1、スキル
「ふぅ、」
緊張と共に構えを解く。これで今日の特訓はおしまいだ。着崩れた道着を直し、道場の奥に備えてある神棚に向かって一礼する。
「ありがとうございました!!」
自分以外に誰もいないので、声がよく響く。
師匠に無理を言ってここの道場を休みの日も使わせてもらっているのだ。昔から親しくしてもらっているとは言え、師匠には頭が上がらない。
終電が近いので急いで汗を拭き、普段着に着替える。
本当は道着のまま帰りたいのだがこの道着は汗が染み込んで大変臭いのでちゃんと着替えている。
にしても今日はやりすぎたか。まぁ仕方ないだろう。
ついに明日の2月16日、俺は15歳になる。
そして、スキルを授かるのだから。
今からちょうど1世紀前、世界各地で天変地異と言われる同時多発的に大規模な地盤沈下が起こった。沈下によってできた穴からは、今ではモンスターと呼ばれる怪物が出現し手当たり次第に人を襲った。
日本は自衛隊や在日米軍が奮闘したがその物量とそもそも銃火器が効かないモンスターの出現によって瞬く間に壊滅。日本以外の国に至っては核兵器まで使ってモンスターの進行を食い止めようとするがやはり失敗。このまま人類は崩壊するかと思われたが、天変地異から3日目、あることが起こった。
人々の目の前に突如として半透明の青い板、スキルボードが現れたのだ。その正体不明の板は、人類に今までの常識から逸脱した異能を与えた。
その日より、手のひらから極大の炎を出す者、常識を超越したスピードで動く者など、強力な異能を扱うものが現れ、その異能を用いて崩壊すると思われた人類文明を瞬く間に修復した。
人類は天変地異以降、15歳になると異能、すなわちスキルを授かるようになった。そして、そのスキルを用いてダンジョンを攻略する人々を冒険者と呼び、彼らはダンジョンから得られる資源によって莫大な財産を築き上げる。
強く、長く生き、そしてお金持ち。そんな冒険者はとってもモテる。だから、俺は冒険者にならなければならない。
俺、平人努は優秀な冒険者になるため、日々研鑽を積んできた。当初はただ強くなることを目標としていたが、最近になってようやく俺はモテモテつよつよ人間になるために修業を積んできたのだと悟ったのだ。
スキルはある程度その人の経験に則した物が付与される。俺は何が来てもいいように武術の鍛錬、魔術の勉強、教会での祈祷などあらゆることをしてきた。
そして、その努力の成果がついに明日、証明される。
待ってろよ、美少女たち、そしてあらゆる富と名誉達。いま、俺が行くからな…クックック…。
寒空の下、俺は今後の展望ににやけながら終電を逃した。
$$$
おはよう!世界!ぐもーにんウオオオオッ!!
時計を見るとすでに昼の14時。俺の出生時刻は朝の5時なのでもうとっくに過ぎているが問題ない。
「スキルボード!!」
スキルボードとは、人類に一番初めに与えられた異能。このホログラムのような青い板を見ればいつでも自分がどんなスキルを持っているのかを確認することができる。
ま、他人に見せることもできないし、スキル確認した後はもう用ナシになっちゃうんだけどね。
名前:平人努 (ヒラビト ツトム)
種族:ヒューマン
スキル:設定変更
称号:
属性:
⚙
「ふん…設定変更?なんの?」
スキルの効果は自然と分かったり名前からある程度推測できるものだが、これはちょっと大雑把すぎてわからん。
だがしかし、心配する必要はない。こういったケースは結構ある、らしい。こういう時は市役所に行ってスキル鑑定をしてもらうのが手っ取り早い。
スキルは市役所に行って身分証と500円を渡せば簡易的な検査の後、魔道具を使って鑑定してくれる。どっちにしてもスキルを手に入れたら市役所に行って登録をしなければいけないので無問題。
市役所は17時までにいければ問題ない。はやる心を抑え、勇み足で市役所へ向かった。
「お待たせしました。鑑定結果出ましたよスキルの効果は」
「ア!チョットマッテ!!」
簡易的な検査を終え、待つこと数分。ついに結果が出たらしいが心の準備ができていない。
スウー…ハァー
よし。
「お願いします!!」
「(何こいつメンドクサ)よろしいですか?では改めて。平人さん、あなたのスキル「設定変更」は、えーと、どうやらスキルボードの設定を変更できる…らしいです。(なにそれうんこスキルじゃん)」
「(今こいつうんこスキルじゃんって顔してなかった?)え、えーっと、それって何の役に立つんですか?」
「え、何かの役に立つと思ってるんですか?」
「…え?」
「はい、えーそれではスキルの登録も完了してますのでもうお帰りいただいて結構ですよ」
「…ア、アアァ…」
それからどう帰ったのか思い出せないがなんとか家にたどり着き、俺はベッドの上にいた。
試しに「設定変更」と頭の中で唱えてみるとなんかスマホのクイック設定パネルみたいのが出てきた。そのパネルをいじるとスキルボードがなんかちょっと明るくなったり画面が赤になったり黄色になったり…
本当にこれ何の役に立つの?
これまでの俺の努力は…だめだ、もう頭が回らない。明日は学校だし、今日は寝るか。
「ハァ…」
だめだ、授業にやる気が出ない。てかもう生きるのにやる気が起きない。お昼ご飯も喉を通らず、いつもなら走り込みをするこの昼休みも、机に突っ伏してピクリとも動けない。今までこの時間に教室にいたことがなかったが騒がしくて煩わしい。
屋上にでも行って寝るかと考えていたら、突然喧騒がやんだ。
「ツトム!誕生日おめでとう!」
顔を上げるとそこには美少女がいた。長いポニーテルに人懐こい笑み、快活で公正。元生徒会長の百舌鳥 才花だ。彼女は昔から通っている道場の師匠の孫で、所謂幼馴染というやつだ。
しかし、その才は非凡も非凡。4月生まれの彼女が手に入れたスキル「万象之声」は一度見た魔法ならすべて使えるという世界的に見てもマジ半端ないスキルなのだ。その上、道場で近接格闘の訓練も受けており、遠近共に隙が無い。すでにいくつかの会社からオファーが来ており、将来有望な冒険者として記事に取り上げられるほどだ。
生来の人懐こい性格、圧倒的な顔面、そこに将来を約束されたスキルを手に入れたことで学校ではアイドルを超えて神のように崇められている。さっきから教室中から向けられる視線が痛い。
「…誕生日は昨日だけどな」
「知ってるに決まってるじゃん。昨日はダンジョン攻略で忙しかったから、今言ったの。ごめんね?お祝いに行けなくて。怒った?」
「怒ってないよ、ちょっと意地悪だったなごめん」
小さいころから誕生日にはお互いの家に行ってお祝いするようにしていた。の、だが、正直昨日の俺が才花に会っていたら何を言っていたか分からない。今でさえ胸の奥でくすぶる嫉妬心がこちらを覗いている。
「それで、スキルはどうだった?」
「あー『設定変更』っていうスキルで、こう、なんか、スキルボードを…いじれるっぽい」
自分で言って恥ずかしくなる。でもこれはどうしようもない事実なのだ。
「へー」
「へーってお前、自分で言うのもなんだけどこりゃ相当なうんこスキルだぞ」
あの役員もそんな顔してたしな。ウンユルサン
「大変だね。それで、いつ初ダイブするの?」
「へ?」
ダイブとはダンジョンに潜ることの俗称だ。基本下の方に向かっていくのでその名がつけられたらしい。
しかしこのスキルを手に入れてから完全に忘れていた。すでに冒険者としての道を諦めていたのかもしれない。
「一緒に行きたいけど、私と努じゃランクに差がありすぎて努のためにならないしね…それじゃあ私の夢が遠ざかっちゃう」
ランクとは冒険者の総合的な評価に対して付けられるものであり、E~A、そしてSの6段階ある。
才花のランクはCで、日本最速のランクアップらしい。
「私の夢?ってなんだ?」
「な・い・しょ。じゃ、またね。早く来ないと、どんどん先に行っちゃうからね」
そう言って颯爽と教室を去っていった。まったく、嵐みたいだったな。俺の気も知らないで好き放題言いやがって、まったく…。
「早く来ないと、だぁ?すぐに追い抜いてやる」
$$$
放課後、道場に向かった。今日も人はいない。
俺が与えられたスキルは一見とても弱い。弱いというか役に立つ気がしない。
だが、だからこそこのスキルを完全に理解して、使いこなせるようにならなければいけない。理解して、その上で戦いに使えないとしても、分からないよりはいい。
それに、弱くても冒険者を続けていればスキルオーブを使う機会が来るかもしれない。あれがあれば強力なスキルを手に入れられる可能性もある。売りに出ているものは高すぎて買えないが、いつか必ず手に入れてやる。
どんな手を使ってでも俺は強くなる。そのためにまずは自分の手札を確かめる。
「スキルボード」
目の前に半透明の青い板が出てきた。そこには前と変わらず当たり障りのない俺の情報が書かれていた。
名前:平人努 (ヒラビト ツトム)
種族:ヒューマン
スキル:設定変更
称号:
属性:
⚙
実に普通のスキルボードだが、この状態で設定変更を発動するか画面を上からスワイプすれば昨日みたクイック設定が開かれる。それを開いて色々試してみるがやっぱり光ったり色が変わったり…そんなんばっかでとても戦いに役立てそうにない。
「やっぱりこれうんこスキルなのか…?いや、まてよ、この歯車マークはなんだ?」
今気づいたが属性の下になぞの歯車マークがある。こんなの聞いたことがない。試しにタップしてみると、パソコンやスマホの設定にありそうな単語がずらりと並んだ。
設定
・ストレージ
・接続
・音とバイブレーション
・ディスプレイ・表示
・背景とスタイル
・ユーザー補助
・セキュリティーとプライバシー
・・・
下の点々を押すとさらに下に表示が続く。
「なんだこれ、てか字が小さくて読みづらいな、大きくならないのか?」
そう口に出すとスマホくらいの大きさだったスキルボードが畳くらいに大きくなった。流石にでかすぎたのでA4くらいの大きさを思い浮かべるとその通りになった。
「おお、ここからさらに詳細な設定ができますよってこと?でも、これ何がどうなってるのか分かり辛いな」
そう思っているとユーザー補助の欄が勝手に輝き、画面が切り替わった。
[ユーザー補助を使えばより直感的にオプション設定やサービスを扱うことができるようになります。アクティブにしますか? Y/N]
なんだ?よくわからんがYes!
[ユーザー補助がアクティブになりました。より快適に操作を行うため、意識同調の許可をONにします。許可しますか? Y/N]
モチロンYes!!
その後もいくつか質問が繰り返され、そのたびに脳死でYesを押すようにした。
正直に言おう。このスキルを完全に理解するなんてことは俺には不可能だ。なんかもうよくわからない機能が多すぎる。しかし、ユーザー補助?のおかげか頭でこういう風にしてほしいなっていうのを頭に思い浮かべるとそれがスキルボードに反映されるようになった。そしてその自由度がとても高い。
最終的に俺のスキルボードはこうなった。
名前:平人努 (ヒラビト ツトム)
種族:ヒューマン
スキル:スキルボード(固有 鑑定系)
耐性:水属性耐性(弱) 邪属性耐性(弱) 物理攻撃耐性(弱)
称号:ー
属性:神聖(微弱)
適応可能一覧
⚙
新たに耐性と適応一覧の欄が増え、属性の欄には微弱ではあるが神聖属性が表示されるようになった。耐性、属性に関しては恐らく修業の成果によるものだろう。
そして、適応一覧についてだが、タップしてみると次のような項目が表示された。
――――――適応一覧―――――
<筋力><俊敏><魔力><精神力><持久力><視力><剣術><槍術><近接格闘><棍術><弓術><水魔法><火魔法><風魔法><土魔法>
<神聖魔法>
―――――――――――――――
さらに<剣術>の欄をタップしてみたが、EXPが足りないだか何だかでそれ以上何かが表示されることはなかった。現状、EXPが分からないのでこの項目については非常に気になるが無視せざるを得ない。
表示に関してはこんなものだが、一つ、何よりも重大な事実が判明した。
このスキルボード、物理的に接触することができるのだ。
なんとなく目についた『ディスプレイ・表示』の欄の、『物理接触』の設定の欄をONにすると、ホログラムのようなスキルボードに実際に触れることができるようになった。触るとしっかりと感触が伝わってくる。スキルボード自体は任意の場所に固定でき、向きなども操作できるため、机のようにして使うこともできた。
そこで、試しに上に乗ってみることにした。結論から言うと、俺はスキルボードの上に立つことができた。
もちろん、普通のスキルボードにこんなことはできない。そして、これはかなり便利だ。スキルボードの強度は分からないが、スキルボードの上で飛んだり跳ねたりする分には問題ない。これをうまく使えば空中を走ることもできるかもしれない。
明らかに想定された使い方じゃないだろうがこれは戦闘に使える。今のところ明確に戦闘にアドバンテージとなるのはこれだけだが、何もできないと思っていた当初よりはかなりましだ。
俺はこれで上まで上り詰める。