにいた。


(慕容麒……。あの男は、いったい何者なのだ……。予の武勇をもってしても、勝てぬとは……。いや、次は必ず、あの男を打ち破り、予の名を天下に轟かせてみせる!)


楊大眼の胸には、慕容麒への敵愾心と、それを超えようとする強烈な向上心が燃え上がっていた。


新野では、慕容麒が北魏の精鋭を撃退したことで、戦勝に沸き立っていた。そこに、周盤龍が武帝の命を受けて襄陽に入り、慕容麒と対面した。


「慕容麒殿。武帝陛下は、新野の戦いでのあなたの武勇と知略を大いに喜び、建康へ召還することを命じられた。襄陽の兵権は、この周盤龍に任せていただきたい」


周盤龍は、劉裕の時代から名将として名を馳せた男である。その威厳に満ちた佇まいに、慕容麒は敬意を抱いた。


(周盤龍殿か……。劉裕殿の時代から、名将として名を馳せた男。彼ならば、襄陽を任せても安心だ……。しかし、建康へ……。武帝殿は、何を考えておられるのだ……)


慕容麒は、周盤龍との会話を進めていくうちに、武帝の真意を理解した。武帝は、北魏の脅威を退けた慕容麒の才を、建康の中枢で活用しようとしていたのだ。


(武帝殿は、予を警戒しているのではない。予を信頼しているのだ……。南朝斉という新しい国を、予の力で盤石なものにしようとしている。劉裕殿と同じ、器の大きい男だ)」


慕容麒は、周盤龍に襄陽の兵権を任せ、腹心である呂天青、上官論、王民、李成、寇深の五人を率い、配下の三万の精鋭と共に、建康へと向かった。彼の心には、劉裕が築き上げた宋が滅びた後、初めて建康という南朝の中枢に入るという、複雑な思いが交錯していた。


(建康か……。劉裕殿が天下を統一した場所。そして、宋という国が、内側から崩壊していった場所……。予は、この建康で、何を成すべきなのか……。劉裕殿の遺志を継ぎ、この国を、北魏に勝てる国にしなければならない。そのためには、まず、この国の禁軍を、燕恪軍に劣らぬ強さにしなければならない)


慕容麒の胸には、新たな決意が燃え上がっていた。

皇帝の信頼、禁軍の統率


建康に入った慕容麒は、武帝こと蕭賾の御前に進み出た。武帝は、慕容麒を見ると、大いにこれを喜び、彼に高位の爵位を与えた。


「慕容麒よ。そなたの武勇と知略は、新野の戦いで見事なまでに示された。檀道済亡き今、そなたこそが、この国の万里の長城である。そなたに、建康郊外の禁軍を統率させたい。この国の安寧は、そなたの手にかかっている」


武帝の言葉に、慕容麒は静かに頭を下げた。彼の心には、劉裕が彼に寄せた信頼と、同じ熱量を持った武帝への敬意が湧き上がっていた。


(劉裕殿……。あなたの遺志は、蕭賾殿に受け継がれている……。予は、あなたの遺志を継ぐ者として、この国の万里の長城となることを誓います)


慕容麒は、武帝の期待に応えるべく、建康郊外の禁軍を統率し、その訓練に明け暮れた。彼の指揮のもと、禁軍は、かつての燕恪軍に劣らぬ精強さを誇るようになった。


慕容麒の建康への召還は、南朝斉の政権を安定させ、北魏の脅威を退ける上で、大きな意味を持っていた。しかし、彼の心には、劉裕の遺志を巡る、新たな戦いが始まったことを告げる、静かな予感が宿っていた。


慕容麒が建康郊外の禁軍を統率するようになってから、南朝斉は、北魏からの脅威から解放され、平穏な日々を送っていた。慕容麒の存在は、北魏にとって、大きな圧力となっていた。


北魏の平城では、孝文帝が、慕容麒をどうすべきか、重臣たちと議論を交わしていた。


「慕容麒を討つべきか、それとも、和睦すべきか……」


「陛下。慕容麒は、檀道済亡き後の南朝の、真の将星。彼が健在である限り、南朝への侵攻は不可能にございます。ここは、和睦を説き、時間を稼ぐべきかと存じます」


しかし、楊大眼は、和睦を強く反対した。


「陛下。慕容麒は、予が必ず討ちます! 彼を討たずして、北魏の天下統一はありえません!」


孝文帝は、楊大眼の言葉に心を動かされつつも、慎重な姿勢を崩さなかった。


「楊大眼よ。そなたの武勇は、予も認めるところ。だが、慕容麒は、武勇だけではない。その知略は、我々が想像する以上に深い。ここは、もう少し、様子を見ることにしよう」


孝文帝は、慕容麒の動向を注意深く見守りながら、内政の整備と、漢化政策の推進に力を注いだ。


しかし、建康の平穏は、長くは続かなかった。武帝の死後、南朝斉は、再び権力闘争の渦に巻き込まれていった。武帝の息子である鬱林王が皇帝に即位したが、彼の暴政は、南朝斉の官僚たちを深く失望させた。


そして、ついにその時が訪れる。蕭道成の従弟である蕭鸞が、鬱林王を殺害し、自ら皇帝に即位した。南朝斉は、再び血で血を洗う時代へと突入していく。

慕容麒は、この報せを聞き、深い絶望に包まれた。


「(劉裕殿……。あなたの築き上げた国は、滅び、そして、蕭道成殿が築き上げた国も、また、内側から崩壊していく……。この中華に、真の安寧は訪れないのか……)」


しかし、慕容麒は、絶望に打ちひしがれている暇はなかった。彼は、蕭鸞という、新たな皇帝の動向を注意深く見守りながら、自らの使命を全うすることを改めて決意した。


(私が守るべきは、この国ではない。この国に生きる人々であり、そして、劉裕殿が託した安寧という遺志なのだ)


慕容麒は、蕭鸞のもとで、再び禁軍を統率し、北魏からの脅威に備えた。彼の心には、劉裕の遺志と、そして燕の復興という、二つの大きな使命が宿っていた。

彼の存在こそが、この混迷の時代を生き抜く、最後の希望だったのかもしれない。

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