16,卒業式
あの戦いの後、俺は病院に運ばれた。ぐしゃぐしゃになった右手はなんとかなったけど、左腕は戻らなかった。
顔の傷も深く、塞がりはしたが痕が残り、笑おうとすれば頬がひきつってしまう。せっかくのイケメンが台無しになってしまった。
何よりも痛かったのは治療費控除が一切下りなかったことだ。ダンジョンで負った傷は基本保険適応外になる。だが、俺が戦ったのはダンジョン外だ。それを何度も必死に説明したが受け入れられることはなかった。
正式に冒険者組合のほうから依頼を受けてから救助を行っていたら組合のほうから多少の支援があったらしいがそれは間に合わなかっただろう。
その上、黒スライムからドロップしたアイテムは全部研究のためという名目で二束三文で買い取られた。
残ったのは多額の借金のみ。
だが、生き残った。それだけで十分だ。
あの後、受付のお姉さんも助かったようで、後日家までお礼に来た。治療費に関して相談したところ全額払うと言われたが流石に断った。その代わりに名前と連絡先を教えてもらった。黒崎凛さんというらしい。よっしゃ!!
傷自体も直ぐ治ったので入院を強く勧められたが遠慮させてもらった。長引けば長引くほど治療費もかさむしね。
粘性の極は崩壊し、無くなってしまったらしい。稼げるダンジョンだっただけに残念だ。
ダンジョンがなくなったので中学の卒業式までは道場で修業しなおすことにした。一時の間片腕で過ごすことになるのでそれに慣れるためでもある。
神聖魔法には部位の欠損を治す魔法があるらしいが、神聖魔法の適応をマックスにしてもその魔法は習得できなかった。何か条件があるのだろう。
確実なのは教会や医療系の企業に頼んで聖人系のスキルを持っている人に頼むことだが、それには多額の御布施や料金が必要になるだろう。
当分は片腕のままだ。だが、ありがたいことに紫苑が甲斐甲斐しく世話をしてくれるため不便はない。
怪我が落ち着いてすぐ学校に出向いたが、俺の様相を見て怯える生徒がいたので卒業式の練習の時以外はなるべく屋上にいることにした。
そんなこんなで俺が片腕の身体に慣れてきたころ、卒業式の日が来た。
式自体は全て寝過ごした。式の後、俺に友人はいないのでクラスの集合写真を撮ったあとはボッチになってしまった。才花がいれば…なんて情けないことを考えてしまうが彼女は今イギリスだ。当分は会えない。
終わったあとも数分はぼーっと教室にいたがさすがに惨めすぎて泣きそうになったのでそろそろ帰ろうとしたところ胸元に違和感を感じ、手で払い除けた。
「っ…なんで、ッう」
「なんのつもりだ」
いつからいたのか、俺の目の前には短髪の女がいた。突然のことだったので視線に殺気が混じってしまった。
「あ、いやごめん。えーっと、伊賀さん、だっけ」
伊賀忍、俺と同じこの学校の生徒で学年も一緒。詳細は知らないが才花と同様その優秀なスキルのためいろいろな企業からスカウトされており、卒業後はあのシカクイの探索部に内定が決まっているらしい。
「いや、今のは私が完全に悪いよ。ごめんなさい」
「ああいや、俺もごめん。手ケガしてない?」
初めて喋ったが案外礼儀正しい人だった。ケガはないようだ。
「それで、何してたか聞いて良い?」
「うん、ちょっと暗殺ごっこをね」
ああ、暗殺ごっこね。
「暗殺ごっこ!?」
なんだその物騒な遊び!
「誰にも気づかれずに心臓…の代わりに第二ボタンを集めるっていう遊び。卒業式だしね。」
うん卒業式だからなに?よく見てみると俺以外の生徒の第二ボタンが取れてしまっている。しかし誰も気がついていない。みんな心臓取られちゃったのか…。
「察知系のスキル持ってる子にも気づかれなかったんだけどな。後学のために何で気づいたか聞いて良い?」
いつの間にか距離を詰められていた。やはり気配を捉えづらいな。そして近い。普通に体が密着してる。
「近い近い、多分だけど若干殺意があったでしょ?まあ暗殺ごっこなら仕方ないだろうけど俺特別そういうのに敏感なんだよ」
未だに理解しきれていないが種族がカースドヒューマンになってから殺気とかそういうのを明確に察知できるようになった。そのおかげだろう。
「なるほど。殺気か…ありがとね、あ、せっかくだし連絡先交換しない?」
「せっかく…?」
暗殺ごっこのついでにせっかくだから連絡先を交換することになった。嬉しいけどずっと一方的すぎて戸惑いが隠せない。
「ありがとね、じゃ、また〜」
二三歩下がったと思ったら突然伊賀さんにピントが合わなくなってそのまま消えた。隠密の域を超えている。とんでもないな。
そして帰りに第二ボタンがないことに気づいた。伊賀さんは負けず嫌いらしい。
そんなこんなで割とあっけなく学校生活が終わり、俺は荷造りを始めた。4月には引っ越してダンジョン業の盛んな地域で冒険者として本格的に活動するためだ。
それまでにやらなければいけないことがたくさんある。
荷造りが終わると道場に挨拶しに行った。
入るといつもより道場の空気がピリついている。
何故かと思えば今日は珍しく師匠がいた。
最近は重い糖尿病のせいで床に伏せていたはずだが、その座り姿は威厳に満ち溢れている。
「押忍!」
「…」
師匠は目を開けず、瞑想を続けていらっしゃる。
凄まじい集中力だ…
「…フガッ、フン、…グゥー」
いや、これ寝てるな。
「…ぐぅ~、ウッ、グア!」
なんか苦しみだしたぞ!これ死ぬんじゃないの?
「ぐおおお!!…フガッ、グウー」
一瞬目をカッと開いたかと思うと再び気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
誰だよ要介護者連れてきたの…
その後、同門の人と修行をし、皆が帰ったあとも道場の掃除をしながら師匠が起きるのを待った。
「…フガッ、おお努、来とったのか。ん?皆は?」
「もうとっくに帰りましたよ、師匠も帰りましょう。」
外はもうとっくに真っ暗だ。道場は師匠の家の敷地内にあるとは言え要介護者を1人にはできない。
「そうか…、して、左腕はどうした?顔もずいぶん伊達になったように見える」
「ちょっと分不相応な奴と戦いまして…その時にやられました」
そういえば言ってなかったな。
「…そうか。冒険者になるのか?」
「はい。そのために近々この街を出ようと思っています。そのための挨拶をしにきました。」
そう言うと少し考えているような素振りをしたあと、ようやく口を開いた。
「なぁ、努。この道場を継がんか」
「んな…どういう、意味です?」
「そのままの意味じゃ。この道場をお前にやる。だからこの街に残ってくれ。…小さいころからお前を見てきた。強くしてくれというお前に稽古をつけ、言葉の通りお前は強くなった」
そう言って俺の左腕の断面を見た。
「じゃが、お前は死にかけた。そうじゃろう?」
「それは…」
そうだ。俺は強い。そこらの同年代ではたどり着けないほどの高みにある。この道場にいる現役の冒険者と戦ってもスキルを授かる前から負けることはなかった。そういうふうに修行を積んできた。
それでも死にかけた。モンスターの前ではこの程度の強さはあってないようなものなのだ。
「…わしの息子は強く、その嫁もまた強かった。故にその責任もまた大きかった。そして、その責任を果たして二人とも死んでしもうた。強かったから、だから死んだんじゃ」
師匠の息子とその嫁。つまり才花の両親だ。二人はA級冒険者という圧倒的強者であったが、スタンピードを鎮めるために奔走し、そして死んだ。
「…」
「わしの、せいじゃ。わしが強くした。息子も義理の娘も、わしが稽古をつけた。だから失った」
「そんな、こと…」
「それでも才花と、お前に稽古をつけたのは、それを否定したかったからじゃ。あの子たちが死んだのは強かったからじゃなく、修業が足りなかったから、と。そしてお前も、才花も、息子たちがお前さん達くらいの時と比べてはるかに強くなった…じゃがどうしてもお前らの姿があの子たちに重なってしまう。才花も止めた。必死に止めた。それでも行ってしもうた」
俺の残った右腕を手で引いて、優しく包んだ。
「お前のことも本当の孫のように思っとる。死んでほしくない。このじじいにもう子供との別れを味あわせんでくれ」
なにも、言えなかった。俺が小さいころから師匠には稽古をつけてもらっていた。だが、弟子と師匠という間柄以上にたくさんのものをもらった。
俺にとっても師匠はおじいちゃんみたいなものだった。大切な存在だ。
それでも。
「ごめん、師匠。もう俺、才花と約束したんだ。あいつを一人にしないって」
あの日の夕日の下での出来事が鮮明によみがえる。
「…それは、仕方ないな」
そんな顔しないでくれよ、師匠。
「だから、師匠とも約束するよ。俺は、いや俺達は絶対死なない。少なくとも師匠が死ぬまでは死なない」
握られた手を解いて、小指を差し出す。
「アッハッハ、そうか。」
シワだらけの指が俺の小指に絡んだ。
「わしは相当長生きするぞ?」
「望むところ!じゃ、せーの」
「「ゆーびきーりげんまんうーそついたら針のーます、指切った」」
…流石に恥ずかしかった。しかし、師匠の顔は幾分かましになったように見える。
「じゃあ、師匠。今まで本当ありがとうございました」
「ああ、いつでも帰ってこい。お前は強いのだから、自信を持つんじゃぞ」
涙があふれてきた。まいったな、道場で泣くなんて、いつぶりだろうか。
「押忍!!」
嗚咽を飲み込んで、俺は必死に答えた。
その後、師匠を家の方まで送り、そこで百舌鳥流免許皆伝の証明として鳥の家紋の入った鍔をもらった。
免許皆伝についてはずっと前から決めていたことらしい。そして、これは贔屓ではなく、俺の力をまっとうに評価した証だという。
今後俺の活躍には百舌鳥の名がついて回ると言っても過言ではない。より一層気を引き締めないとな。
家の近くまで来たら紫苑が迎えに来た。
「荷物、持つ…よ」
「ああ、ありがとな今日は少ないから大丈夫」
「そう…」
ボソリと呟いて俺の左側にピタリとくっついた。俺が腕を失ってからすぐの頃、重心の変化に慣れずよくころんでいたのだが、紫苑はそんな俺を今のように支えてくれていたのだ。
この体にすでに慣れてきたのでもう転ぶことはないが、心配なのか登下校の途中までこうやって支えてくれる。
「なぁ、紫苑」
その優しさが、逆に心の傷を自覚させる。
「…なあ、に?」
俺は結局、不安なんだ。
一カ月もしないうちに半分以上の寿命と左腕を失い、多額の借金を背負った。
最近は何事も悪い方向に進んでいくばかりで、いい方向に進むことがない。
しかし、師匠に啖呵を切った手前、この不安を口にすることはできない。
今も、無いはずの左腕が軋むように痛い。不安だ。叫びだしそうなほどに、もうどうしようもないほどに不安だ。
「この先も、俺のそばにいてくれるか?」
変なことを聞いてしまった。こんなこと聞いてどうするんだ。一瞬、質問したことを後悔した。
紫苑は突然立ち止まり、俺の体に強くしがみついた。
「うお、…どうした?」
「私はご主人様の物だから、離れられないよ。それに、つとむは私の物だから、離れる気もないよ。ずっと、永遠に一緒。死んでも、私が全部持っていくから、ずっとずっと一緒」
食い気味で予想以上の長文が帰ってきた。その上内容が怖い。全部持ってくってなんだよ…
「あのね、だから…そんな事もう、聞かないで?」
小さい腕で必死にしがみつきながら、俺に懇願するように言った。
「…悪かったよ、ごめんな。…あーいや、その…一緒にいてくれてありがとな、紫苑」
「私も、ありがとう、って思ってる…両想い」
うん、可愛い。可愛いだけで、もう全部OKです。
全く、最近の俺は紫苑に助けてもらってばっかりだ。こんな俺のどこが良いんだか。だけど、これから先も紫苑は俺を助けてくれる。ずっとそばにいてくれる。そう確信できる。不安も絶望も、紫苑がいればなんとかなる。何とかしてみせる。
だから俺は、
「なぁ、俺さ、紫苑のこともう少し知りたいな」
「も、もちろん…いいよ」
この子のことを、もう少し知るべきなんだ。




