3、ボス
今日は午前中に学校で卒業式の練習をしてきた。学校でも鍛錬ばかりしていたのでそんなに思入れはない…と思っていたが、なぜだか校舎や教室を見るたびにノスタルジーな気分になる。
今日も才花はダンジョンに潜っている。噂によるとすでに大企業に好待遇で内定が決まったらしい。あいつはどんどん先に進むな。まだ俺はこれからどうするのか明確に決まっていない。企業に勤めるのか、このままフリーで攻略を進めるのかすら曖昧だ。
とりあえず今決めているのは、もう少しダンジョン業が盛んな場所で一人暮らしをすることだ。しかし今のところそのための先立つものがない。中学卒業までにある程度まとまった金が必要だ。
さぁ、ダンジョンにいくか。
再び小鬼の住処にやってきた。改札を通り、洞窟の中に入る。
「スキルボード」
名前:平人努 (ヒラビト ツトム)
種族:ヒューマン
スキル:設定変更(固有 鑑定系)
耐性:水属性耐性(弱) 邪属性耐性(弱) 物理攻撃耐性(弱)
称号:ー
属性:神聖(微弱)
適応可能一覧
<筋力>25/100
<俊敏>10/100
<持久力>23/100
⚙
昨日追加で入ったEXPを割り振った。最初は筋力をとりあえずカンストさせようと思ったが小鬼の住処では過剰気味だったので、機動力を上げることにした。
特に俊敏の値は速度が上がるのはもちろん、手先も器用になる効果があるらしい。今なら曲芸まがいのこともできる。
持久力も上げたため、今の俺は全力疾走で長距離を走ることができる。おかげで3階層まで10分もかからず来ることができた。探索効率も数段上がったことによって機能4時間かけて20体だったのが半分の時間で達成することができた。
まだダンジョンに潜って二日目だが、すでに3階層では満足できなくなってきた。それに、どうやら同じ敵を倒し続けるとEXPの効率が悪くなるらしい。昨日は20体で58EXPだったのが今日は30EXPしか稼げなかった。なんなら普通のゴブリンじゃもうポイントはもらえないらしい。
仕方がないので4階層に下ってみた。4階層ではすべてのゴブリンが武器持ちになっていたが、それでもたいして苦戦しなかった。流石に最低ランクの中でも最弱のダンジョンだ。お話にならない。
まぁはなから検証のためだけに来たんだ。お金なんかより大事なもんがある。でも、俺のハジメテがこれでよかったのかっていう後悔が無きにしも非ず…
「まぁ仕方ないか。さて…」
今日稼いだポイントは合計で54EXPだ。そろそろ武器もちのゴブリンでもポイントが入らなくなりそうだし、今後のためにもポイントは大事にしなくちゃいけない。なんなら使わないで状況に合わせて割り振るというのも手だろう。伸ばすのであれば俺の長所である近接戦闘に利のあるものに振るべきだろう…
「スキルボード!」
名前:平人努 (ヒラビト ツトム)
種族:ヒューマン
スキル:設定変更(固有 鑑定系)
耐性:水属性耐性(弱) 邪属性耐性(弱) 物理攻撃耐性(弱)
称号:ー
属性:神聖(微弱)
適応可能一覧
<筋力>25/100
<俊敏>10/100
<持久力>23/100
<魔力>20/100
<精神力>14/100
<神聖魔法>20/100
⚙
まぁ嘘なんですけどね。俺は魔法が使いたい。だから魔法を使う。登山家がそこに山があるから上るように、そこに魔法があれば魔法を使うんだ。分かるだろ?
と、言いつつちゃんと考えはある。神聖魔法には傷の回復や体を清潔にしたりと便利な魔法がたくさんある。しかし、その習得には他の魔法と違って信仰心とかいう不確定なものが絡んでくるため神聖魔法は希少とされている。神聖魔法を高い水準で使える人はそれだけで聖人と呼ばれ崇められる。
高い魔法知識の理解と信仰心、その両方がなければ使えぬまさに奇跡。そんなもの、あなたにほんとに使えるんですか…?
使えるんです!!どんなスキルを手に入れてもいいよう俺はあらゆることをしてきた。その過程で教会に行ってお祈りをしたり、洗礼を受けたりもした。おかげで俺にはそういったスキルを手に入れたわけでも祝福を受けたわけでもないが属性の欄に微弱ではあるが『神聖』がある。
俺が信仰していた宗教は天変地異以降にできた新興のものでめちゃめちゃ緩い。洗礼名もない。だが、神様が大変グラマラスだったのもあって毎日のお祈りは苦ではなかった。
とにかく、使えるものは使えるんだ。まだ20EXPじゃ大した魔法は使えないだろうが簡単な物なら使えるはずだ。丁度今弓もちのゴブリンに食らった傷があるんでそれに使ってみよう。
「神様頼むぜ!!『ロウヒール』おお!!」
傷口が緑色の光に包まれ、暖かくなる。すると傷が逆再生したかのように塞がっていく。かすった程度の傷だったがそれでもありがたい。
「ふぅ、でもなんか疲れたな…プールから出た後みたいな…」
魔法を使うと体内から魔力が消費される。それは体力と同じで使えば肉体は疲労し、息切れを起こす。使いすぎれば気絶することもあるという。
おそらくまだ魔力が低いのと精神力が低いせいで効率が悪いのだろう。
だがそれにしても俺が魔法を使えるなんて…感動がヤバい。上位の魔法使いになれば空を飛んだり炎で龍を形どったり、とにかくかっこいい。まだこの程度の小さな魔法しか使えないがいずれはなんか神々しくなって敵を皆殺しにするくらいになれるかもしれない。
よし、順調に強くなれてるな。けがに対するケアもできるようになったのはでかい。これでより上位のダンジョンに行っても問題ないだろう。
「さて、これからどうしようかな…」
今日は昨日よりでかいリュックを持ってきたのでまだ探索を続けることはできる。が、正直ゴブリンを狩っていてももう得られるものは少ない。明日からは次の狩場に移るだろう。
だとしたら…
「ボス戦行ってみるか」
ダンジョンにはダンジョンコアという核がある。それを破壊することが攻略の条件なのだが、ダンジョンコアがある部屋にはそのダンジョンの中で最も強力な個体、即ちボスがいる。
ボスは文字通り平のモンスターとは格が違い、基本的にそのダンジョンに付けられたランクよりもう一ランク高い。
そう、「基本的」にだ。
最弱ダンジョンである小鬼の住処ではボスであってもEランクの域を出きれない。せいぜいEランク上位程度である。そのためEランクである俺でも問題なく挑戦することができるのだ。
「そうと決まったら行くか。サクッと倒してさっさとおさらばだ」
どうせボスでも最弱ダンジョンのゴブリンだ。どうとでもなるだろう。
今思えばダンジョンで慢心すること、その愚かさに気づけなかった俺は、まだまだ初心者だったのだ。
そして慢心した初心者は痛みをもって知ることになる。ダンジョンは初めから、人の味方ではないことを。
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6階層に来た。5階層は武器もちゴブリンの数が増えただけでおいしさはなかったのでスルー、そのまま最下層まで来た。6階層は今までの階層とは違い、明らかに人工物の階段と、古びた扉が一つだけだ。
この扉の奥にボスがいる。
なぜ人工物がダンジョン内にあるのか、それに関しては色々な説があるが、どれも確かな根拠はない。というかダンジョンが現れて一世紀、ダンジョンについて分かっていることはほとんどない。未だにダンジョンによる災害は続いているし、それで無くなる国もある。
俺も鍛錬の過程でいろいろ勉強した(賢者系のスキルを得たときのため)のだが、分かったのは分からないことが多いということ。つまり考えたって仕方ないってことだ。
扉の取っ手をとり、中に入る。ここ、小鬼の住処のボスは4体の武器もちゴブリンと上位個体のゴブリンソルジャーがいるはずだ。ゴブリンソルジャーは通常ゴブリンが小学生高学年程度なら高校生程度の身体能力をしている。それに加えて確定で鎧と剣を持っており、Eランクでは最強と言われている。が、しょせんはEランクだ。ボスが務まる器ではない。
事前の情報でそう聞いていた。しかし、中にいたのは一匹のゴブリンだった。それも入ってきた俺に目もくれず、背を向けて何かをしている。
異常だ。ボス戦は初めてだがこれが異常だということは分かる。
しかし、その姿は異様ではあったが当のゴブリンが鎧も、武器も持っていない、ソルジャーですらない通常のゴブリンと同じ姿であったことから油断した。
そう、油断していた。
先手必勝、ナイフを持って走り寄る。そのままナイフを首に叩きこもうとしたとき、ゴブリンが何をしているのかが見えた。食事をしていたのだ。一心不乱に、仲間の肉を。
「ッッッツ!!」
それを避けれたのはただ本当に、運が良かっただけだった。いや、避けきれなかった。頬が少し裂け、血が飛び散る。辛うじて見えたのは、それが異様に発達した爪による攻撃だったこと。
「ッスキルボード!!」
前面にスキルボードを展開し、俺は後方に下がる。直後、スキルボードの向こうから黒板をひっかいたような甲高い音がなる。
スキルボードなら防げるようだが、先ほど見せたあのスピードからして、全てをスキルボードで防ぎきるのは難しいかもしれない。そして、一撃でも貰えば致命傷になる。
攻撃をやめ、不思議そうにスキルボードを見つめるゴブリンの姿は、異様な体躯をしていた。
目は全体が黒く、口元は常に微笑している。体は全体的に長く、普通のゴブリンはでかくて130センチくらいだがこいつは170はある。体型は肋骨が浮き出てその足は棒のようだが、腹だけはぷっくりと出ている。
そしてあの爪。恐らく20センチはある。そのせいで武器が持てなかったんだろう。
ゴブリンは未だにスキルボードを見つめている。このままなら逃げることはできるはずだ。
そう思っていたら、背中の方で音がした。振り返ればそこには岩の壁ができていた。
「な、魔法が使えるだとッ」
あいつを見ると、ニヤニヤしながらこちらを見ているように見える。そして、スキルボードを避けてこちらにゆっくり近づいてきた。その表情はいたぶるのを楽しんでいるようにしか見えない。
退路は、断たれた。