7、金欠
「じゃ、またねー」
才花とのデートの翌日、彼女はあまりにもあっけなく旅立っていった。
その日はショックのあまり何もできず、それでも腹が減るのでおいしいものでも食べに行こうとファミレスに行きドカ食いした。そして、お会計の時、重大な事実が判明した。お金が、ない!!
お会計は計5000円。我ながら素晴らしい食べっぷりだ。そして俺の財布の中に入っているのは500円。これが今の俺の全財産だ。その差は10べぇだ!!かんっぜんにやらかした。店員が訝し気にこちらを見ている。やばいやばいやばい、このままじゃ無銭飲食で捕まってしまう!!
「おや、努君じゃないか、どうしたんだい?」
そこに救世主が現れた。中学の担任の神楽坂先生だ。後ろには若い奥さんとその背に隠れて二人の小学生くらいの女の子…娘だろう…が、不思議そうにこちらを見ている。
なんと偉大な神楽坂先生は平日で忙しかったであろうにもかかわらず、家族サービスをしていたのだった。
そんな家族団欒のひと時に俺のような異分子が入り込むのは大変申し訳ないのだが、恥を忍んで金を無心することにした。
全くもって偉大な元原先生は二つ返事で了承し、その上に必ず返すと申し上げても生徒に貸した金を返させるなど、そんなことは先生の身分である私にはできないとおっしゃる始末。
果てには二人の可愛らしい娘さんに自己紹介をさせ、
「君は冒険者を目指していると聞き及んでいる、是非とも私の家族がモンスターの魔の手にさらされそうになったらその剛腕で助けてやってくれないか、それで十分だ」
などという聖人ぶり。あっしは、涙を流しながら親分の娘っ子が危機にさらされるんなら、どこにいてもすぐに駆け付けて、もんすたぁでも無頼漢だろうとケチョンケチョンにしてやらぁと固く誓い申し上げた。
さて、俺は今電車に乗っている。俺は今、猛烈な金欠だ。口座には一円たりとも入っておらず、財布に入っているのは電車代の280円を引いて220円ぽっち。すでに帰りの運賃もない。
しかし、今回行くダンジョンはEランク上位の粘性の極という複数種類のスライムが現れるEランクの中では稼げると噂のダンジョンだ。その上、俺は現在、合計49体のモンスターを狩っている。あと50体Eランクモンスター討伐の実績を積めばDランクに上がることができる。最弱ダンジョンとは言え、ユニークボスなるものを倒した功績もあるので昇格には申し分ないだろう。
と、言うことでダンジョンに着いた。ここは小鬼の住処なんかよりも人気があり、そしてそこに集まる人もお遊びできているわけではない。皆、日ごとの糧を得るためにここにきているのだ。
入場口でも少しではあるが並ぶ必要があった。やはり小鬼の住処なんかとは違い、皆装備がガチだ。空気がぴりついているようにも感じる。しかし、俺も負けてはいない。黒鋼でできたチェストプレートに同じく黒鋼でできたレッグアーマー。背には一本の黒く美しい刀。
刀に関しては明らかに呪われているがそれでもEランクには過剰といえるほどの装備である。
俺は胸を張って改札を通り、ダンジョン内に入った。
スライム。ゴブリンと同じでモンスターの中では弱い部類に入る生粋のEランクモンスターだ。しかし、ゴブリンと違って「最弱」ではない。ゴブリン程度と同類に見てしまえば痛い目に合うこと間違いなしだろう。
入ってさまようこと数十分。なるべく戦闘音がしないほうに向かって探索していると、目の前に子犬ほどの大きさの青いゲル状の生物が現れた。こいつがスライムだ。一見、小さいうえになんだかぷよぷよしていて可愛いが、こいつも生粋のモンスターである。
剣を抜き、正眼に構える。相変わらずその刀身はため息が出るほどに美しい。明らかに呪われてるけど。
スライムの方もようやく俺のことを認知した(目はないけど)らしく、その体をプルプルと振るわせ始めた。
と、思ったら俺の前に展開していたスキルボードに張り付いていた。そして、重力に逆らいきれずに地面に落ち始めたところを横に刀を振るう。残心、は普通にタイムロスになるのでちゃっちゃかとドロップ品を確認する。
そこには例によって小指の先ほどの魔石と、青いゲル状物質があった。このゲル、スライムローションが大変高く売れるのだ。すかさず持参したペットボトルに地面についてない部位を厳選しながら入れる。
スライムはEランクモンスターの名に恥じない紙耐久をしており、ダンジョンから逃げ出たある個体が子猫に噛まれて死んでいるところを目撃されている。そのくらい圧倒的な紙耐久なのだが、その後ろには苦しそうな顔をして口からゲルを出しながら窒息死していた親猫も目撃されていたことも留意しなければならない。
スライムは初心者殺しとして名高いモンスターであり、ここ粘性の極でも毎年何十人もの対策を怠った新米冒険者がその命を散らしている。
まず、スライムはその体躯からは想像できないほどに早い。見えないほどではないが、そのとびかかりは一切予備動作がなく、気づいたら冒険者の口の中にいる。そのままのどまで入り込み、息ができなくなって窒息する。そうなったらゲームオーバーだ。仲間がいても肺近くまで入り込んだスライムを吐き出させることは不可能。もがき苦しむ仲間が窒息死するのをただ待つしかない。そして死んだ冒険者をそのまま栄養源として、体内で分裂しながら増殖。出てきたスライムは再び宿主を探す…というなかなかにエグイモンスターなのだ。天変地異の時の記録では、スライムに寄生された時点でその人を殺すことが義務付けられていたらしい。モンスターの中でもかなりモンスターしてる鬼畜生物なのだ。
しかし、そんな鬼畜生物からとれるスライムゲルは近年、医療、食料、美容、工業など幅広く活用されており、有名な物であれば高純度のスライムゲルをそのまま使用する保湿剤は保湿どころか殺菌、しわの改善、シミの予防及び消去、毛穴の縮小、火傷後の完治などこれまでの美容界に激震を及ぼした。そのほかに冷却水としてや、触媒として使われたり、産業のほとんどをこのスライムゲルが回しているといっても過言ではない。
なんと、この500mlのペットボトル分のスライムゲルを集めることができれば5万円もらえる。それに純度の高い強い個体を倒せればさらに値は上がる。
これこそ俺が望んでいた一攫千金、死と隣り合わせの冒険者ライフである。
さぁ、今日は稼ぐぞ!!
うん、まったく稼げない。粘性の極は20階層まであるEランクにしてはかなり広い階層だが、15階層までは人でいっぱいだった。どこに行っても人がいる。最初のエンカウントはだいぶレアだったらしい。しかし、16階層以降はスライムが確定で群れで出てくるらしく、その上アサルトスライムとかいうさらにスピード特化紙耐久のスライムが出るらしく、そうなるとソロの俺では万が一死にかねない。どうしたものか…と、思っていると運よくスライムを見つけた。今度は赤色の個体だ。
まだ距離があるため、こちらには気づいていない。…って言うかこいつ、どうやってこちらを認識しているんだ?試しにゆっくりと音を立てずに接近してみる。しかし、10mほどで震え始めた。急いで半歩戻ると震えが収まった。
次に思いっきり音を立てながら近づいてみる。その時も音を立てなかった時と同様、10mほどで震え始めた。
次に神聖魔法の神聖ビームでスライムを照らしてみることにした。しかし、まったく反応しない。石も投げてみた。流石に石には反応し、即座に回避したが、投げた俺の方までは来なかった。
そして最後の本命、ユニークボスゴブリンから取得したスキル、『地形操作』を使ってみる。
すると、簡単に岩の壁の中に収めることができた中で暴れている様子もない。しかし、俺が10mの範囲に入った途端、岩の壁の中で暴れだし、勝手に自滅した。
スキルを解除するとそこには魔石とゲルがあった。
恐らくスライムは半径10mほどに結界のような認識範囲があり、そこに入ってきた生物にはとびかかりを、無生物による攻撃は回避を行っている。
地形操作で逃げなかったのは、閉じ込めるのは攻撃ではなく、回避する必要がなかったからだろう。
俺の地形操作はだいたい30mくらいなら操作することができる。離れれば離れるほど操作速度、形状が甘くなるが、壁を作って囲うくらいなら問題ない。つまり俺はスライムを完封することができる。
俺はそれを実証するため、16階層へと向かった。
16階層には目論見通り、15階層までと違って一切人がいない。そりゃそうだ。例えチームがいてもスライムに張り付かれたら、もう誰も助けられない。もちろん仲間がいた方が格段に安全性は増すだろうが緊急事態になったら見捨てる前提の仲間など、信じれるわけがない。
ゆえにソロでは分が悪い複数エンカウント確定の16階層以降は全く人がいないのだ。
これはつまり、俺の独壇場であることを意味する。
さぁ、一狩りしますか!!
結論から言おう。俺は今、大乱獲している。
あれから実際に遠方から囲って自滅させる戦法を複数の群れに使ってみたが、見事にすべて成功。そのまま狩りつくす勢いで探索を進めた。
しかし、やはりダンジョン。ちょくちょく危ない場面があった。
特にアサルトスライムは探知範囲が通常のスライムの倍あるらしく、のんきに10mまで近づいたら目に追えない速度で俺の顔面目掛けて飛び込んできた。その時偶然EXPを確認するためにスキルボードを開いていたため、何とか助かったが、あれは危なかった。
流石にまったく対策なしで探索するのはまずいので、溜まったEXPを使うことにした。
名前:平人努 (ヒラビト ツトム)
種族:ヒューマン
スキル:設定変更(固有 鑑定系)
地形操作 (習得 操作系)
耐性:水属性耐性(弱) 邪属性耐性 物理攻撃耐性(弱)
称号:ジャイアントキリング
属性:神聖
適応可能一覧
<筋力>25/100 <俊敏>40/100 <持久力>23/100<魔力>100/100(MAX)
<精神力>54/100<神聖魔法>100/100(MAX)<視力>40/100
使用可能EXP100→30
⚙
視力に40、俊敏に30ふった。後は残しておくことにした。なぜなら、100/100になった<魔力>と<神聖魔法>の(MAX)の欄を押してみたところ、『上限解放の条件を満たしていません』と出たからだ。これは恐らく一般的に潜在能力の壁といわれるもので、それまで順調にモンスターを倒すたびに成長していた冒険者の成長が突然止まるあの現象の原因だと思われる。
この壁の存在のせいで一般的な冒険者の到達地点はC級と言われており、この壁を越えた者だけがB級に上ることになる。そしてこの壁はA級、S級に上がる際にもあらわれる。
この壁を長く突破できないとそれだけでモチベーションが下がり、退職する理由にもなる。Cランク冒険者の離職率が高いのはこのためだ。
しかし、俺にはこの上限突破の方法が分かってしまう。『上限解放の条件を満たしていません』
の欄の『上限解放の条件』の部分を長押しすると、
上限開放の条件
7つ以上の項目で適応値をMAXにする。
と出ちゃうのだ。これはやばい。体感MAXの項目が5つもあれば割り振る能力の相性、スキルにもよるがCランクにはなれるだろう。そこからべつの能力についてさらに2つも極めようなんて基本思わないだろう。
この情報を企業にでも売れば相当儲かるだろう。いや、そういえば噂では大手の企業では優秀な部下に特別研修を施し確実にB級以上にするとかいうものがある。そりゃもう100年も経ってんだ。研究を重ねれば自ずと分かるだろう。しかし、まだ一般的な事実ではない。どうする?記者にでもリークするか?
いや、もしかしたら会社から報復されるかもしれない。それ以前に信じてもらえるかも怪しい。やっぱり誰かに教えるのはやめよう。利益が薄すぎる。
とにかく、上限を開放するには7つの項目をマックスにしなくちゃいけなくて、それにはポイントがいる。そして効率的な狩りにはその時に応じたスキルの割り振りを行うことが最も効率がいい。
今回だってそうだ。早すぎる敵の動きに対応するために俊敏と視力を上げる。そうすれば実際かなり楽にスライムを倒せるようになった。今なら群れでも普通に近づいてその全てに対処することができる。
スキルボードの項目に書かれている文字通り、このダンジョンに適応するんだ。