22、単純
鬼塚から言われた言葉が頭にこびりついて離れない。
その日、俺は何もできなかった。次の日起きると俺の隣に忍さんはいなかった。恐らくまた長期任務に向かっているんだろう。
朝食を食べに食堂へ向かった。席に座ると、すぐに真正面に誰かが座った。どうせ早美だろう。
「おい、不細工、刀は持ってきたのか?」
はあ、朝からこいつは…。てか俺が来るまで待ってたのか?こんな朝早くから?流石に関心するな。
最初は無視し続けようと思ったが、なんとなく、こいつがこんなに頑張れる理由に興味が湧いた。
「…お前は、自分が本当にA級になれると思うか」
「はぁ?当たり前だろうが。お前はなれないだろうけどな。いいから早くよこせ」
「正直言って、お前のスキルは弱くはないがたいして強くもない。それはお前も分かってるはずだ」
「あ?おまえ、負けといて何言ってんだ?」
「いろんな武器を扱える分、汎用力はある。しかし武器そのものが持つ能力なんてたかが知れてる。昨日の戦いで、結局自分で剣を振るってきたのがその証拠だ。武器を飛ばす能力も副次的なもので大した威力もない。精密な動きもできない」
「ッハ、それを何て言うか知ってるか?負け犬の遠吠えって言うんだよ」
「そうか。そうかもな。なあ、お前は、俺の刀があれば鬼塚に勝てるのか?」
「あ?…当たり前だ」
「いや、無理だ。お前はあの試合で何もできなかった。俺があいつの鎧を貫通したのは確かに刀の能力だが、当てたのは俺の力だ。お前は鬼塚の動きを捉えることすらできていなかった」
「てめぇ、いちいちうるせぇんだよ。きめぇな。てか早く刀出せや」
「正直俺は…お前が凄いと思う。あの鬼塚を見て、刀さえあれば勝てると思っているお前が。」
「てめぇさっきから聞いてれば気持ち悪いことばっか言いやがってコラ!!」
早美が立ち上がり、俺の胸倉をつかんできた。またしても食堂中の注目が集まる。
「俺はお前を、…少し尊敬しているのかもしれない。俺は鬼塚と戦った時、ただ理不尽だと思った。それに対して怒りもした。だけど、今思えば俺は、鬼塚と戦ったときも悔しいと思わなかった。思えなかった。負けるのは仕方ない、相手が悪かったとだけ考えていた」
「は?なんだてめぇ、さっきからぺちゃくちゃ」
「教えてくれ、お前は、なんで鬼塚に勝とうとする?どうして勝てると思う?」
「きっしょいんだよお前…男が負けたままでいいわけねぇだろ。俺はA級になって一番の配信者になるんだよ。そう決めてんだ。てかてめえと話しに来たんじゃねぇんだよ!!いい加減刀だせや!!」
その時、視界がひらけたような感覚がした。
そうか、そうだった。答えは簡単だった。
「片腕とか理不尽とか関係ない。男として、負けたままなのは納得できない」
それだけでよかった。初めからそう思うべきだった。
今まで俺は、腕を失ったことを受け入れ、出来ることとできないことの取捨選択をしていた。なるべくリスクを下げ、片腕のせいでできなくなったことには仕方がないと諦めていた。
だがそれは、受け入れた、とは言わない。それはつまり、俺ができないことに対して悔しさを感じなくていいようにするための言い訳だ。
それはある意味、正しいのだろう。実際片腕だからできないことはある。だが、例え片腕じゃなくたってできないこと、つまり理不尽なんてのは誰にでもある。
それを超えるのが冒険者だ。そして、それ以前に、俺は男だ。
例えズルがあろうが理不尽に合おうが負けは負け。それに後からケチをつけるのは、男として情けない。相手が男ならなおさらだ。余計負けたままじゃいられない。
単純なことだった。
「…来い、『紫苑』」
紫苑が俺の手に顕現した。
「ようやくか。早くわたせや」
「いや、できない。あの試合はなしだ」
「いや、お前に拒否権あるわけねぇだろうが!!」
殴りかかってきた早美の拳を紫苑の鞘で受け止め、足で金的を打つ。
「う、ぐぅお、」
「一週間後、また試合をしよう。その時のルールはお前に任せる。平等じゃなくてもいい。それで負けたら次こそこの紫苑を渡す。そして俺は冒険者をやめるよ」
「ん”な、い”いわげねっだろーが、ウボッ」
紫苑の柄で腹を打ち、早美を気絶させた。
「すまない、お前に何言ったって水掛け論になると思ったんだ。だから、いったん暴力で通すことにした。若干の怒りがあったのも認める。でも次はちゃんと勝負で決着を決めよう。ありがとな。おれ、お前のおかげで目が覚めた」
のびたままの早美を担ぎ、医務室に運んだ。
寮に戻った俺はダンジョンガードから支給される備品を片っ端からアイテムリングに詰め込み、ダンジョンガードに1週間の休暇要請を出した。
そして俺は、アビスゲートと呼ばれるぽっかりとあいた大きな穴の前に来ていた。
アビスゲートは他のダンジョンよりも顕著に深層に行けば行くほどにモンスターの強さが増す。浅い階層ではE級モンスターしかでないが、そこから5層も潜ればD級モンスターが、さらに5層潜ればC級モンスターが出てくるのだ。現在攻略されているのは31階層までで、そこで出てくるモンスターは全てA級以上のモンスターなんだとか。
基本的にA級のモンスターが一匹でも地上に出れば町ごと壊滅すると言われている。
それゆえにアビスゲートは常に攻略対象とされており、誰でも簡単に入れるようになっている。
アビスゲートに入り、俺は一直線で11階層まで下った。
ダンジョンガードから依頼される任務はどれも俺の能力なら絶対に失敗しない程度の難易度の物ばかりだった。中には簡単すぎて拍子ぬけするほどの物だってあった。
それを俺は冒険者として順調に成長している証だと勘違いしていた。もちろん、あのままでも普通程度の冒険者として生きていくことは可能だっただろう。
だが、違う。俺の目標は冒険者として成功することじゃない。
「強く、なることだ」
才花はイギリスに行ってすでにA級にまでなった。それを知ったたとき、胸に感じたあの痛みは勘違いなどではなかった。
才花は強者になるため、着実に歩を進めている。それに比べて俺は元A級の鬼塚に負け、挙句自分だけにスキルを使用したことに怒りを覚えた。
情けない。何をしているんだ俺は。
早美の時だってそうだ。あの程度の困難、軽くはねのけられてこその強者だ。
本物の強者に、弱者が楯突く隙など、ないんだ。
負けたままは許せない。
1週間。この1週間で俺は鬼塚を倒す。
早美が以前言った通り、俺自身には場を制するような圧倒的な力がスキルにはない。だからこそ、誰よりも自分のスキルを磨かなければいけないのに最近は紫苑の能力に頼りきりだった。
例えスキルの全貌が分からなくても、今できることは今すぐやるべきだ。
俺が今やるべきことは2つある。
まず、適応力の上昇。そしてシステムアップデートだ。
システムアップデートによってどんなことが起こるのかは分からないが、アップデートしないままなのは単純に俺の怠惰だ。
システムアップデートを行うにはダンジョンコアを破壊する必要がある。
適応に至っては最も分かりやすく強くなることができる俺のスキルの最大の利点だ。しかし、適応に必要なEXPは同じモンスターや自分より弱いモンスターを狩り続けていると入手量が極端に減る。
EXPを効率的に稼ぐにはより強い多くの種類のモンスターを狩る必要がある。
その二つを満たすのが、アビスというわけだ。
11層にたどり着いた。そこにはビルのように太く、高い木が密集していた。
アビスゲートにはほかのダンジョンにはない特徴がある。それは、ダンジョンの中に複数のダンジョンを作るというものだ。見ての通り、このでかい木々一本一本がダンジョンの入り口になっており、この中の一本が次の階層に繋がっている。
俺は一番近くの木に向かって進んだ。木の根元には大きな穴が開いており、その中に身をかがめて入ると普通くらいの大きさの木々が立ち並ぶ森林フィールドに出た。
密林から森林は流石に頭がバグりそうだ。
『ご主人様危ない!!』
咄嗟に身をかがめると、その頭上を木の根が通り過ぎた。
振り返ると、そこには人の顔をした木の化け物がいた。
「トレントか。まさか」
周りを見渡すと、全ての木々が蠢きだした。
「これ全部トレントか」
俺を取り囲むように無数の木の根が俺に向かって伸びてきた。だが、一切問題ない。
木の根による攻撃をスキルボードで弾き、或いは紫苑で切り裂いく。
「あのデカ黒スライムに比べれば雑魚も甚だしいな」
切れば切るだけ攻撃の密度は下がり、そして再生もしない。これくらいなら片腕でも十分捌ける。
しかし、数が多い。面倒だ。
「スキルボード」
<筋力>1K/1K<俊敏>1K/1K <持久力>100/1K<魔力>100/1K
<精神力>100/1K<神聖魔法>1K/1K<視力>100/1K<風魔法>100/1K
<火魔法>1K/1K
使用可能EXP1300→300
習得可能スキル…
火魔法の適応をマックスにした。なんとなくお察しの通り、トレントは火に弱い。
「燻りよ、赫焉となりて燃えいでよ、その灼熱のかいなに抱きて灰塵となせ。『フレイム・ノヴァ』」
俺を中心にとてつもない大爆発が起こる。その爆発に飲まれ、周囲のトレントは全て燃え尽きた。
「ック、はあ、はあ、流石に自爆技は、きっついな」
火魔法は強力だがデメリットも大きい。魔力の消費が多いし、余りに強い火魔法は使用者にもダメージを与える。
だが、俺は神聖魔法を使えるので痛みはあれど問題はない。全身に回復魔法をかけ、ダンジョンガードの備品からくすねてきた魔力回復薬を飲めば全回復だ。
辺りに落ちているドロップアイテムを一応集め、さっきと同じ手法でどんどん奥に進んでいく。トレントはC級モンスターなのでEXPがみるみる上がっていく。
そして、遂にボスエリアにたどり着いた。今までどこを行ってもトレントばかりだったのに、そこだけぽっかりと空間が開いている。そして、その中心には一本の枯れた木が細々と立っていた。
もちろんあれがボスだが、一見普通のトレントより弱く見える。だが、試しに石を投げてみると土から突然根が突き出し、石を下から突き刺した。
見てわかる通り、開けている部分は全てあいつの攻撃範囲だ。あいつはエルダートレント、B級中位のモンスターだ。C級の俺は絶対に挑むべき相手ではない。しかし、絶対に勝てる相手とだけ戦って、それで得た強さは本当の強さと言えるのか?少なくとも俺の答えは、NOだ。
<筋力>1K/1K<俊敏>1K/1K <持久力>1K/1K<魔力>100/1K<精神力>1K/1K<神聖魔法>1K/1K<視力>100/1K<風魔法>100/1K<火魔法>1K/1K
<剣術>1K/1K
使用可能EXP3402→602
俺は持久力、精神力、そして剣術の適応をマックスにした。
今まで俺が剣術に適応を振らなかったのは、俺の剣がまだ未熟であることを自覚しており、出来るならスキルに頼らず己の鍛錬のみで上達させたいと思っていたからだ。
要するにプライドが邪魔していた。だが、プライドで強くなれるわけではない。それに、例え適応を上げたとしても、俺の剣の根幹にあるのはあの修業の日々だ。それが無くなるわけではない。
右手に紫苑を握り、エルダートレントの領域に入った。同時に俺の足元から根が伸びるが、それは俺の半歩横に伸び、避けるまでもなく空を切った。
剣術とは、ただ剣の技を指すものではない。歩法や呼吸法、意識を向ける方向や体全身の使い方、その全てを指す。
百舌鳥における剣術とは、基本的に打ち合うのではなく相手の攻撃を見切り、意表をついた攻撃を主体とする避けの剣だ。
避ける、という行為は受ける、攻撃するという行為よりはるかに難易度の高いものだ。しかし、それは相手の行動を見てから避けようとするから難しいのであって、初めから当たらない位置にいれば、避けるという事象に最早「行為」という過程すら必要ない。
それは事実だが、その理論には致命的な誤りがある。それは、そもそも攻撃側は当たらない場所に攻撃をしないということだ。当たらないようであれば当たるように工夫するに決まっている。
机上の空論ですらない。馬鹿げた妄想ともいえる。しかし、この理論を確立させる一つの方法がある。それは、あらかじめ相手の攻撃が来る場所を予見することだ。
これは特定のゲームなどを例にすれば分かりやすい。敵の次の攻撃範囲が赤く表示され、その範囲からあらかじめ離れておく。そうすればあたりもしない場所に敵は攻撃を仕掛け、その後隙をフルボッコにできる。
しかし、これはあくまでもゲームの中での話。それを実現するにはどうするか。答えは「誘導する」だ。
微かな視線の動き、意識の流れ、足の動き、筋肉の収縮。それらをもって敵に攻撃が当たると錯覚させる。
百舌鳥兵法、絶技、無明空絡
ゆらゆらとした、幽鬼のような歩みでエルダートレントに歩み寄る。ほとんどの攻撃が俺にあたることなく通り過ぎていくが、全てを誘導しきることはできない。当たりそうな攻撃はスキルボードで防御する。
中心にいけば行くほど、根による攻撃は苛烈さを増していき、少しずつ被弾が増えてきた。だが、ここで痛みで集中力を欠くわけにはいかない。
一歩、また一歩と歩を進める。その度に腕が、足が、胴が根にかすり、鮮血が飛び散る。
それでも進み続け、遂に本体にたどり着いた。
「くたばれ」
紫苑を枯れ木に突き刺し、枯れ木は音もなく塵となった。




