表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰か、がいた  作者:
13/17

12話 「鎖で、君を。」


あの時、覚悟を決めてから、

今日という日を迎えるまでに何度も頭の中で繰り返した。


失うものは、とうにない。

けれど、これだけは間違えられなかった。


すべては、この瞬間のために積み上げてきた。


約束の時間より少し早く着いた。

人気のない場所で、深く息を吐く。


コートの内ポケットに触れる。

冷たい感触が、決意を確かにする。


約束の時間が近づく。

視線の先に、複数の人影が見えた。

数人を引き連れて、ターゲットがゆっくりと姿を現す。


俺を育ててくれた人。

その最期を、この手で迎えさせる――。


気づけば、銃を構えていた。

静かに息を整える。


そのときだった。

一発の銃声が、先に夜を裂いた。


咄嗟に身を伏せる。

弾丸が壁を弾き、耳のすぐ横を風が掠めていく。


右に回り込んでいた一人が飛び出してくる。

照準を合わせ、一発。

肩に命中し、悲鳴が上がった。


すかさず別の方向から銃声。

今度は俺が撃ち返す番だ。

壁越しに敵の足元を狙い、膝に当てる。


悲鳴。

血が飛ぶ。


戦いは一瞬の迷いが命取りになる。

だが、今日だけは違っていた。


目の前の“あの人”だけは、

絶対に、自分の手で終わらせなければならなかった。


全身に緊張が走る。


──そして。


汗ばんだ手で引き金を引いた。

銃声が、夜の静けさを裂いた。



何人目だ。

どれだけ、血を見てきた?

思い出せない。思い出す気も、もうない。


今日も俺は、“(ツァン)”としてしか生きられなかった。

それが、当たり前であるはずだった。


――でも、どうして今日だけは、

こんなにも胸が、軋むんだろう。


また、君の声がした気がした。

本のページをめくる音。

何でもない話に、ふと笑ってくれたときの表情。


俺には、似合わない世界だった。

最初から、手を伸ばしてはいけなかった。


それでも。

君の前だけは、“黎明”として存在していたかった。


ほんの一瞬でいい。

名前を呼ばれて、ただそこにいる――

そんな夢を、ほんのわずかでも見てしまった俺は、もう引き返せなかった。


――終わらせる。

それが、俺に残された最後の意味だった。


銃声が、やけに遠く響いた。


目の前で倒れ込んだ男の胸から、血が滲んでいる。

確かに――俺が、引き金を引いた。

手は震えていたはずなのに、銃声はあまりにも静かだった。


「……これで、おしまいだ」



ふと、背中に鋭い衝撃。

誰かがいた。


視界が揺れた。

膝が崩れ、床に倒れ込む。

重力に逆らえず、うつ伏せに。

頬が冷たい――血の上だった。


耳鳴り。

空気が遠ざかっていく。


それでも、俺は見た。


誰かが、そこにいた。


光の中に立つ、蓮だった。

見慣れているはずなのに、どこか遠くに感じた。

輪郭が、少しだけ滲んで見えた。


幻だとわかっていた。

それでも、目が離せなかった。


蓮が、こちらを振り返る。

目を細めて、あたたかく微笑んでいた。

あのとき、図書館で見た――あの笑顔。


「……(レン)


声にならなかった。

それでも、伸ばしてしまう。

この手が届くなら、もう一度だけでも。


「……すまない。

俺は結局、甘えてばかりで……我慢させてばかりだった。

俺は、君に何もしてやれない。

ただ、君に絡まる鎖になるだけだ……」


視界が、にじんだ。

光が揺れる。

蓮の姿も、やがて溶けるように消えていった。


最後に触れたのは、

風だったのか、それとも――。


何もわからないまま、

意識は、音もなく沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ