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南北疾風録  作者: 八月河
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将星、大河を越えて

河清四年、武成帝崩御。後主高緯の治世で北斉は急速に衰退した。奢侈と猜疑心が朝廷を蝕み、名将たちは次々と疎まれていく。この危機に、高胤は旧友たちを黄河の要塞虎牢関に招集した。


「もはや朝廷に見切りをつけよ」


関所の楼閣で高胤は地図を叩いた。


「我々が守るべきは、この大河の民だ」


段韶が深く頷く。


「既に斛律光は辺境防衛軍を掌握。慕容紹宗は晋陽城兵を掌握しておる」


高長恭が仮面を置いた。


「私は山東の民と共にいる。いざとなれば避難民を受け入れよう」


その時、早馬が到着する。


「後主、斛律光将軍を謀反の疑いで処刑せんとす!」


夜陰に乗じた緊急軍議。高胤が采配を振るう。


「段韶殿、朝廷工作を。蘭陵王、避難路の確保を」


「では貴公は?」斛律光が問う。


「我は黄河で時間を稼ぐ」


翌朝、高胤は単身鄴へ向かう。紫宸殿で後主と対峙し、悠然と宣言した。


「我が首を差し出そう。代わりに斛律光らへの疑いを解け」


帝は嘲笑した。


「良いだろう。お前の死で全ては終わる!」


その刹那、関所から狼煙が上がる。段韶の工作で「北周軍侵攻」の偽報が流れたのだ。朝廷は混乱し、処刑命令は棚上げとなった。


承光元年、北周軍が鄴を攻略。北斉滅亡。


斛律光は武帝・宇文邕に直々に招かれ「将軍の武勇は天下の宝」と懇請され北周軍に帰順


段韶は旧北斉領統治の助言者として宇文護に招聘される


慕容紹宗はその軍才を買われて北周の雍州刺史に任命


高長恭は山東に隠棲したまま農民を守り続ける


一方、高胤は黄河の要塞で最後の抗戦を続けていた。北周の先鋒大将宇文憲が陣門に現れる。


「高胤よ。陛下は言われた『黄河を守る者こそ真の将帥』と」


高胤は城門を開いた。


「条件がある。この流域の民を虐殺しないこと」


「約束しよう」


宇文憲は馬上で右手を胸に当てた。


「貴公の鉄林軍も我が軍に迎えたい」


斛律光は朔州都督として突厥防衛の任に


段韶は兵部尚書として軍制改革を推進


慕容紹宗は雍州都督に


宇文憲は高胤の才能を庇護


武帝・宇文邕は高胤を謁見。


「そちが守った黄河の民、数万がそちを慕って周に帰順した。そちに涼州総管を任せたい」


高胤が深々と頭を垂れる。


「陛下、拙者は一介の関所守に過ぎませぬ」


「違う」


武帝は微笑んだ。


「そちは『大河の守護者』だ。この役目こそ天が与えた使命ではあるまいか」


大象二年(580年)、隋国公楊堅が台頭する中、旧北斉の将星たちは新たな立場で国境を守る。


斛律光は突厥との国境で「長城の盾」と謳われる


段韶は若き楊広の兵法師傅に


慕容紹宗は雍州にて陳討伐軍を組織し、陳に備えた。


高胤 は涼州で異民族と漢族が共存する町を建設


ある秋日、高胤が黄河上流を巡察していると、老いた高粛が筏で現れた。


「見事な町だな、虎翼」


「これこそが我々の戦う意味だった」


二人の背後の河岸で、斛律光の孫が慕容紹宗の曾孫に槍術を教えていた。その横で段韶の弟子が水利図面を広げている。


夕陽が大河を黄金に染める。戦乱の世を生き抜いた将星たちの想いは、河の流れのように次の時代へと受け継がれていく。

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