10、刀娘
「ご主人様、はやくー」
目をつむり、んーといいながらこちらに手を広げる裸の女の子。是非ともそのつつましい胸の中に飛び込んで顔をうずめてしまいたいが、彼女は人間ではなく、刀である。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、まずは話をしよう。いや、まずは服を着よう。てか、なんで裸なんだ?」
「?裸?いま私は抜き身だから…?」
抜き身…やっぱりそこは刀なのか。てか、裸の状態が抜き身ってことは…
試しに枕を紫苑に投げてみる。
「わ、わ、あわわ」
突然投げられた枕をなんとか受け止めて…そして枕が真っ二つになった。枕から舞った綿が飛び散って慌てている様は大変可愛いがちょっと笑えない。あのまま誘惑に負けて抱きしめてたら俺も真っ二つになってたってわけだ…刃二ートラップってわけね。
「ご主人様いじわる。もう、そっちから来ないなら私から行くもん」
「おいおいおい待て待て待て待て、いったん落ち着け、そうだ、鞘に入れ、鞘に入ったら抱きしめてやる」
部屋の隅に立てかけておいた鞘を手に取って渡す。これもたいがい怪しかったので捨てようと思ていたのだが捨てなくてよかった。
「うん、分かった。じゃあ入れて?」
そういうと瞬きの間に黒刀に戻った。手に取ってみるとやっぱり普通の刀に思える。
『はやくー』
「うおっ」
頭の中に紫苑の声が響いた。刀の形態の時はこういうコミュニケーションの取り方をしてくるわけね。
鞘を手にとり、刀を入れる。カチンッと子気味良い音を立てながら鞘に収まった。
『じゃあ抱きしめてー』
「はいはい、わかったよ」
鞘に収まってるなら体を切ったりすることはないだろう。俺は刀を縦にもって抱きしめた。金属製の鍔が頬にあたってその冷たさが心地良い。しかし、どこか温かさも感じるような不思議な感覚。
あ、意外といいかも…
「ご主人様…私幸せ。ずっとこうしたかった。こうしてほしかった」
刀の心地よさに気を取られていたらいつの間にか俺の腕の中で紫苑が人間化していた。先ほどまでなかった黒い浴衣のようなものを纏っている。
「なんでだ、って…まぁ、それはこれから知っていけばいいか」
紫苑は胸の中で静かに泣いていた。彼女にどんなストーリーがあったのか、それについて知るのはもう少し俺たちの関係が深まってからでいいだろう。
腕の中で静かに泣く少女の頭を優しくなでた。
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色々話をしようと思っていたのだが、泣きつかれたのか俺の胸の中で眠ってしまった。その顔は普通の女の子に見える。涙をぬぐい、布団に寝せてやろうと思ったのだが布団が血まみれになってしまっていたので座布団を枕に床に寝せた。ゆるせ。
寝ている間に部屋を片付け、血痕が残らないよう丁寧に掃除した。
未だに目覚めない紫苑の横顔を見ながら少し確認したいことがあったのでスキルボードを確認する。
名前:平人努 (ヒラビト ツトム)
種族:カースドヒューマン
スキル:設定変更(固有 鑑定系)
地形操作 (習得 操作系)
呪刀紫苑招来 (固有 召喚系)
耐性:水属性耐性(弱) 邪属性耐性 物理攻撃耐性(弱)
称号:ジャイアントキリング 呪人
属性:神聖 邪
適応可能一覧
<筋力>25/100 <俊敏>40/100 <持久力>23/100<魔力>100/100(MAX)
<精神力>86/100<神聖魔法>100/100(MAX)<視力>40/100
<風魔法>100/100(MAX)
使用可能EXP100
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固有スキルが増え、属性に邪、称号に呪人が備わった。そして何より種族がカースドヒューマンになった。なんやねん、カースドヒューマンて。そんな種族はおらん。いやここにいたわ。とにかく意味が分からないので無視。
スキル呪刀紫苑招来は魔力と血を消費して呪刀紫苑をその手に呼び寄せるというものだった。ちょっと便利なのと、固有スキルが増えたのはその内容はともかく素直にうれしい。しかし、称号はともかく、属性に邪が付いたのは少し厄介なことになった。邪属性は神聖属性に対して弱いという特性を持つ。俺は邪属性耐性は持っているが神聖属性耐性は持っていいない。まぁ人間ならともかく神聖属性を持つモンスターなんて聞いたことないのでとりあえずは大丈夫だろう。
次に気づいたことだが、歯車マークがいつもより太く表示されている。歯車マークを開くと次はバッテリーの欄が点滅しているのが分かった。
バッテリー(寿命)
15%
*バッテリー残量が20%を下回りました。
バッテリー使用量
バッテリーウィジェット
・・・
うん、バッテリー(寿命)じゃないんよ。なにさらっと俺の寿命書いてんだよ。まあこのバッテリー欄が俺の寿命を表していること自体は数日前から気づいてはいた。しかし、その時は85%と表示されていたし、結構こまめに見ていたのだが1%も減るそぶりがなかったので、最近はめんどくさくなって放置していたらなんと一気に15%まで減ってしまった。
俺が15歳で85%ということは単純に計算して俺の寿命は100歳だったというわけだが、それがなんと今日だけで70%、つまり70歳ぶん消費したことになる。なんでやねん。
15%ということはつまりあと15年、俺が30歳までということになる。…ん?30歳か…いやいや、ちょっと長いなって思っちゃったけど確か年取るごとに時間を早く感じるようになるって言ってたし、やっぱヤバいって。
原因は分かる。確定で紫苑だ。名前を付けてやったとき、俺の中の何かが紫苑に置き換わったのを感じた。置き換わったものが俺の70年分の寿命だったのだろう。どんなに可愛くてもやっぱり呪いらしい。
まぁ、もう過ぎたことだ。だいたい、俺がくれてやると約束したんだ。男に二言はない。名前でも寿命でもなんでもくれてやるさ(足ガクブル)。
それに、強い冒険者はその肉体の最盛期、即ち寿命を延ばすことができるらしい。実際、くわしい情報は公開されていないが日本で古翁と呼ばれるSランク冒険者は天変地異が起きた時点ですでに30を過ぎていたらしく、それから今に至るまで第一線で冒険者として活躍していると聞く。
つまり、俺が強くなっていけばいずれ寿命なんてものはあってないようなものになっていたということ。
強くなる理由が増えただけで大した問題ではない。
どうとでもしてやるさ。
また、接続されたデバイスやらなんたらを操作していると紫苑のステータスを見ることができた。
名前:紫苑 (シオン)
種族:呪武器/カースドヒューマン
スキル:スキルブレイク (固有 強化系)
エナジードレイン (固有 強化系)
形態変化 (固有 変化系)
眷属武器 (固有/熟練 契約系)
呪術解放 (固有/熟練 強化)
耐性:ー
称号:忌み子 狂乱之呪刀 悪夢 呪人 平人努の眷属
属性:不壊 邪
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めちゃめちゃ強かった。まずスキルが5つもある。そして一つ一つがちゃんと強い。スキルブレイクはあらゆる物理的でない障害を全て、その術理を無視して破壊、切り裂くというトンデモないスキルだった。恐らくはじめ俺のスキルボードが破られたのもこのスキルのせいだろう。その他も強力な効果を持っており、恐らく俺と紫苑が戦ったら余裕で負ける。もちろん、あくまでも武器であるため、扱う人間がいてこその物だろうが、とんでもないことこの上ない。
そして、なんと紫苑のスキルを見ることができるようになったことにより、その分スキルボードの数が一枚増えた。どうやら俺のスキルボードと紫苑のスキルボードは別物として扱われるらしい。
…いやなんか紫苑のスキルを見た後だとインパクトに欠けるがちゃんと強いからな?1枚と2枚じゃできることの幅が全く違う。
とにかく、棚から牡丹餅的に俺は強くなった。実際に棚から落ちてきたのは刀だったが、総じて幸運といえるのではないだろうか。いや、幸運ではないか。何回か紫苑のせいで死にかけてるし。
紫苑はまだ起きる気配がない。なんか俺も眠くなってきたな…今日は朝からダンジョンに行く予定だったけど午後からでいいや。
俺も床に寝そべって座布団を枕代わりにし、早めの昼寝をすることにした。