重臣たちの黄昏―新たな皇帝の誕生
劉義符が廃位され、殺害された後、建康の朝廷には、深い権力の空白が生まれていた。かつて武帝・劉裕が築き上げた磐石な体制は崩壊し、その遺志を巡る権力闘争が激化の一途を辿っていた。中書監の傅亮、司空の徐羨之、領軍将軍の謝晦といった重臣たちは、それぞれが独自の思惑を胸に秘め、宋の政権を掌握しようと動いていた。
遠く襄陽の地。林全こと慕容復は、建康から届く報せを読み、眉をひそめた。
(劉義符様は、確かに若く、遊興にふけったかもしれない。だが、その廃位と殺害は、あまりにも拙速すぎたのではないか……?)
林全は、檀道済の副将として最前線にいたため、建康の陰謀には一切関与することができなかった。しかし、彼のもとには、徐羨之らが劉裕の次男である劉義真を庶民に落とし、遠い新安郡へと流刑にしたという報せが届いていた。
(なぜだ……。血筋の正統性を重んじるはずの彼らが、なぜ劉裕殿の次男まで排除する必要があったのだ? 彼らは、劉裕殿の遺志を継ぐのではなく、もはや自らの権力を盤石にすることしか考えておらぬのか……!)
林全の心は、建康の権力闘争に対する深い不信感で満たされていた。それは、かつて慕容一族の滅亡を間近で見た者としての、権力への根深い不信感でもあった。彼は、静かに拳を握りしめた。
徐羨之らは、劉義符と劉義真を排除した後、劉裕の三男である劉義隆を皇帝として擁立した。林全は、劉義隆が文帝として即位したという報せを聞き、劉裕の遺志を継ぐ新たな皇帝の誕生に、一縷の望みを託した。
しかし、その希望は、すぐに冷徹な現実によって打ち砕かれる。文帝が即位すると、彼は、兄を廃して殺した罪で徐羨之ら重臣を次々と粛清し始めたのだ。
元嘉三年(四二六年)正月、文帝は、少帝殺害の罪で傅亮を処断しようと図った。
「傅亮は、劉義符の廃位に加担した大罪人。決して見過ごすことはできぬ」
文帝の意図を察した傅亮は、兄の墓へと逃れたが、兵に捕らえられ、処刑された。享年五十三。そして、同じ年の正月、文帝は徐羨之と傅亮に昇殿を命じる。徐羨之は、この命令が何を意味するかを悟った。
「やはり、この日が来たか……」
彼は、自ら首を吊って自決した。
荊州刺史として地方の重要拠点を任されていた謝晦は、元嘉三年(四二六年)に文帝から少帝弑逆の罪を問われる。謝晦は反乱を起こしたが、檀道済に率いられた討伐軍に忌置洲で敗れ、処刑された。
文帝は、徐羨之ら三名の重臣を粛清した後、檀道済を重用し、北魏との戦いを託した。しかし、檀道済自身、その才能におぼれるところがあり、文帝としばしば対立することがあった。また、その威勢は天下に轟き、左右の腹心は全員が百戦錬磨の勇者で、子弟も皆、才気煥発の俊秀ばかりだった。
文帝は、日に日に増していく檀道済の威勢を恐れるようになった。元嘉十三年(四三六年)三月、文帝が病に倒れた際、重臣たちの讒言と、いつか国を奪われるという後難を怖れて、檀道済を殺害することを決意する。
その報せを聞いた林全は、襄陽の城壁に立ち、遠く建康の空を見つめていた。
(まさか、檀道済殿まで……! 文帝殿、あなたは、劉裕殿の忠臣を、なぜ殺そうとするのだ!)
このとき捕らえられた檀道済は、文帝を睨みつけ、目の前で頭巾を床に叩きつけた。
「我を殺すは己が長城を毀すに等しいと知れ!」
その言葉は、まるで雷鳴のように建康の宮廷に響き渡ったという。
林全は、遠く離れた襄陽の地でこの報せを聞き、激しい怒りと悲しみに震えた。彼の脳裏には、檀道済が叫んだその言葉が、何度も反響した。
(万里の長城を壊す……。檀道済殿の言葉は、まさに、文帝殿の過ちを予言している……。我らの国を守る最後の砦を、あなた自らが壊してしまわれたのか!)
林全は、尊敬する師を失った絶望と、その死を招いた文帝への怒り、そして何もできなかった自分への悔恨が入り混じった複雑な感情を、静かに受け止めていた。
文帝は、重臣たちを粛清した後、貴族を重用し、学問を奨励して国子学を復興させた。この経緯から、文帝の治世において学問や仏教などの文化が盛んになり、范曄が『後漢書』を完成させるなど、南朝宋は全盛期を迎えることになった。このため、文帝の治世は「元嘉の治」と呼ばれている。
しかし、その華やかさの裏で、不穏な影が忍び寄っていた。北魏は華北を平定して国内を固め、文帝が檀道済を讒言により誅殺してしまうと、元嘉二十七年に和睦は破棄され、南朝宋は北魏の侵攻を受けることとなる。
林全は、襄陽の城壁に立ち、遠く北の空を見つめていた。彼の胸には、檀道済の言葉が、今、現実のものとなりつつあるという、冷たい予感が去来していた。
元嘉三十年、文帝は長男である皇太子の劉劭が巫蠱を行ったため、廃嫡を考えた。しかし、その内容が漏れて劉劭によって殺害された。享年四十七。
林全は、文帝の悲劇的な最期を聞き、劉裕が築き上げた宋という国が、再び混迷の時代へと突入していくのを、ただ見守るしかなかった。彼の心には、父の夢、師の言葉、そして若き皇帝たちの血が、永遠に消えることのない傷跡として刻まれていた。