17、豚になった日
ピピピ、ピピピ、パタン
目覚ましを止め、布団からのそのそと這い出る。時刻は6時30分。早朝だ。洗面所で歯を磨き、最近生え始めた髭を剃る。その時には台所から良い匂いがしてきた。
「ご主人様、朝ごはん、できてる…よ」
小さなキッチンにはエプロン姿の小さな少女がいた。彼女は紫苑。俺の同居人であり愛刀だ(比喩表現などではない)。
「ありがとな…」
布団を畳み、机を出すと紫苑が朝ご飯を持ってきた。今日の朝ご飯はトンカツらしい。
「…朝からトンカツ?」
「うん。面接に勝つ…ため、に」
何て健気な子なんだろう。俺は涙をこらえてトンカツをかき込んだ。
…肉が薄い。おそらく細切れで作ったのだろう。お金がない中、少しでも俺に贅沢してほしいと工夫したのだ。俺の稼ぎが少ないばっかりに…。
だが、こんな生活とも今日でおさらばだ。今日、俺は人生を変える。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、ご主人様」
なけなしの金で買った背広と、父の革靴を履いて、俺は戦場に…就活に向かった。
数日後、企業からメールが届いた。祈りながらメールを開けば、そこにはお祈りメールがあった。それも、複数受けた企業の内、その全てにお祈りの一言が添えられていた。
「ハハ、ほんと、ついてねーな…」
中学を卒業後、俺は上京し、そこで本格的に冒険者として働くつもりだった。
東京は天変地異の日、最も被害を受けた地域の一つで、その中心には最難関ダンジョンと名高いアビスゲートが存在する。
アビスゲートとは、天変地異の日より出現した超強力なダンジョンの総称であり、攻略対象ダンジョンとされているが今までどの冒険者もそれを達成したことはない。
また、アビスゲートには特異な性質があり、アビスゲートに近づくほどダンジョンが頻繁に生成されるようになる。
その性質上アビスゲートの付近では頻繁にダンジョンの攻略が行われており、それに伴って大中小の様々な企業がアビスゲートを取り囲むようにして会社を立てた。
B級以上になるためにはそのランクと同じか、それ以上の冒険者からの推薦と、冒険者組合からの承認が必要になる。
B級以上の冒険者とのコネを作るには企業に勤めるのが最適。
そう思った俺は様々な企業にエントリーしまくったのだが…すべてに落選した。
どうやら最近は冒険者を配信者として売り出すのが中小企業ではやっているらしく、新興の企業なんかはほとんどがそれだ。そして、誠に遺憾だが俺の見た目は醜い。というか怖い。黒スライムと戦った時の傷のせいで頬がさけ、その後遺症のせいで時々ひくつくし、左腕に至ってはない。これでは配信映えしないということで配信でも儲けようとしている企業は全部だめ。
実力至上主義の企業では俺の攻略実績が最低ランクのEランクしかないのに片腕を失ったのが自分の実力を理解しきれていないせいだと見えるらしく、面接でしつこく出しゃばりだのこのまま続ければ犬死するだのさんざん言われた挙句落とされた。
低ランクでの部位欠損はその部位に限らず冒険者にとってとても大きなディスアドバンテージになることは有名な事実である。雑魚相手に逃げることも勝つこともできず、大きなけがを負った。そんな奴に才能などあるはずもない。そう思っているのだろう
しかし、ダンジョンで大きなけがを負い、莫大な借金と癒えない傷を負って冒険者を引退するというのはわりとありふれた話だ。冒険者の3割は同じような運命をたどる。
だが、俺は冒険者になるためにこれまでの人生を費やしてきた。今更腕の一本なくなったくらいでやめる気はない。
しかし、現実は残酷だ。貯蓄などそもそもなく、むしろあるのは莫大な借金のみ。その上職にあぶれて今まで上京してから一銭も稼いでいない。
紫苑はご飯を食べなくても生きていけるが、それでも食べれるのであれば、おいしいご飯を食べさせてあげたい。あの焼き肉屋で見た笑顔を、再びさせてあげたい。
早急に方向転換が必要だ。俺が面接で弾かれるのはこの体のせいでまともに戦えないと思われているからだ。しかし、そんなことは一切ない。それを証明するために、まずは野良で実績を積む必要がある。
俺は近くにある冒険者組合の施設に向かった。
冒険者組合は冒険者にとってのハローワーク的なところでもあり、加えて個人に対する仕事の斡旋等も行っている。
難易度に関わらず頻繁にダンジョンが出現する東京では仕事など山ほどある…はずだ。
ということで最寄りの施設に行って役員の方に相談した。
「…という事情で、なんとかこう、実績を積みたいんです。最低でもCランクには昇格したいなと思ってまして」
「なるほど、それでしたらパーティを組むことをお勧めします。ご存じの通り冒険者には企業に勤めず、個人や仲間と共に冒険者として活動している人もたくさんいます。そういった方々とパーティを組むことによってより高難易度のダンジョンの攻略が容易になり、お望みの通り実績を積めるかと」
パーティ、か…。確かにいい案だが今の俺と組んでくれる人なんているのだろうか。俺が煮え切らない顔をしているとそれを察した役員さんが新たな提案をしてきた。
「他には、組合で行っている徴兵制度にエントリーしてみるのはどうでしょうか」
「なるほど、徴兵制度ですか…」
なんだそれは
どうやら冒険者組合では企業などが攻略したがらない効率の悪いダンジョンや僻地のダンジョンを攻略する兵士となる人材を一般市民から常に募集しているらしい。この徴兵制度は最低1年間の拘束期間があるが、その間の食費や宿代は国が払ってくれる上に治療費も出してくれるらしい。その上訓練や資格取得の援助もあり、徴兵期間中に実績を残せば比較的楽にランクアップすることもできるなど特典が山盛りだ。
しかし、良いことばかりではなく、一度制度にエントリーすると何があっても1年間は国のために働かなくてはいけないし、その間入手したドロップアイテムなどは全て国に納めなければならない。そのほか諸々(諸々の部分は何故か省かれた)の要因によって今は常に人員が不足しているらしい。
一年間も拘束されるのは厳しいが、むしろ業績などを気にせず活動できる分、実績も実力もつけやすいかもしれない。寮生活というのも慣れないがまあ何とかなるか。
少し悩んだ後、決心した俺はその日のうちに徴兵制度にエントリーすることにした。エントリー自体は簡単で、簡易的なアンケートと身体検査だけだった。一応一年間は国の機関で働くことになるのだがこれだけでいいのか?
「それで徴兵っていつから始まるんですか?」
「明日からです」
「ッエ?」
次の日、荷物をまとめて外に出ると一台の黒い車が止めてあった。その横には軍服を着た厳つい男性が立っている。お迎えに来てくれるのはありがたいがなんかこう、絶対に逃がさないという意志を感じる。
これに乗ればここから一年間の兵役が課される。なんてことを考える間もなく急かされるように車に乗せられ、車に揺られること2時間、連れてこられたのは刑務所のような施設だった。
「あ、あの、なんで窓に鉄格子がはめられてるんですか?」
「…」
「どうして塀の上に有刺鉄線が張り巡らされてるんですか?」
「…」
え、何で答えないの?
その後も軍服の男は一言もしゃべらず進み続けた
「ここが今日から君が過ごす寮だ」
そのコンクリート製の建物は広い敷地の隅に敷き詰めるように整然と並んでおり、その建物群の中の一つが俺がこれから暮らす寮になるらしい。
日の当たらない玄関をくぐりぬけ、暗い廊下を進む。並んでいるドアが鉄製の檻じゃないだけでほとんど刑務所だ。
「ここだ」
「ブヘッ」
突然軍服の男が止まったのでそのたくましい背中にぶつかってしまった。
案内された部屋には鉄のベッドと肥溜めの壺だけが置いてある…なんてことはなく、扉の先には予想以上に広い空間が広がっていた。
間取りは2LDKでリビングとダイニングキッチンは合わせて10畳ほどあり、充分くつろげるようになっている。トイレと風呂場がちゃんと分かれており、風呂場に至っては脱衣所まである。
部屋の奥の方には扉が二つあり、そのうち一つを俺のプライベートな空間として使っていいらしい。その空間も6畳以上はある。その上ベッドや物干しざお、クローゼットなどの調度品も備えられている。
もう一つの部屋は俺より前から来た人が既に使っているらしく、今は任務中とのこと。仲良くやっていけるか心配だがこれだけプライベートな空間があるならそこまで気にしなくてもよさそう。
外から見たときはヤバそうに見えたがふたを開けてみれば俺が上京してから暮らしていた宿なんかよりよっぽど良い。
「一時間後に会議室でミーティングがある。その時に実戦を想定した運動検査をするから、クローゼットの中のボディスーツを着て来るように。くれぐれも遅れるな」
それだけの言って軍服の男は去っていった。
「ここが…新しいおうち…?」
いつの間にか紫苑が人間化していた。電子レンジや冷蔵庫のドアを開けては首をかしげている。
「うん、最低一年間はお世話になるから、同居人にばれないようにくれぐれも注意するんだぞ」
「はーい」
ぽやぁとした顔で気の抜けた返事が返ってきた。本当に分かってるのか分からないが可愛いから許す。
「っと、ミーティングが始まる前にある程度荷物の整理しておくか」
同居人にも悪いしね。
一時間後、俺は迷いながらもなんとか時間内にミーティングルームにたどり着いた。ボディスーツはそれはもうピチピチで大変恥ずかしかったが、ほかの人も着てるのなら大丈夫だろうと思ってそのまま向かった。
ミーティングルームはそれなりに広かったが中にいるのはたったの20人程度だった。そして何より衝撃だったのは皆ボディスーツの上からシャツや短パンなどを履いている。や、やっぱりそうだよね!アハハ、アハ、…はぁ。
俺は今この状況において全裸であることとそう大差ない。だがもう服を取りに行く時間なんてない。後ろの方に座ってなんとか目立たぬようにしてやり過ごそう。
そんなこんなで俺がこそこそしていると扉が勢いよく開き、そこからスキンヘッドの厳ついおっちゃんが入ってきた。
「やぁ、諸君!!こんにちは!!俺は鬼塚拳蔵だ。そしてお前らは今日から政府の犬、いや、豚だ!!」
そして、俺たちは豚になった。




