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誰か、がいた  作者:
10/17

9話「静かに、取り残されて」


乾いた靴音が、夜の路地に小さく響いていた。


重たい空気のなか、

無感情に、指示された役割をこなす。


手には、冷えた金属の重み。

懐に隠したそれが、

この街の掟だとでも言うように、無言で肩を押してきた。


ターゲットの姿を、目の端で捉える。


──ただ追って、

ただ仕留めるだけ。


何も考えず、何も感じず、

名前も、顔も、意思さえも捨てて、

ただ命令に従うだけの”(ツァン)”として。


──そうして、生きてきた。


違う。

本当は。


こんな世界で、

何かを壊しながら生き延びたかったわけじゃない。


あいつを──

俺の両親を殺した手を、

この手で終わらせるために、

俺は、ここにいる。


──


そんな夜に。


ふと、

あの光景を、思い出してしまう。


──


あれは、

どれくらい前だっただろう。


ふと顔を上げたとき、

視線が一瞬、止まった。


ふわりと揺れる黒髪。

前髪の隙間から覗く、

幼いけれど、真剣な目。


理由なんてなかった。


ただ──

なぜか、目が離せなかった。


──


何度も、同じ時間に、

同じ場所で、

気づけば、探してしまっていた。


──


あのときも。


君は、小さな背を伸ばして、

高い棚に手を伸ばしていた。


届かないとわかっていても、

諦めずに。


その仕草が、

どこか痛々しくて。


──


気づけば、立ち上がって声をかけていた。


ただ、それだけだったのに──。


しばらく、顔を見かけることができなかったけれど。


また、顔を上げたとき。

そこに、君がいた。


そして、悩んだ末、君に書いた俺の名前。


胸の奥が、

静かに、ざわめいた。


──


俺は、

もう、逃げられなかった。


──


乾いた空気が、

肌を刺す。


現実に引き戻される。


誰かの足音。

短く交わされる、無機質な指示。

冷えた銃の重みが、

また、掌に蘇る。


ここは、

そんな甘い記憶を持ち込んではいけない場所だ。


知っている。

わかっている。


──それでも。


あの光景だけは、

胸の奥から、どうしても消えなかった。


静かな光。

ふと顔を上げたときに目にした、

あの細い背中。


もう、手を伸ばすことはできないと知っていても。

俺は、

たぶん──

あの場所に、あの時間に、

まだ、取り残されたままなんだ。


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