16.5、狂気に生まれし無垢なる孤児よ
あるところに夫婦がいた。旦那は親から継いだ鍛冶の仕事が気に入らず、いつも酒を飲んでは嫁を殴った。嫁は娼婦の母から今の旦那に8の時に売られた。歳の差は20と少しである。古くからある鍛冶の家の息子だったため、金はあったのだ。その金に任せて己の小児趣味を満たしていたのである。
母は少女に、きっとすぐに迎えに行くからね10になったら行くからね、と約束した。少女は母の言葉を信じた。しかし、その時、母はなぜか指切りげんまんをしてくれなかった。
その日から少女は苛烈な暴力に身をさらすことになった。歯はすべて抜け、左目の視力は無くなり、初潮を迎える前から凌辱された胎は、やがて子供を蓄えることのできぬようになった。
子供を持てぬ体になってから、むしろ少女は自分に子供ができたなら、と考えるようになった。
自分の子は、それはそれは可愛いだろう。そして、その子を迎えに来た母に見せてやればきっと喜ぶ。
それはそれは幸せなのだろうなと夢想した。子の作れぬ腹に小指を当て、きっと名前は私がつけてあげるからね、この腕に抱いてうんと愛情を注いであげるからねと約束した。そのとき、既に母に売られて5年が経っていた。
さらに2年、いつまでも続く苛烈な暴力に、しかして少女は慣れてしまった。犯しても泣かず、殴っても喚かなくなった。その態度に最初は憤怒した旦那だったが、やがて興味をなくし、夜の街に入り浸るようになった。
ある日のこと、少女は掃除のために鍛冶場に入った。そのとき、旦那は少なくなってきた資金を稼ぐため、侍のための刀を打っていた。嫌いな鍛冶仕事ではあったがその技術は彼の父をはるかにしのぐものだった。
少女は見惚れた。日々の暴力によって腫れあがった頬を赤く染め、その姿に見入った。
何て綺麗なんだろう、と。そのせいで少女は一つの言いつけを破ったことに気づけなかった。
集中力の切れた男の目に、少女の姿が写った。鍛冶仕事とは、人外の忍耐と精神力を要する。つまり、職人は常に激しい激情にさらされることになる。卑しい娼婦の娘が神聖な鍛冶場に入り込んだ。
それは男の思考と視界を赤く染め上げた。
少女の髪を皮膚がめくりあがるほどに強く引っ張り、熱く燃える炉の前に放った。少女の服をはぎ取り、その膣に赤々と燃える玉鋼を無理やり入れ込んだ。
少女は激しくのたうち回り、失神と覚醒を繰り返した。その時ばかりは喉が千切れるほどに絶叫した。
強すぎる痛みの中で、少女は出産とは痛みを伴うものだという母の言葉を思い出した。もはやその顔すら思い出せぬほどに廃れた母との記憶だが、それでも事細かにその情景を思い出せたのは、走馬が冥途の土産に記憶の灯篭に灯をともしたからだろう。
少女から玉鋼を抜くと、そこには焦げ付いた子宮とその他の肉片がまんべんなく引っ付いていた。その時には少女は息絶えており、丁度火の衰えていた炉の中にその死体を投げ入れた。
普通、死体など水分が多すぎて火の燃料には全く適さないのだが、その時はなぜかよく燃えた。黒い煙がもんもんと立ち上り、悲鳴を上げるかの如く火は轟々と燃えた。
男はその火を見て、鍛冶師としての勘が今こそ我が人生においての傑作を作るときと確信した。
血と肉片のこびりついた不純物まみれの玉鋼を炉に入れ、折り返し鍛錬を始めた。折り返しの過程で取り除かれるはずの不純物は、むしろ鋼と交じり合い、一つの物質となった。
種々の工程を終え、一本の刀が生まれた。その刀は美しかった。見たものを引き込むかのような深い黒色
の刀身、そこに金属特有の光沢が交じり合い、おぞましいほどの美しさをその刀は持っていた。
少女の肉の混じった、肉の刀である。その切れ味は製作者である父ともいえる鍛冶師が、うっかり手を離した折にその体を真っ二つにするほどである。
その刀には肉の母と、鉄の父がいた。しかし、そのどちらも生まれると同時に失った。
その刀には意識があった。その刀は自分には人の親がいることを知っていた。
そして、その親が己に名をつける前に、愛情を注ぐ前に亡くなってしまっていることも知った。
約束したのに。指切りげんまんしたのに。
それは、己に名前を付けてくれる存在を探した。愛情を注いでくれる存在を探した。
狂気の中に生まれたその刀は、ただひたすらに愛情を求める哀れなみなしごだった。
その刀は多くの武人に望まれた。いわく、持てば何物も切らずにはいられぬ妖刀である。いわく、南蛮の鎧すら紙と化す、神域の切れ味である、と。
多くの武人が彼女を握り、多くの武人が人を切った。しかし、誰も彼女に名を、愛を教えてやることはなかった。
どころか気味が悪いと言ってほとんどの人が彼女を二日と持つことはなかった。何度か主人のもとに帰ってみたが、その度に主人はうろたえ、怒声をあげながら刀を折ろうとして手を滑らし、滑った刀に真っ二つにされた。
そんなことがずっと続いた。人を求めて、その度に気味が悪いと言われて捨てられた。刀ではあるがその精神は少女である。心の穴は広がり、いずれ自分の目的など忘れた。ただ持ち主が現れ、やがて捨てられ、持ち主の元へ戻り、持ち主が自分を折ろうとして勝手に自滅する。それを繰り返していた。
それだけが彼女の運命だった。
ある時、刀の前に少年が現れた。何か特別な特徴があるわけではない。しかし、刀はある感情を、彼もまた、親への愛を求めていたことを感じた。
同じだ。私と同じだ。いてもたってもいられなくなった少女は少年に向かって飛び出した。そして必死にアピールした。誰にもとられないようマーキングもした。やりすぎて嫌われたかと思ったが、結局は引き取ってくれた。
そして、彼が私に対して美しいとか、艶めかしいとか、そういうことを思っていることも感じた。
気味悪がられることはあったが、そんな風に思われたのは初めてだった。初めてのことだったので恥ずかしかった。見た目は刀でも中身は少女なのである。
それから少女は少年と戦った。戦いの中で、なんとなく少年と心が通じ始めているのを知った。
それに彼は刀を見つめては美しいだとか、やっぱり手に馴染むとかいって強く私を握った。なんだかよく分からないが、体の下の方が熱くなるような気がした。
そして、遂に彼と触れ合える手段を手に入れた。いつもより強い力を取り入れたことによって私の願いが形になった。
彼は最初は驚いたようだったけど、やっぱり私を受け入れてくれた。そして、私に名前をくれた。抱きしめてくれた。
しおん、紫苑。いい名前。紫苑、私は紫苑。ご主人様だけの、刀です。




