幕間 黒い意志
物事は順調に進んでいる。何も恐れるものはない。私の目的は叶う。しかし、例え完璧に物事が進んでも無傷ではいられないだろう。ならば、代償は払おう。贄も用意しよう。だが、全ては奪わせない。黒き使途は目覚める。それが全ての因果の、終末の始まりだ。
どこかの施設の、どこかの地下の部屋。そこには実験室があった。常に発光する薬品や、ビーカーに入れられ、並べられた何かの目や内臓のようなもの、そして、緑色の液体で満たされた水槽と、その中で静かに脈動する黒い正八面体。それらを見れば、そこがなんらかの研究所であることと共に、尋常な機関によるものではないことが容易に理解できるだろう。
白衣を着た複数の人間が、何かを操作しては頭を悩ませている。
その背後に唐突に黒いローブの男が現れた。その顔は逆光と言うにはいささか不自然な影がかかっており、その全貌を認識することはできない。
「やぁ、黒いの。君のスキルはこのデリケートな機材の集まる実験室では使わないでほしいと言ったはずだが、僕は言い忘れていたかい?」
ぼさぼさの髪の白衣の男が作業をしたまま黒ずくめの男に問いかける。その目は瞳孔が完全に開いており、周りに散乱しているエナジードリンクの缶から見ても明らかに長い間睡眠をとっていない。
「それについては細心の注意を払ったから問題ない」
「細心の注意を払うくらいならその手でドアを開いてその足で入ってきてほしかったものだねまったく。…それで、実験体はどうだった?うまくいったか?」
作業を一旦中断し、黒ずくめの男に向き直る。
「うまくいった。調整通り、あのスライムはダンジョンの…魔神の力を取り込み、力の凝縮を成功させた」
「なるほどね。ま、なんとかここまでこぎつけたか…それで、何人の被害が出た?」
「…数えきれないくらいに、だ。尊い犠牲だ。彼らの犠牲は無駄にはしない」
「なるほど」
後悔するように拳を握りしめる黒ずくめの男とは対照的に、白衣の男は軽く一言返すとすっくと立ち上がって歩き出した。
「…貴様は同胞が死んで、何も思わないのか?」
「あのね、僕たちはあなた方のような高貴な種族と違って普通に人間同士で殺しあうし、そもそも数が多すぎていちいちどこどこの誰誰が死んだとかで悲しんでいられないの」
「なんと薄情な…では、なぜ私に力を貸す?なぜお前が命を削って働くのだ?」
「そりゃ簡単」
すたすたと歩いて行った先には見上げるほどの巨大な水層があった。その中には、拳大の黒い心臓が、静かに脈動している。
その水槽に手を置き、呆けたようにその黒い肉塊を見つめながら白衣の男はうわごとのように答えた。
「非常に…面白いから」
その答えが気に入らなかった男は顔をしかめ、小言の一言でも言ってやろうと口を開きかけたが、口でこいつに勝てないことは知っていたため、のどまで出かかった言葉を飲み込んだ。
それに、こいつがどう思っていようとこいつの働きが大いに私の目的に役立っていることは事実なのだ。私一人では思いつきもしなかった方法を、奴は軽々と想像し、実現してみせた。
奴らのやり方をまねるようで気が進まなかったが、それでも有効なことには変わりない。
手段は選んでいられないのだ。
「なんか気に入らないって感じだね。でもさ、僕よりもよっぽど君の方が不可解じゃない?なんで君が…異世界の、それも高貴なエルフ様が、命を懸けて人間に固執するんだい?ねぇ、ジュ―ネ・ダンクフリート」
ジュ―ネ・ダンクフリート。そう呼ばれた男は目深にかぶったフードをとった。
その中から出てきたのは肩まで伸びた輝くような金髪と、長くとがった耳。その容姿は現実の物とは思えないほどに整っている。
「彼への恩返しのため。いや…贖罪のためだ」
はるか遠くを見据えるその目は、黒く光っていた。




