-6- 平行線
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「……はぁ」
ギドがこれまでに習得した一千十四の術技。その中でも特に使う頻度の高いスキルとして格闘スキル【瞬歩】がある。
先日岩トカゲを倒した時も、“睡蓮の絆”のニーナのピンチを救った時もこのスキルによるものだった。その効果はもちろんながら、起動のための予備動作がほとんどないことも用途の幅を広げる要因になっている。
視界に映る景色が一瞬で後ろに流れていくのを目の端で捉えながら、どうすればアルテカに自覚させられるだろうかとギドは思案する。何せあの調子ではいつまで経ってもこちらの望む状況にはなりそうにない。
ヌシの頭がこちらを向いたため、「とりあえず無力化してから考えますか」と一度思考を中断。そのまま小瓶をヌシの口に放り込もうとして、ギドは目の前に迫る巨大な壁に気が付いた。咄嗟に横に飛び退いて躱し、地面を転がりながらその正体を確認する。
それは壁ではなく、足。
ヌシの前足であった。
「その図体の割に随分反応が良いですねえ」
本来岩トカゲというのは鈍重でこの速さに対応できる魔物ではない。これが“特異体”の力なのかとギドがヌシを観察していると、元々普通の岩トカゲの様だった土色をしたヌシの体表が不気味に赤黒く光っていることに気が付く。
―――グギャァアアァァアアアアアアア
その光に警戒を強めていると先程までのゆっくりとした動きが嘘だったかのようにヌシは激しく暴れ出した。
嵐のように振り回し、森を破壊するヌシの足。それを【瞬歩】で躱しながらギドはその対策を考える。
ヌシの体に何が起きているかは一先ず置いておく。それよりも問題なのは【投擲】を使って小瓶をヌシの口に入れるには【瞬歩】を一度解除して一時的にでも立ち止まる必要があるということだ。
今の状況でそんなことをすれば、止まった瞬間に地面の染みになるだけだろう。小瓶を放り込む隙ができるまで粘るのが上策か。
そう考えている間にも近くを通り過ぎる強烈な風がギドの余裕を段々と奪っていく。ヌシは徐々にギドの速さに慣れてきているようであった。そのことに対してギドは――――笑った。
「これは予想以上の想像以上。面白くなってきましたねえ!」
ギドはヌシから距離を取り、小瓶を持っていない片方の手を上に掲げる。
「猛き闘争を好みし偉大なる皇帝よ……傾国の英雄となりて……汝の前に立ち塞がりし全ての敵に紅蓮の災禍を呼び起こせ……
―――赤魔法【救災豪火】」
頭上に出来上がる人を飲み込むほどの巨大な火球。渦を巻きながら顕現したそれは、まるで太陽のような輝きでクック緑林の最奥を照らした。
「これならどうです」
上級赤魔法【救災豪火】。
文字通りの高火力魔法だが、一つ間違えると木に燃え移り山火事へと発展するためギルドから森での使用を禁止されている魔法でもある。しかし今の興奮したギドの頭にはギルドへの言い訳も、後処理の苦労も、欠片すら浮かんではこなかった。
生み出された火球はまるでそれ自体が意志を持っているかのようにすれすれで木々を避け、ヌシのその顔面へと直撃した。
次の瞬間、強烈な爆発音が辺りに響き、視界一杯に赤色が広がる。
発生した爆風とまき散らされる熱がギドの顔を熱くし、それが手ごたえを実感させた。
「ギド!まだだ!」
突如聞こえてきたその声に反応し、ギドはすぐにその場から飛び退く。
視界を覆う煙。そこから凄まじい勢いで飛び出してきたヌシの頭がさっきまでギドが立っていた地面を削り、そのまま背後にあった木を薙ぎ倒した。
まるで災害のように猛威を振るうその化物の姿をギドは視界に捉え、驚愕する。
あの魔法の直撃を受けても無傷。
不気味な赤黒い光も消えていない。
通常の魔物とは比べ物にならないほどの魔法に対する耐性と異様なまでの身体能力の向上。
これが“特異体”。
複数のクランを単独で壊滅させる怪物の力。
ギドは久しぶりに自分の命が戦いの天秤に乗っかる感覚を思い出し、乾いた唇を舌で舐めた。
「大丈夫か!ギド、返事をしろ!」
アルテカの焦りが混じった声。先ほどの叫び声もアルテカだったようだ。ギドが意識をそちらに向けるとアルテカの場所からは土煙で状況が見えていないようだった。
ヌシの熱を探知する目にかかればこの煙で覆われた視界の中でもアルテカの存在ははっきりと見られているはず、そうギドが予想した瞬間、ヌシは正確にアルテカへと向き直る。
「これは少し拙いかもしれませんねえ」
ヌシは首を低くして今にも突進するような態勢になる。僅かに煙が晴れてその狙いが自身であることを理解したアルテカはすぐにその場を離れ回避しようとする。が、移動系スキルが無いことによりおそらく追いつかれてしまうだろう。何か方法は……そう一瞬の間に思考を巡らせていると視界の端で未だに呆けているアッシュを捉える。
「アッシュさん。その盾貸してもらいますね」
「お、おじさん!?」
盗賊スキル【強奪】。効果は対象の装備を盗む。
ギドの手にアッシュの盾が瞬間移動した。
「あまり叫ぶのは得意ではないのですが……」
ギドは盾を構え、腰を落とし、叫ぶ。
「おおおおおおおおおおぉぉぉおぉおぉおおおおおぉおお!!!」
盾スキル【挑発】。
見えない力がヌシへと届く。
ゆっくりとヌシの顔がこちらを向いた。
「アッシュさんが使っているところを見ていて良かった。でなければ忘れていましたよ。このスキルの使い方」
ギドは内心でアッシュに感謝しつつ盾をその場に捨て、ヌシに向き直る。
「さあて。ここからどうしましょうか。あれで駄目なら手数で押しても中々決定打には……」
「ギド!」
呼ばれた声の方を見る。
「どうにかあの小瓶を口に放り込め!そうすれば、私が何とかしてやる!」
「アルテカ……はは、私がときましたか。どうやらやる気は戻ったようですねえ。それにしてもどうしたんですそれは。ヌシと同じ、赤い靄?」
アルテカの体から立ち昇る赤黒い色をした靄。まるでヌシが暴れ出した時に光り出した代表と同じような色。
ギドはその現象に驚きつつ、それよりもアルテカが戦う気になっていることに少し心を躍らせた。
「頼りにさせてもらいますよ」
「いいから集中しろ!来るぞ!」
その言葉と同時。ヌシはギド目掛けて突進を開始した。
一歩進む度に地震のような揺れと力で地面がめくり上がる。
瞬間、ギドの見る景色がスローになってゆっくりと流れ始めた。
走馬灯、では断じてない。
昔から集中するとこうして周りの景色がスローになることがあった。これもそれと同じ現象だろう。しかしここまで集中したのは実に久しぶりで“2z”に所属していた頃の記憶が蘇ってくるようだった。
―――はぁ。理解っていないな。ギドよ。私の魔法を真似できないのは、何もお前に才能が足りないからではない。探求が足りないだけだ。魔法使いとは魔法が発動できてまず三流。実戦で使い熟してまだ二流。自分だけのオリジナルを見つけてようやく一流。真似ばかりのお前じゃまだ浅いんだよ。……あ?私?馬鹿を言うな。私が一流なわけがあるか。
―――私は超一流だ。この戯けめ。
昔、“2z”のクランメンバーで『災害』の名で呼ばれていた双子の魔法使いの片割れの言葉をこのタイミングで思い出す。
「今の今まで彼女の妄言だと思って忘れていましたが、なるほど。確かにあっしの魔法は浅かったようだ。
―――今度会った時には超一流の条件も聞いておきましょうか」
ギドの右手に魔力が滾る。
「詠唱とは魔法の体系化を目指した先人の創り出した相伝の技術。つまり元来魔法とは無詠唱が始まりでもっと不安定なもの。あっしのコレもそう。効率は悪く、無駄も多い。ただ今はこれでいい。やりたいことだけはできそうですから」
魔力の色が赤から青、黄、緑とまるで虹の様に移り変わる。
「虹魔法【大旱雲霓】」
七色の光の帯が無数に絡まって迫るヌシの体に突き刺さる。
すると徐々にその突進の勢いが弱まり、まるでもう足を持ち上げることができないかのようにヌシはギドの目前でその動きを止めた。
一瞬の停滞。睨み合うギドとヌシ。
しかし次の瞬間、ヌシの立っていた地面が砕け、まるで自重を支えられなくなったかのようにその壁と見紛うほどの足が折れる。
「背中の岩まで巨大だったのは些か拙かったですねえ。今のあなたはきっとこの世界で誰より重い」
自力でバランスを取れなくなったヌシが叩きつけられるように地面へと沈む。それが衝撃波となって辺りに土煙を巻き起こした。
しかし刺さっていた虹色の帯もその衝撃によって粉々に砕ける。
「やっぱりまだ不安定みたいですねえ」
倒れていたヌシが自由になり怒り狂ったように咆哮を上げようとする直前、その開いた口の奥へと小さな瓶が飛んでいく。
―――スキル【投擲】。
「今です、アルテカ!」
アルテカは赤い霧を体に纏いながら詠唱する。
「漆黒の紋章……顕現するは邪神の手……束縛する凶狂の檻……地を這う愚者に永劫の後悔を与えよ……!
―――黒魔法【堕落の縄】」
ヌシの体内に取り込まれた小瓶。それを媒介にアルテカの魔法が発動する。
するとヌシの体から大量の黒縄が出現し、次第に体中に巻き付いていく。
「上手くいったようですねえ」
雁字搦めにされたヌシはすでに一歩も動けなくなっている。
黒魔法【堕落の縄】は本来そこまで強い魔法ではない。しかし込められた魔力量があまりに多く、それがヌシの力を抑え込んでいるようであった。
しかもヌシのあの赤黒い体表はどうやら外からの魔法に耐性があっても内側から発動した魔法には無抵抗のようでもある。
奇跡的に噛み合った偶然が、この結果に繋がっていた。
ギドは何とか捕獲できたヌシから目を離し、功労者であるアルテカを探す。
そして木を背にして座り込むアルテカを見つけ、その異変に気が付いた。
アルテカは自分の胸の辺りを手で抑え、息も荒く、表情も苦しそうで、そして何より
―――未だその体には赤い靄が覆われていたのである。
「アルテカ。今のあなたの状態はその赤い靄が原因ですか」
「はぁはぁ。分からない。あの“特異体”が暴れ出したらいきなり私の体から……っく。よくある魔力の枯渇とは……はぁはぁ……おそらく違う。これは“特異体”特有の何かだ」
ギドはその場でアルテカの体から立ち昇る赤い靄を観察する。
「アルテカ、落ち着いてよく聞いてください。その赤い靄はおそらく魔力です。色は赤魔法を発動する時と似ていますが、実際には魔法は発動していない。つまりただの魔力の状態で、こうなっているようです。ヌシの魔法耐性が高かったのもこの魔力を纏っていたことが原因でしょう。そして体から放出されているということは体内でこの魔力が生成され続けているということ。生成魔力過剰症の患者の症状と似ています。一度この特殊な魔力を消費しないと体がもちません」
「……なる、ほどな。だがさっきの黒魔法では……この魔力が消費された感覚は……なかった。何か別の方法で……」
そこまで言ってアルテカが目を見開く。
「まさか……」
―――悪運か?
アルテカは自身の悪運によってこの魔力が消費できる可能性に気が付いた。
「思いついたことがあるのであれば、早く実行したほうがいいかと。そのままだと死んでしまいますよ」
「死、ぬ?」
数秒ギドの目を見つめていたかと思えば、アルテカは狂ったように笑い出す。
「あははははは。そうか。そういうことか!熟々この力は私が嫌いなようだな!」
「どうかしたので?」
「ギド、一つ質問がある。お前は私に生きていてほしいか」
「それはまあ、死んでしまうよりは。何です。ここで死にたいんですか?」
ギドの理解できないといった表情を見てアルテカは苦笑を漏らす。
「……過去私はただそこに在るだけで、周囲の人間を不幸にしてきた。親、兄弟、故郷にいた他のヴィルク族、そして師匠。数えればキリがないほどだ。
―――そして今ギドをそうしようとしている。なあギド。お前はそれでも私に生きていてほしいのか?」
アルテカは今、選択肢を与えられていた。
悪運を発動させ、自らの意志で不幸をまき散らす未来。
悪運を発動させず、ただ自分だけが死ぬ未来。
アルテカの体から溢れる赤黒い魔力は過去類を見ないほど高まっている。
これを全て消費して悪運が発動すれば、何が起きるかはアルテカにも想像がつかない。
ただその結果の悲惨さだけは予想ができた。
だから犠牲を増やさないためにアルテカはギドに自身の死を望んでほしいと願った。そうすれば死ぬ勇気が持てるからと。
しかし、この時のアルテカはまだ理解できていなかった。
ギドのことも。
そして―――自分自身のことも。
「誰だって自分が不幸になることなんて望んでいない。だって私自身がそうなのだから。ギドは師匠以外で初めてこの力のことを知って尚、離れようとしなかった珍しい奴だ。でもそんなお前ですら分かり切った不幸を許容することは生物としてあり得ない」
「まあそうですねえ」
「だから。そうだな。つまり何が言いたいのかと言えば
―――お前が私に死んでほしいのなら、私はここで死んでもいい」
アルテカは徐々に限界が迫る自身の体を他人事のように感じながらギドからの返答を待つ。
しかし一方でギドはアルテカのその言葉と浮かべている表情との矛盾に困惑の表情を浮かべた。
「いや、普通に生きていてほしいですが。というか助かる方法があるならさっさとしてください。話している余裕なんてないでしょう」
「……いやすまない。強がった。死んでもいい、のではない。今ここで死にたいのだ。そのための勇気がほしい」
「うーん」
ギドはアルテカの言葉の意味を理解しようと頭を働かせる。
「よく分かりませんが、誰かを不幸にするのが嫌だから今ここで死にたいということですか?別にいいじゃないですか。人間生きていればそんなこともあります」
「……その不幸が誰かの死でも?」
「はぁぁぁぁ。これ以上失望させないでくださいよ、アルテカ。あっしがあなたに認めていたのは魔法の才能でも、ましてやその自己犠牲的な精神なんてものでもない」
アルテカは霞む視界でギドの蒼白い瞳を捉え、そこでようやく気が付いた。
「他人を犠牲にしてでも自分が幸福になるという我の強さです。そんなあなただからこそその力は最大の効果を発揮する。あっしのこの退屈も紛れるってものです」
ギドは最初からアルテカの悪運にしか興味がないことに。
「ば、馬鹿じゃないのか。そんな自分勝手なこと……!ぐぅぅぅうう。ま、ずい、限、界が……」
体から噴き出す赤い魔力がその勢いを増していく。
死。それがアルテカの脳裏にちらついた。
死ぬつもりだった。本気だった。
でも生きていてもいい理由があるのなら、もう自死なんて選べない。例えそれがイカレた男の意味の分からない自分勝手な理屈でも。
まだ死にたくない、とアルテカは無意識に望んだ。望んでから、望んでしまったと後悔した。
そのアルテカの想いに答えるように、身体から溢れ返るこの赤い魔力が別の現象へと変換されていく。
能動的に使ったことは今までにない。だがそのやり方だけは不思議と理解できていた。
―――【悪運】、発動。
静まり返る森の中。
ギドはアルテカの体からもう赤い靄が消えていることに気付いた。
「まさか本当に死んでしまいましたか?」
「……ギド」
「お、良かった。ちゃんと生きてますねえ」
「どうして死なせてくれなかった」
「アルテカが生きたいと望んだからでしょう」
「それは…………だがお前が背中を押してくれればきっと私は死ねた!その覚悟があったんだ!」
怒りをぶつけるようにアルテカは地面に拳をぶつける。
「……あっしが何を言ったところで無駄だったと思いますけどねえ」
「何だと?」
「だってあなた、死ぬ覚悟なんてしていない顔つきでしたよ」
アルテカは思わず自分の顔を隠すように手で覆う。
「いや、そんなはずがない。私は本気で―――」
「おそらく私が何を言ったとしてもあなたは生きようとしたでしょう。それこそ【悪運】が勝手に発動して自分を生かした、などとその時は別の言い訳を考えたはずだ。そもそもあなたが本当に他人への迷惑を考えて死ぬつもりがあったのであれば、人の多いベルベリアにまでやってくるはずがない。ましてや誰かを頼ったり関わったりするはずもない。人のせいにしたいならすればいいと思いますが、間違いなくあなたは最初から他人を不幸にしてでも自分が助かりたいと願っていました」
いつもと変わらず胡散臭い笑みを浮かべるギドをアルテカは呆然と見つめる。
「私が……望んだ?」
「ええ。これまでの不幸が全てかは知りませんが、あっしにはアルテカが【悪運】を望んで使っているように見えていました」
「う、嘘だ!何を根拠にそんな……!」
「……まあ別に信じなくてもいいですがねえ。
―――でも、少なくとも“睡蓮の絆”を巻き込んだのはあなたの意志だったでしょう?」
どくんどくん、とアルテカの心臓が鼓動を早め、呼吸も徐々に荒くなる。
しかし今度はそれらが【悪運】による影響ではないことをアルテカ自身が誰よりも理解していた。
「あれ、は……実力があるクランだとお前に聞いたから……」
「言っては何ですが、あっしの実力があってまだ足りないのであれば、若手の中で優秀とはいえ彼ら程度、いくらいても結果は大して変わりません。だから最初にあっしは彼らの同行を拒んだ」
「そんなこと……知らなかった」
「本当に?……もう自分を騙すのはやめませんか?嵌めたんですよ。あなたは。“睡蓮の絆”という何の関りもない相手を、あなたのお上手な演技で」
「違う」
「肉壁にでもしようとしたんですか?それとも……ただのやっかみ?」
「……」
“睡蓮の絆”の四人がお互いに信頼を寄せている昨晩の光景がフラッシュバックする。
あの時、私は何を考えていた?形容しがたい感情が浮かんではいなかったか?
【悪運】の使い方が不思議と理解できる?それは何度も使ったことがあるからではないのか?
そう思い至った瞬間これまでの自分を構築していた形のない何か、それの崩れていく音が確かにアルテカには聞こえた。
それが今まで無意識に避けてきた責任がついに私自身という虚飾を壊した音だと理解したのは、少し時間が経ってからだった。
「……私がそう望んでいた、なんて、考えたことも……」
「そこです。そこをあっしも読み違えていた。てっきりアルテカは自覚していると思っていたんです。まさか無自覚だったなんて。そうと分かっていれば最初から……」
ギドは「いえ、まあ今更の話です」と肩を竦める。
ふとアルテカは気になった。
どうしてこの男はそこまで分かっていながら付いて来たのか、と。
「あっしの目的ですか?最初から言っていましたよ。その力に興味があるとね」
「そんな……馬鹿なこと」
「ところで相談なんですが」
ギドは何でもないことのように提案する。
「自身の力のことを理解したのであれば、それをあっしに使ってみてくれませんか」
「……お前は何を言っている」
「狂っているのか」とアルテカは吐き捨てた。
「狂人だなんて人聞きの悪い。あっしはただ天才なだけで」
「似たようなものだろう」
「ははは。これは一本取られました。確かにその通り」
皮肉も通じないのだから質が悪い。
だがその我を通すような生き方はアルテカにとって共感に近い感情を抱かせた。
「……そうか。お前は誰よりも自由なんだな。自分以外の全てが路傍の石。ククク。そう考えられていれば私もお前の様になれたかもしれない。現実から目を背けることもなかったかもしれない。ああ、私はお前が―――「本当にそう思いますか」
羨ましい。
そう後に続くはずの言葉はギドの表情を見たことによって止められる。
「見ただけ大抵のことはできるようになる。それがスキルだろうが、魔法だろうが、他の技術だろうが。何でも。他人ができて自分ができないことはなく、練習した回数ですら両手で数えられる程度。努力する必要がない。苦労するという意味が分からない。きっとそんな才能を持って生まれた人間は、人生はなんて楽勝で、なんて
――――――つまらない、と思ったでしょうねえ」
その言い草は退屈で死にそうだと言わんばかり。
誰もが欲しがるものを持ったギドは誰もが持つものを欲しがっていた。
その瞬間、アルテカはギドという男の本質を少しだけ理解した。
「国一番のクランに入っていた時はまだ楽しめました。しかしそのクランも解散して本格的にあっしは暇になった。夢の話がありましたよね。あっし、実は夢なんてないんです。特にやりたいこともなく、行きたい場所もない。毎日場末の酒場で酔えない酒を呑む退屈な日々。そんな時、あなたが現れた」
酒場での出会い。
あれこそが運命だったのかもしれないとギドは思っていた。
「あなたの力があれば、あっしはようやく人生を苦悩することができるかもしれないと思いました。期待としてはそこまででしたが、それでも退屈しのぎにはなるでしょう、とね」
「まさか……わざと見逃していたのか!私が不幸をまき散らすことも、それに他人を巻き込むことも!」
興味がある。
そう言っていたギドの真意をアルテカはようやく理解した。
興味があるのは力そのものではない。
その力によって引き起こされる事象にこそあったのだ。
「だからアルテカ。あなたにあっしを気遣ってもらっては困るんですよ」
「ふざけるな。どこまで身勝手なんだ。お前は分かっていない。この力がどういうものかを……!」
「これまで無自覚だったあなたがそれを言いますか」
アルテカはギドの苦悩を理解はしたが、納得はしなかった。
ギドはアルテカの辛苦を最初から理解するつもりもなかった。
よって両者の主張は平行線。
現実とは逆に、その距離が近づくことはないまま時間だけが過ぎていく。
「ふ、二人共!無事なの!?ヌシは!?!?」
するとどこかに隠れていたニーナがこちらへと駆け寄ってくる。
その顔はまだ恐怖に歪んだままであったが、ヌシが暴れた時と比べればまだマシであった。
「ニーナさん。無事だったんですか。でも話はあとにしてもらえませんか。今はそれよりもアルテカに話が…………アルテカ?どうしました?」
アルテカはじっとヌシを見つめている。
「“特異体”、小さくなってないか」
「え?」
言われてギドもヌシを見てみると、最初見た時は木よりも高かった背中の岩が今では半分程度まで縮んでいた。
「本当ですねえ。どういうことでしょう」
「まさか“特異体”としての力を失っているのか!?」
「“特異体”って?……あ、ちょっとアルテカちゃん!」
アルテカを追いかけると、さっきまで瀕死だった体とは思えない速さでヌシへと駆け寄り、拘束していた魔法を一部解いてその状態を観察していた。
「これは……“特異体”としての何かが失われて元の岩トカゲへと戻っている?つまり“特異体”とは先天的なものではなく、後天的な何かだったということか」
「興奮しているところ悪いんですが、死にそうですよそれ」
「何だと?」
徐々に弱るヌシ。
ヌシの大きさが普通の岩トカゲ程度にまで小さくなるとヌシの動きは完全に停止することになった。
もう二度と動き出すことはない。永遠の停止である。
アルテカは今度こそ完全に魔法を解いた。
「……」
「“特異体”の力が消えたのも、生成魔力過剰症によってもうすぐ死ぬからだったみたいですねえ。……どうしました、アルテカ。何か発見でもありましたか?」
「どうしてそう思う」
「それは……だって笑ってますから」
アルテカは手を口元に当て愕然とする。
「……私はまだ生きようとしているのか」
「もう正直になったらどうです。自分を自分で否定するものではありませんよ」
「だがこれは……この生き方は普通ではない」
「では普通が自死を選ぶことですか?」
「……それは」
―――バチュン。
次の瞬間、何かが弾けたような音が辺りに響いた。
「危ないですねっと!」
何が起きたのかを確認するよりも先に、ギドは高速で飛来する何かがアルテカに当たらないように格闘スキル【手刀】で弾く。弾いた何かは近くに来ていたニーナの方へと転がり、止まった。
「今度は一体なに、が………………はえ?」
目の前に転がってきた何かを見つめて、呆けるニーナ。
それは、石なんてものではない。
それは、ニーナにとって見覚えのある人間の頭部。
“睡蓮の絆”のクランマスター、アッシュの頭であった。
2023/8/25 この話を修正して投降し直しました。




