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南北疾風録  作者: 八月河
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麒麟の静観、南朝の暗雲

南朝斉が「永明の治」を謳歌する中、名君と称えられた武帝・蕭賾が崩御した。その報せは、建康の郊外で禁軍の訓練を指揮していた慕容麒に届いた。彼は、静かに、しかし深い悲しみと、未来への不安を胸に抱いた。


(武帝殿が崩御された……。劉裕殿、文帝殿、そして武帝殿。英雄たちが次々と世を去っていく。まるで、時代の転換期を告げる弔いの鐘のようだ。この国の、そしてこの中華の未来は、一体どこへ向かうのだろうか……)


武帝の死は、南朝斉の宮廷に、新たな権力闘争の火種を投げ込むことになった。武帝の甥にあたる蕭鸞は、幼い頃に両親を亡くし、蕭道成に育てられた男であった。彼は、武帝の死後、蕭子良とともに若き皇帝・蕭昭業を輔佐する立場にあった。しかし、慕容麒は、蕭鸞の行動を注意深く観察していた。


(蕭鸞……。歴史の知識が正しければ、彼はやがて明帝となる。そして、その治世は、血と恐怖に満ちている……。彼は、蕭道成の血を引く者でありながら、その器は、あまりにも小さすぎる)


やがて、歴史の歯車は動き始めた。蕭子良が死去すると、蕭鸞は実権を握り始めた。彼は、猜疑心が強く、有能である一方で、その不安定な性格が、周囲の人々に恐怖を与えるようになっていた。


建康の郊外で、禁軍を率いる慕容麒は、宮廷の動向を注意深く見守っていた。彼は、蕭鸞の権力掌握の動きを、静かに、しかし、鋭い眼差しで見つめていた。


(蕭鸞……。あの男は、劉裕殿や武帝殿とは、全く違う。彼の目には、天下の安寧ではなく、自らの権力しか映っていない……。しかし、予は、劉裕殿から託された使命を、全うせねばならぬ。この建康の治安を守ることが、予の使命だ)


慕容麒は、歴史の知識から、蕭鸞が蕭昭業を廃位・殺害し、代わって皇位に就けた蕭昭文までもを次々に廃位・殺害していくのを知っていた。彼は、この歴史の悲劇を、ただ見守るしかなかった。彼は、建康の治安維持に専念し、禁軍を率いて、この南朝斉の内乱に干渉しなかった。


しかし、蕭鸞の所業は、慕容麒の心に、深い絶望と怒りを呼び起こしていた。


(なぜ、劉裕殿が築き上げた宋、そして蕭道成が築き上げた斉は、身内同士の争いによって、かくも簡単に崩壊していくのだ……。予は、この禁軍を率いて、蕭鸞を討つべきか……。いや、待て……。もし、予が動けば、この建康は、さらなる混乱の渦に巻き込まれる……。そして、その隙を、北魏が見逃すはずがない……。予が、今、動くべきではない)


慕容麒は、自らの立場を理解していた。彼は、南朝斉の将軍であり、南朝斉の皇帝に仕える立場にあった。しかし、彼の心は、劉裕から託された「安寧」という使命に縛られていた。彼は、蕭鸞を討つことで、一時の正義を貫くことはできる。しかし、それでは、北魏の南下を招き、中華全体の安寧を脅かすことになる。彼は、自らの怒りを抑え、静観することを選んだ。


蕭鸞は、蕭昭文を殺害し、ついに自らが皇帝となった。明帝と称された彼の治世は、恐怖政治によって彩られていた。


彼は、蕭昭業に疑われた時、鄱陽王の蕭鏘に庇われて事なきを得たにもかかわらず、即位した時に蕭鏘を殺害した。その有様は、明帝の猜疑心の強さと、その不安定な性格を如実に物語っていた。


(予は、誰も信じられぬ……。蕭鏘は、予を庇った。だが、いつ、予に刃向かうか、わからぬ……。裏切りを許すわけにはいかぬ……!)


明帝は、武帝の子孫を全員誅殺するなどの所業を重ねた。皇族を処刑する時、自ら毒薬の調合を命じながら焼香して涙を流すという、その不安定な性格は、建康の宮廷に、深い恐怖を植え付けていた。


晩年、重病にかかった明帝は、道教に没頭したり、服装をすべて紅くするなどの奇行に走った。しかし、病は癒えず、永泰元年に崩御した。


慕容麒は、明帝の崩御の報せを聞き、静かに、しかし、深い悲しみを覚えた。彼の心には、劉裕が託した安寧という遺志が、南朝斉の内乱によって、踏みにじられていくことへの深い絶望があった。


(英雄の時代は、本当に終わってしまったのか……。予が、劉裕殿の遺志を継ぐ最後の将として、この中華に、再び安寧をもたらすことはできるのだろうか……)


慕容麒は、建康の郊外で、禁軍の訓練を再開した。彼の心には、北魏という、新たな脅威との戦いが、目前に迫っていることを告げる、静かな予感が宿っていた。


南朝斉が明帝の恐怖政治に揺れ動く中、北魏では、孝文帝が大規模な南征を計画していた。彼は、慕容麒という強大な敵の存在を理解しつつも、南朝斉の内乱に乗じて、長江以北の地をすべて手に入れることを目論んでいた。


孝文帝は、重臣たちを集め、南征の決意を述べた。


「皆に告ぐ! 斉は、今、明帝の恐怖政治によって、国内が疲弊している。今こそ、南下し、長江以北の地をすべて手に入れる好機である! 慕容麒は強敵ではあるが、彼もまた、南朝斉の内乱に心を痛めているはず。彼は、我々が南下しても、安易に動くことはないであろう!」


孝文帝の言葉に、楊大眼が静かに立ち上がった。


「陛下。慕容麒は、安易に動くことはないでしょう。しかし、彼が動かないからといって、彼を侮ることはできません。彼の武勇は、予が最もよく知っております。陛下のご決断は、予も賛同いたします。ですが、慕容麒を討つには、周到な準備が必要です」


孝文帝は、楊大眼の言葉に深く頷いた。


「うむ。楊大眼よ。そなたの言う通りだ。慕容麒を討つには、周到な準備が必要である。故に、予は、慕容麒のいる襄陽を攻めることはしない。予は、別働隊を派遣し、長江の防衛線を突破する。その間に、慕容麒の禁軍が動けば、彼を建康から引き離すことができる。そして、その隙に、予は建康を攻める!」


孝文帝の壮大な計画に、重臣たちは驚きを隠せなかった。


慕容麒は、北魏が大規模な南征を計画しているという報せを聞き、深い苦悩に陥っていた。


(孝文帝……。歴史の知識が正しければ、彼は、この後、漢化政策をさらに進め、北魏を盤石な強国にする。そして、この南征は、その足がかりとなる……。予は、どうすべきか……。この建康の禁軍を率いて、南征軍を迎え撃つべきか……。いや、しかし……。もし、予が建康から離れれば、蕭鸞の息子である東昏侯の蕭宝巻が、北魏と内通する可能性もある……。予は、動くべきではない)


慕容麒は、動くべきか、動かざるべきか、深く悩んでいた。彼の心は、劉裕から託された「安寧」という遺志と、南朝斉の権力闘争の狭間で揺れ動いていた。


しかし、その苦悩も、長くは続かなかった。北魏が、ついに南征を開始したという報せが届いたのだ。孝文帝が率いる北魏の大軍は、長江の防衛線を突破し、建康へと迫っていた。


慕容麒は、静かに、しかし、力強く、禁軍の将兵たちに号令を下した。


「皆に告ぐ! 北魏の大軍が、建康へと迫っている! 予は、皆と共に、この建康を守り抜くことを誓う! 予が率いる禁軍は、この国の最後の希望である! 予と共に、この国を守り抜くのだ!」


慕容麒の言葉に、禁軍の将兵たちは、一斉に雄叫びを上げた。彼らの心には、慕容麒への絶対的な信頼と、この国を守り抜くという、強固な決意が燃え上がっていた。


慕容麒は、北魏との新たな戦いが始まったことを告げる、静かな予感を胸に、禁軍を率いて、北魏の大軍を迎え撃つべく、建康の城壁に立った。

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