2話 また、会えるだろうか
翌日も、僕は同じ時間に図書館へ向かった。
昨日のことが気になっていたわけじゃない――
……そう言い切れる自信は、正直なかった。
なんとなく、同じ席に座って、
同じように時間を過ごせば、
昨日の“あの感じ”も自然にほどけていくんじゃないかと、そう思っただけだった。
けれど、その席に彼の姿はなかった。
いつも彼が座っていた窓際の場所には、誰の気配もない。
差し込む光だけが、昨日と同じようにそこにあった。
ぽっかりと空いた椅子を見つめた瞬間、
胸の奥が少しだけきゅっとなった。
気のせいだと思いたかった。
いることに慣れていたわけじゃない。
昨日、ほんの少し言葉を交わしただけ――
それだけのはずなのに。
僕は自分の席に戻ってノートを開いた。
目は文字を追っているけど、頭にはまるで入ってこない。
気がつけば、何度も視線が同じ方向へと引き戻されていた。
いないだけなのに、
その静けさが、昨日よりずっと深く感じられた。
昨日は、確かにここにいた。
光の中に溶けるように座って、本を読んでいた。
何も話していなかった時間のほうが、はるかに長かったはずなのに。
たったひとことと、ほんの少しの気配だけが、
どうしてこんなに残ってしまうんだろう。
ページをめくる音が、妙に耳に残る。
遠くの席で誰かが咳払いをした。
すべてが、彼のいないことを際立たせている気がした。
……なんで、こんなに気にしてるんだろう。
自分でもよくわからなかった。
昨日までは、ただの風景だったのに。
今日になって、あの光景が、空白のように感じられてしまう。
何度か時計を見て、
それでも、いつの間にか視線は窓際の席を追っていた。
けっきょく、彼は現れなかった。
誰も座らないままの椅子だけが、
静かに、同じ光を浴び続けていた。
帰る時間になっても、本の内容はほとんど頭に残っていなかった。
カバンにノートをしまいながら、
自分でも気づかないうちに、何かを探していたことに気づいた。
次の日も、そのまた次の日も。
僕は同じ時間に図書館へ向かった。
でも、彼の姿はなかった。
――また、会えるだろうか。
そんなことを思ってしまったことが、
少しだけ、自分でもおかしかった。