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南北疾風録  作者: 八月河
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鍾離の死闘、北魏の敗戦

その頃、北魏では孝文帝が亡くなり、幼い孝明帝を擁する胡太后の専横が始まっていた。国政が混乱する中、北魏の重臣たちは南朝への大規模な侵攻を企てる。


(胡太后か……。歴史は繰り返すな。またもや、権力に溺れた女が国を傾けるのか。このままでは北魏の内乱が中華全体を巻き込む。その前に、何とかせねば……)


慕容麟の憂慮をよそに、北魏は南侵の準備を着々と進めていた。五百六年十一月、中山王元英と平東将軍楊大眼が数十万の兵を率いて、鍾離へ侵攻を開始する。


(元英と楊大眼……。やはり来たか。彼らは、劉裕殿が築き上げた淮水・長江の防衛線を突破するつもりだ。特に楊大眼は、あの新野での屈辱を晴らすべく、血眼になっているだろう。鍾離は、この戦いの鍵となる。何としても、鍾離城を守り抜かねばならぬ)


慕容麟は建康に戻ることを決意し、蕭衍に援軍の派遣を進言しようとした。しかし、その時にはすでに、北魏軍は鍾離城を包囲していた。


鍾離城を守るのは、将軍昌義之が率いるわずか三千の兵。対する北魏軍は数十万という圧倒的な兵力差に、鍾離城は絶望的な状況に追い込まれる。


北魏軍は淮水を挟んで両岸に橋を架け、補給路を確保した。元英は淮水南岸に橋頭堡を築いて鍾離城を攻撃し、楊大眼は北岸で後方支援にあたるという、鉄壁の布陣を敷いた。


鍾離城の城壁は北魏軍の猛攻にさらされていた。衝車で城壁を突き崩そうとする北魏軍に対し、昌義之は泥を使って城壁を修復し続けた。


「兵士たちよ! 決して諦めるな! 我々が守っているのは、この鍾離城ではない! 我々が守っているのは、この国だ! この国の民なのだ!」


昌義之の言葉に、兵士たちは決死の覚悟で応じた。北魏軍は昼夜を問わず城を攻め続け、一万人以上の死傷者を出しても、鍾離城を落とすことはできなかった。


建康に戻った慕容麟は蕭衍に拝謁し、鍾離の窮状を訴えた。


「陛下! 鍾離城は今、風前の灯火にございます! 昌義之将軍の奮戦もいつまで続くか分かりませぬ! 今すぐに援軍を派遣せねば、鍾離は落ち、北魏の南下を許すことになります!」


蕭衍は慕容麟の言葉に耳を傾ける。


「慕容麟よ。そなたの言うことはもっともだ。だが、北魏軍は数十万。いかに精鋭を派遣しようとも、彼らを打ち破るのは容易ではあるまい……」


「陛下! いえ、打ち破れます! 北魏軍は鍾離城の攻略に固執し、兵力を分散させております。今こそ、その隙を突くべき時でございます!」


慕容麟は歴史の知識から、この戦いの結末を知っていた。彼は蕭衍に、豫州刺史・韋叡に鍾離の救援を命じるよう進言した。


「韋叡か……。確かに彼は智将だ。しかし、猛将の曹景宗も彼に協力させては、どうか?」


蕭衍は慕容麟の進言を受け入れ、韋叡と曹景宗に鍾離の救援を命じる。


韋叡は周囲の反対を押し切って急行し、十日ほどで鍾離に到着する。しかし、北魏の橋頭堡は堅固で、容易に近づくことができなかった。


(韋叡殿は、やはり智将だ。彼はこの状況を打開する策を、必ずや持っているはずだ……。このままでは、ただ兵を失うだけだ……)


慕容麟は韋叡の動きを注視した。すると、韋叡は夜のうちに淮水の北岸に城を築くという大胆な行動に出る。夜が明けて北魏の元英が梁軍の陣営を目にすると、彼は驚いて「これは神の仕業か」と叫び、杖で地面を叩いたと言われている。


梁軍の援軍が到着したことを知った鍾離城内の兵士たちは士気を大いに高め、城外の梁軍と呼応して戦う態勢を整えた。


戦況が膠着する中、天候が梁軍に味方する。三月に入ると、淮水が氾濫し、川の水位が急上昇した。慕容麟は、この機を逃すまいと、韋叡に策を進言する。


「韋叡殿! 今こそ、北魏軍の橋を焼く時でございます! 淮水が氾濫し、水流が速くなっている今、火を放てば一気に燃え広がります!」


慕容麟の進言に、韋叡は深く頷いた。


「慕容麟殿、あなたの言う通りだ! 兵士たちよ! 油を注いだ草を積んだ小舟を北魏の橋に放て!」


強風にあおられた火は勢いを増し、北魏の橋は完全に燃え尽きた。退路を断たれた北魏軍は大混乱に陥る。元英は橋が絶たれたのを見て単身で脱走し、楊大眼も自らの陣営に火を放って敗走した。北魏の諸々の陣営は次々と崩壊し、兵士たちは武器や防具を投げ捨てて淮水に飛び込み、その多くが溺死した。


この戦いで、北魏軍の死者は十数万に及び、捕虜も五万人に達したと伝えられている。南朝梁軍は圧倒的な勝利を収め、昌義之は韋叡から勝利の報せを聞くと、「生き返った、生き返った」と泣きながら喜んだと言われている。


この勝利は、南朝梁の国力を大いに高め、北魏の南下政策を一時的に頓挫させた。同時に、南朝梁の名将たちの名を天下に轟かせることにもなった。そして慕容麟にとっても、この戦いは大きな収穫をもたらした。彼は、捕虜となった五万人の内、二万人を燕恪軍に編入することに成功した。その中には、八千人の精強な鮮卑騎兵が含まれており、燕恪軍の戦力は飛躍的に向上した。


(宿敵、楊大眼を討ち取れなかったのは些か不満だが、それでも勝利だ。この八千の鮮卑騎兵があれば、燕恪軍はさらに強くなる。この乱世を生き抜くための、大きな力となるだろう)


慕容麟は、建康の中枢に戻ることを決意し、蕭衍に仕えることを誓った。彼の心には、この鍾離の戦いを乗り越えたことで、この南朝梁で生き抜くための、確かな手応えがあった。

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