24、久闊
俺の目の前には白い猿のようなモンスター、猿鬼がいた。このダンジョンのボスモンスターだ。
力試しにはちょうどいい。
「プラン・高」
途端に速度が跳ね上がり、一瞬で猿鬼に肉迫。そのまま3mもあろう巨体を蹴飛ばした。
バキンッ
「いってえええ~!!」
しかし、蹴飛ばしたと同時に俺の足は折れてしまう。
バッテリープランは選択したプランによって生物が無意識のうちに制限している力を開放する。しかし、その代償として一瞬で肉体がボロボロになり、解放した力によって寿命の減りも早くなる。
高の状態でもかなりきついので究極は怖くてまだ使っていない。
「バックアップ」
健全な状態の俺のバックアップを体に上書きする。するとプラン・高の影響で引きちぎれた筋肉繊維や折れた骨が一瞬で治った。
バックアップによる状態の復元は回復魔法よりも圧倒的に早く、その上魔力を使わない。しかし、その分腹が減る。けがの状態によってはバックアップのせいで栄養失調で死ぬ可能性もあるだろう。
落ちてきた猿鬼の足元に地形操作で棘を発生させる。棘は貫通こそしなかったが体に穴を開け、足の骨を折った。勝負ありだ。
「まさか下位とはいえB級相手にこんな楽に勝てるようになるとは…」
代償がそれなりにあるため決して楽とはいいがたいがそれでも確実に強くなっているのは確かだ。
「そういえばまだ使ってないやつもあったな」
目の前の猿鬼は怨嗟のこもった眼でこちらを見つめるばかりで動くことができない。試しに使ってみるか。
「オーバークロック」
すると突然世界の動きが緩慢になり、やがて完全に止まった。
(なんだこれ)
口を動かそうとするが動かせない。というか体全体が動かせない。止まった世界の中で、思考だけが通常速度で働いている。
オーバークロックの説明ではCPUの処理速度を大きく向上させるとだけ書かれていたが、つまり俺の認知能力が世界が止まるほどに向上したと考えるべきか。
面白いが、この世界では俺も動くことができない。この状況でどうしろと?
(いや、まてよ、スキルボードは思念で動かせるから…)
試しに目の前にスキルボードを出してみると案の定出現した。出したり消したりも問題なくできる。
スキルボードの絶対的な防御力とオーバークロックの時が止まって見えるほどの認知速度があれば相手がどんなに早くても俺が攻撃を受けることは無くなる。これは強い。
しかし止まったまま戦うことは出来ないので、検証のすんだ俺はオーバクロックを解除した。
「さて、とどめ、を、ん?」
眼から温かい何かを感じる。拭ってみるとそれは、赤い血。
「ん、は?」
突如激しい頭痛が俺の頭を襲った。体が言うことを聞かず、その場に倒れ込む。
(オーバークロックの代償か!?痛すぎる!!体が動かせない!!)
「ギャギャ?ギャギャ!!」
猿鬼が突然倒れた俺をみて笑い、足を引きずりながらこちらに這いよってきた。
(くそ、動け動け動け動け!!)
猿鬼が腕を振り上げるが、俺は動くことができない。何もできない俺に向かって振り下げられた猿の腕はしかし、突然現れた何者かによって吹き飛ばされた。
「こんなところでお昼寝とは、相当な馬鹿者と見える」
俺の目の前に現れたのは全身黒ずくめの謎の男だった。
「お前は、…嗚呼、そういうことか。これが私の…」
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今回の遠征はアビスゲートの攻略階層を進めるため、一天ギルドの総戦力で挑んだ。
S級のメンバーが1人別件で動いているため最高戦力ではないが、それでも以前の攻略経験から推測すると今回の遠征で1階層は確実に進められる。
「はず、やったんがなあ」
現在、一天ギルドは27階層にて正体不明のモンスターと交戦していた。モンスター自体はこの階層でよく出現するミノタウロスに似ていたが、その表皮が黒く変色しており、その顔には目や鼻といった器官が一切ない。
「ギルマス、これ、冒険者組合から報告があった奴じゃないっすか?」
「十中八九そうやろうな。偶発的な変異とか言うとったけど、一閃はどう思う?」
早美一閃、一天ギルドの3人いるS級冒険者の内の一人である。他のメンバーが一級品の装備で身を固める中、彼の装備はボロボロの剣が一本だけだ。
「うーん、分類的にはユニーク個体なんでしょうけど…それが群れで?偶発的にって感じじゃないっすよね。それに、顔が無くなったり、変異の仕方が極端すぎる。明らかに不自然だ。」
「つまり?」
「何者かが変異を故意に引き起こしている…?」
「多分そうやろな。って、ん?」
「あれは…」
一天ギルドのメンバーが苦戦しつつも順調に黒いミノタウロスを撃破している中、その奥にひと際大きく、黒いミノタウロスが現れた。そのモンスターの胸には赤いダンジョンコアが埋め込まれている。
「gugaaaaa!!」
「ありゃちょっとヤバそうっすね…って、ギルマス?どこ見てんすか?」
「多分犯人見つけたわ」
「は?どこに?」
「ほら、あの崖の上の方、黒いローブの。分からんのん?」
一閃は指が指す方向を見てみるが特に何も感じない。視界による認知ではなく魔力による探知に切り替えても黒いミノタウロスの気配が邪魔して崖の上の気配を感じることは出来ない。
「マージで分からんっす」
「お前索敵下手やなあ。ほんまにS級か?」
「人には得手不得手ってのがあるんすよ」
「ったく。ま、ええわちょっと脅かすか『狐火』」
天内の手のひらから出た青く揺らめく火の玉が生まれた。その炎は炎というにはあまりにもか弱く、そこからなんらかのエネルギーを感じることは出来ない。
ただ、その炎が現れると同時に周囲の音、温度、風などが緩やかに衰弱していく。
「ちょ、それ、早く飛ばしてくださいよ!!」
「ほい」
腑抜けた声と共に発射されたその炎はゆらゆらと揺蕩いながら崖に飛んでいき、目的地に着くと同時に火の玉は破裂。
それと同時にそこから半径10mの範囲のすべてのエネルギーが消失した。
エネルギーが失われたことによって崖が周りの地形や現れた黒いミノタウロスごと一つの氷の塊になった。
氷から発される冷気であたりの温度が急激に下がる。
「クッソ、あいつめっちゃ早いで!!腕しか持っていけんかった!!」
「いやちょっと脅かすくらいなら十分すぎるくらいでしょ」
氷の塊の中には一本の腕と、偶然巻き込まれた黒いミノタウロスの頭が浮かんでいた。
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未だに頭痛のせいで体が動かない。恐らくオーバークロックは新たに俺に力を付加するのではなく、脳の処理速度を無理やり跳ね上げるものなのだろう。時が止まるほどに思考したらそりゃ頭がおじゃんになっても不思議じゃない。
「う、うう、ありがとうございます」
「知らん、私はお前を助けたわけではない。偶然だ」
そう言いつつも未だに動けない俺の隣に座り、モンスターが来るたびに手から電気のようなものを飛ばしてたおしてくれる。
この人がいなければ俺は10回は死んでいただろう。
身に着けている黒いローブは魔法具なのか、常にその顔は影がさしていてはっきりと見えない。
そして、ローブの右腕の部分は無理やり引きちぎったかのように途中で途切れている。
「あの、失礼なこと聞くかもしれませんけど、その右腕って」
「無駄口を叩くな。…少し油断した。それだけのことだ」
なるほど。さっきから突き放すようなことを言うくせにちゃんと答えてくれる。さてはこの人優しいな?
ようやく体が動くようになってきた。なんとか恩返しをしたいところだが…そうだ
「スキルボード」
使用可能EXP5360→360
「ちょっと右腕見せてもらっていいですか」
「なんのつもりだ」
そういいつつも普通に見せてくれる。傷口を見たところ不思議なことに断面は若干凍っていた。止血か?
断面の氷を火魔法で溶かし、傷口に向かって手をかざす。するとうっすらと光の枠のようなものが見えた。
魂の輪郭だ。スキル『信仰者』を手に入れたことによって俺は再生魔法を使うことができるようになった。
例によって再生魔法の詠唱は覚えている。
「回天、復調、栄と盛。主よ、偉大なる我が神よ、再び立ち上がる力をお恵み下さい。『リジェネレイト』」
淡い光が魂の輪郭を包み込み、それが明けるとそこには白く細い腕が生えていた。
「ほう、再生魔法か。…逆に助けられてしまったな、感謝する。しかし、なぜ自分の腕は直さないんだ?」
「ああ、これですか?時間切れらしくてですね、もう治らないらしいです」
「…そうか。どうして失った?」
「ちょっと強い敵と戦って、その時にやっちゃったんですよ。まだ若いのにやっちまったなーってアハハ」
「…誰かを、守っていたんだろう?」
「え?」
突然のことに思考が停止してしまった。
今まで俺の腕を見た人は総じて出しゃばりの結果だと決めつけた。身の程知らずの馬鹿が、勝手に戦って勝手に重傷を負った。
俺がなぜ戦っていたのかなんて、だれも気にしなかった。
「それは、そう、です。でも、なぜ?」
「…そういう人間を俺は知っているからだ。お前は、その人に似ている。本当に、似ている。お前は、偉い。立派だ。誇ってくれ、その行為を、その生き方を、私は賞賛する」
「あ、はあ、えーっと、ありがとうございます?」
滅茶苦茶褒められた。嬉しいっちゃ嬉しいけど突然すぎて素直に喜べない。
「頼むから、この言葉をそのまま受け取ってほしい。…いや、フフ、私は何をしてるんだか…少し顔を診せてみなさい」
「え?あ、ハイ」
戸惑いながらも顔を前に出すと頬の傷に手を添えた。その手はとても暖かく、優しい。
「オー ハイリガー ガイスト デス ヴァルデス、マイン トロイアー アルター フロイント – ハイレ ディーゼ ヴンデ」
聞き覚えのない詠唱を唱えると、頬にかざされた手が緑色の光を帯びた。
「なんだ、これ、俺の頬、治った…?」
俺の頬の傷は左腕と同様、時間が経ちすぎていて完全には治り切らなかった。それが今では完全に治っている。
「私の種族固有の魔法だ。使える場所に限りがあるが、どんな状態もあるべき姿に戻せる。しかし、腕ほどの大きさになると特殊な触媒が必要になる。それがこの世界にはない。すまない」
「いや充分ですよ!!こんな、助けてもらった上に傷まで治してもらって、なんてお礼したらいいか…」
「礼は必要ない。これは、贖罪なのだから」
そういうと突然男は立ち上がった。
「少し話過ぎたな。もう会うことはない。つまらん死に方をするなよ」
「え?いや、お礼を、ってか名前は」
言い切る前にパチリと音がして、目を開けると男はいなくなっていた。
「なんていうか、すんげー優しい人だったな」
そんな人もいるんだな。
その時はその程度にしか思っていなかった。




