4-17:ダーリンとハニー
止めにする?
領主を名乗る中年の女ラピス・ティールは、エリンがやろうとしている武の厄災討伐について、そのような意向を示した。
「えっ? でも、」
エリンが何か答えようとした時、領主を名乗る女はこう言ってきた。
「『でも』って何? ふざけてんの?! それ私のダーリン何にも悪くないただの言いがかりじゃん。確かに、元弟子の蛮行は許せないけど、そいつらも既に破門しているしで、それで私のダーリンを討伐とか腹いせに喧嘩売っているだけじゃない!」
先程からの偉そうな口調とは一転して、随分とくだけた感じだがしかし純粋に怒っている感じだ。
ところで、ダーリンって武の厄災アルベルトの事か?
「ごほん、失礼。戦士エリンが私の夫を討伐したい理由は理解しました。しかし、私は領土拡大のために侵攻するだなんて愚かな事はしません。戻ってこの事を伝えなさい」
確かに。こう言われては引き下がる他無い。
こいつが本当に領主であり、この地を治める貴族であるのならばな。
状況的にもこの人が領主っぽくはあるし、多分本当の事だと思うんだけど、何か引っかかる。
なので、あえて煽るようにこう言ってみた。
「申し訳ありません。私もエリンもまさかこの土地に武の厄災アルベルト以外の領主が存在するだなんて思ってもいなかったもので」
すると、
「はあ? 私の事知らない? 確かに、私は悪政を働いていた父を懲らしめて追い出すのに、表向きはダーリンが占拠したって事にして実際ダーリンが私のために力づくでそうしたけど、私は代々この地を治めるティール家の人間で、父を追い出した今は正当なここの領主なんだけど?」
それ、普通に武の厄災アルベルトが前の領主を追い出して、この地を乗っ取っている形じゃねーか!
けれど、そうなると確かに目の前にいる中年の女は、この地の治める貴族に違いない。
疑問は解けた。しかし、状況は変わらないな。
「大体、武の厄災って何? 意味不明だし昔はそんな風に言われてなかったのに、魔の厄災と獣の厄災が出現してから、何時の間にかまとめて三厄災だなんて言われるようになって、こっちはいい迷惑なんだけど!」
口調の変化からして完全に怒らせてしまった。
この様子だとアルベルトの討伐どころか、こっちが無礼者としてアルベルトに処刑されかねないな。
ここの領主を怒らせた僕が悪いのは確かだが、そもそも武の厄災アルベルトを殺す理由はおろか戦う理由が微塵も無い。
エリンには悪いが、僕もここは大人しく帰った方がいいと思う。
「エリンさん、今回は大人しく──」
そう言いかけた時の事だ。
「俺への挑戦者が来ているって聞いたのだが、何処だ?」
全身鎧に身を包み、頭だけ出している長身の中年の男が、そう言いながらこの部屋に入ってきた。
「あっ、ダーリン! 今、お客様に手違いがあって、これから帰ってもらうところなの」
「おいおいハニー。どんな理由であれ挑戦は全て受けるって言っただろ? それとも、俺が負けるとでも思ったのか?」
「だってー。ダーリンの事を悪者扱いしている嫌な人たちだったし」
ダーリン? ハニー??
多分、状況からして、この全身鎧の人が武の厄災アルベルトなのか?
よく見ると、左手には槍と斧が合体したハルベルトっぽい武器を持っているし。
「で? そこの二人がそうなのか?」
「クロエと申します。今回は隣のエリンさんの付き添いで」
「エリン、です。武の厄災と一度腕試しがしたくてここまで来ました」
聞かれたので、とりあえず僕が先に自己紹介をしてみせる。
そしてその後、僕はエリンに目くばせをして合図し、続けてエリンに軽く自己紹介をしてもらった。
「はっはっは、武の厄災ねえ。俺はそのアホな呼び名を気に入っているんだが、愛する妻の方はどうも嫌いみたいでな。だから、俺の事はアルベルトって呼んでくれ」
やはり、この人がアルベルトだったか。
「おう、外の連中から聞いたぞ。長旅で今日着いたばかりなんだろう? とりあえず、今日はうちに泊って休め。挑戦は明日以降だ」
「そういう事なら、ダーリン。私はお客様が泊れる様にメイドたちに準備させてくるから」
「悪いなハニー。急に無理言って」
「ううん、大丈夫」
そう言って、領主を名乗る中年の女は部屋から出て行く。
そして、彼女がこの部屋から出た事を確認してから、アルベルトはこう言った。
「無事行ったか。俺も妻が人質に取られたら敵わないからな」
アルベルトは一呼吸置いた後、席に座らず立ったまま僕たちとの会話を続ける。
「お前、魔の厄災を倒した女戦士だろ? 続いて俺の首も取りに来たか?」
魔の厄災を実際に殺した僕は元から何の興味も無いが、エリンの気持ちや考えは実際どうなのか、実はよく分からない。
僕が代わりに適当な言い訳をしてもいいが、そんな事をしたら単純に怒りそうな相手だし、ここはエリンに正直に答えてもらった方がいいな。
「エリンさん、私も本当のところを聞きたいです」
「そうだね。本当にただ自分の実力を試したいだけ。魔の厄災だって、本当は殺すつもり無かったし」
エリン、やっぱりクラウディアの事、生かすつもりだったのか。
「はっはっは。何だよ、警戒して損した。あんまり屋内で武器を振り回したくないのに、万が一に備えて持ってきちまったぞ」
そう言いながら、武の厄災アルベルトは安堵の表情を見せる。
「こっちも、最初はどうなるかと思いました。いきなり、領主様が出てきた時は、エリンの付き添いとしてどう振舞えばよいかと」
「妻の事は悪く思わないでやってくれ。アイツも領主らしい態度で領民に威厳を示す必要があってな。不慣れながらに領主として対応しただけで、悪い奴じゃないんだ」
ああ、だから時折威厳のある口調が崩れていたのか。
彼女にも、この地を治める貴族のしての立場があっての事なのに、変に疑って悪い事をしたな。
「まあ、とにかく今日はここに泊って休め客人たち。続きは明日以降だ」
こうして、エリンと僕は武の厄災アルベルトの館に泊る事になった。
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