-5- ヌシ
-1-
そして明朝。
クラン“睡蓮の絆”のフェリアとスレイの二人は、彼らがここに来るまでに使ったクック車でベルベリアまでとんぼ返りし、一方それを見送ったギド、アルテカ、そして残りの“睡蓮の絆”であるアッシュ、ニーナの四人は、クックの群れが待つ森の中へと進んでいった。
日は昇っているはずなのに、霧がかかっているせいで未だ薄暗いままのクック緑林。そんな場所を歩き続けてしばらく過ぎた頃。がさり、がさりと何もいないように見える場所から何かが草を踏みしめる音が聞こえてきた。
しかしギドはそれに対して驚くこともせず、姿の見えない何かにぶつからないように少し距離を離し、とはいえ離れすぎないよう聞こえてくる音に神経を注いだ。このストレスが溜まる行程に「どうしてこんな面倒な方法を選んでしまったんですかねえ」とギドは少し前の自分の提案を後悔する。
今、四人の体は“睡蓮の絆”が持って来ていたロープで繋がっている。多少長さに余裕があるとはいえ、茂みなども多いクック緑林の中を他人と繋がれたまま進むというのはかなり集中を強いられるものであった。
わざわざこんな状態で進む理由はギドのスキルにある。
元々隠密スキル【迷彩】は自分を他人から見えなくするというだけの効果でその対象を選択できない。ではその効果を無理矢理他人に付与するとどうなるか。正しく今起きているような、お互いの姿が一切見えないという状況になってしまうのである。ただでさえ視界の悪い場所でお互いの場所が視認できないまま進めば、遭難することは間違いない。よってそのための苦肉の策としてこのロープ作戦が採用された。
しかし紐で繋がっているとはいえ、その紐すらもスキル効果の範囲内。そこにいることは感じられても、お互いが見えないことには変わりない。気を抜けば不気味な森の中を一人で進んでいるような感覚に陥ってしまう。
そのためか最初はあれだけ余裕を見せていたアッシュもここに至っては口数も減り、周囲の警戒に神経をとがらせている、と思う。見えないから確信はないが多分そうだろう。しかし逆に一人だけ口数が増えた人物もいた。
「あの……ギドさん。そこにいますか」
声のする方向を向けば蜃気楼のように景色が揺れている。
「……はい、今度は何ですか。ニーナさん」
「さっきから歩くときに音を抑えられていません。もっと慎重にお願いします」
森の中に入ってからギドはこうした注意をすでに何度もニーナから受けている。最初は笑って聞いていられたが、回数が増えていくにつれてその笑みが引き攣るようにもなってきた。
「うーん。あっしは斥候が本職というわけでもないですし、茂みが多い場所なので多少は大目に見てほしいですねえ。あと慎重に行動することばかりに集中すると今日中にヌシを見つけられなくなりかねません。そちらの方が避けるべき問題では?」
「それは……そうかもしれませんが」
「今はなぜかクックや他の魔物も周囲にそれほどいませんし、このままでも問題はないでしょう」
「……でも!」
「ニーナ」
理路整然と説明したところで、どこか苛立っている今のニーナ相手では納得までは得られない。
ほとほと困っていると今度は別の場所からニーナを呼ぶ声が上がる。
「……アッシュ」
「そこまでだ。おじさんはおじさんのできることをやってる。さっきからニーナの言っていることは自分の不安の押し付けだよ」
「うっ、そんなつもりは」
意外にもアッシュからは強めの指摘が入り、ニーナがいる場所の景色の揺れが大きくなる。
「……すみませんでした」
「僕からも謝罪を。ニーナもこういった状況に慣れていないだけで悪気があるわけじゃないんです」
「そんな気にしないでください。ニーナさんくらいの歳ならそんなものでしょう」
「ありがとう、おじさん。……でもすごいな」
「何がです?」
「かく言う僕もちょっと緊張してるのに、おじさんはまだまだ余裕そうだ。どうしてそんな変わらずにいられるんです?全員分の【迷彩】スキルだってもうずっと使い続けているのに」
「理由をお教えしてもいいですよ」
「是非。それは一体?」
「ずばり才能、ですねえ」
「……」
「おや。急に静かになって。大丈夫ですか?」
「おい。代わりに私が殴ってやろうか」
「は、ははは。いやですねえ。今のはあっしなりにアッシュさんの緊張を解そうとした冗談ですよ、冗談。そもそもアッシュさんは才能がありますからそのうちこういう状況にも慣れるって言いたかったんです」
―――まあ、それまで生きていればの話ですが。
そう後に続きそうになった言葉をギドは寸前で飲み込んだ。
「そうだ。どうせ何か話すならもっと明るい話にしませんか。ニーナさん。それにアッシュさんも。あっしとしてはそっちの方がまだ気が紛れるというものなんですがねえ」
「ギドさん。流石にこんなところでそんな油断するような真似は……」
「あはは。いいじゃないか。ニーナ。おじさんの言う通りこの辺りは魔物の数も少ないみたいだし、少しくらい気を抜いても大丈夫さ」
「……アッシュがそう言うなら」
器の大きいクランマスターから許可が出たところでさて何を話そうかとギドは話題を考える。
「定番ですが、“睡蓮の絆”のクラン結成話なんかどうでしょう」
「はは。そんな話で良ければ僕からいくらでもさせてもらいますよ」
意外と会話に乗り気なアッシュは「まずはそうだなあ」と言って自分の過去を語り出した。
「今のクランメンバーの四人は元々小さい頃に首都シリルで出会ったんです」
「ほう。所謂幼馴染ですか」
「ええ。とはいえ当時はまだ仲が良いわけでもなかったんですが、ある出来事を切っ掛けに全員ベルベリアの方へと引っ越しまして、それから話すようになりました。僕はもうその頃にはクランを作ることを目標にしていたので、こうして皆を誘って“睡蓮の絆”を作ったわけです」
「全員がベルベリアに?偶然、ではないですよねえ。あなた方が子供の頃というと……」
「流石に分かりますか。お察しの通り、あの首都シリルを襲った魔物の超大量発生がその切っ掛けです。当時は結構な数の住民が難民となって別の街へと逃げ出しましたが、その中の一人なんですよ。僕や皆は」
昔を懐かしむようにアッシュは語る。
間違いなく明るい内容ではなかったが、なぜかそこには辛い過去を話しているような様子はなかった。
「大変だったんですねえ」
「大変、ではあったとは思います。当時は僕達みたいな人がたくさんいて、そんなことを考える余裕すらなかったですが、今にして思えば皆その日を生きるために必死で、今より断然犯罪も多かった。まあそれでも犯罪が起きるだけマシではあったんですよ。おじさんは故郷から逃げた人達がどういう気持ちでいたか想像できますか」
「ふむ。自分だけは生き残ってやる、とかですかね」
「はは。そう言えたらまだ格好がついたんですがね。……実際はいずれ追いつく死に、皆ただただ恐怖していただけでした。シリルを飲み込み、それでもまだ足りないと逃げた僕達を追いかけてくるかもしれない魔物の群れに、いずれ全員食い殺されると怯えていたんですよ。それはもう子供ながらにこの世の終わりとはこういうことかと思ったほど、絶望した日々でした。
―――でも逃げ出した僕達とは違って、立ち向かった人達がいたんです」
ギドは何となくこの後の話の展開が読めてきて、この話題を選んだことを後悔した。
「まあ有名な話なのでご存じだとは思いますけど、伝説のクラン“2z”。故郷を守ってくれた英雄達。僕はあの人達に憧れているんです」
「……」
思わず誰にも見えていない顔を手で覆う。
「へえ。そうかそうか。だそうだぞ、ギド」
「……アルテカ。余計な事を言わないように頼みますよ」
アルテカにだけ聞こえるように心底面倒そうな声色でギドは呟いた。
「どうしました?おじさん」
「いえ、何でもありませんよ」
するとただ黙って話を聞いていたニーナも余裕が出てきたのか。
徐々に話に参加してくる。
「ちなみにアッシュの夢は“睡蓮の絆”をあの伝説の“2z”のようなクランにすることらしいんですよ。流石にちょっと大きすぎる夢だと思いませんか?」
「そ、そうですねえ。まあ夢なんですから本人の好きにしていいとは思いますよ」
「いやあ。はは。そう言ってもらえると嬉しいなあ。ありがとうございます」
アッシュの少し照れている様子にギドは体が痒くなり、アッシュにだけは元クランメンバーであることを絶対に、何としても気付かれないようにしようと内心誓った。
「じゃあ今度はそうだな。アルテカちゃんの夢を聞かせてくれないか?」
「私か」
アルテカは自分に振られるとは思っていなかったようで少しその声が跳ねていた。
「……私の夢はこの復讐を終わらせることだ」
「終わった後は?何かしたいことはない?」
「終わった後、か……」
ギドはこの時、このアルテカの困惑した声色が本当か嘘か、分からなくなっていた。
アルテカの悪運。その呪いとも言える力が消えればアルテカはただのヴィルク族の少女に戻ることになる。普通に生活し、普通に仕事でもして、普通に好きな人でも見つけることだろう。そうなった時、アルテカは一体何を目指すのか。ギドはそこまで考えて、それでも興味がない自分に気付いて苦笑する。
「もしまだ思いつかないなら考えておいて。アルテカちゃんの人生はまだまだこれからなんだから」
「……そうかもな」
アルテカの表情は【迷彩】の効果によって見えていない。
それでもその躊躇いが混じった答えには何か感情が含まれているような気がした。しかしそれが何を意味するのかをギドだけは理解できない。
ニーナのようなアルテカに共感できるほどの若さか、あるいはアッシュのようなわざわざ仲間の緊張を解すためにこちらの話に付き合う度量でもあれば、もしかしたら理解できたのかもしれない。
「ちなみにニーナさんの夢はどんなものなんです?」
「私ですか?でも私の夢ってアッシュと同じようなものだからあんまり話すことも……」
「ニーナの夢はガーディアンクランになることらしいんだ」
「ほう」
「ちょっとアッシュ!勝手に……!」
「ガーディアンクランとはなんだ?」
「……え、もしかしてアルテカちゃんは知らないの?ガーディアンクランのこと」
「これでも最近まで人の少ない田舎で暮らしていたからな。あまり都会の事情には詳しくないんだ」
ニーナはアルテカのその答えに一瞬「ん?」と疑問を感じたような声を上げるが、そのままガーディアンクランについて説明する。
「ガーディアンクランっていうのはね。人民の守護をウルヴァースの王様から任せられたとっても強いクランのことなの。都市ごとに代表となる一つのクランが選ばれて強い魔物や普通のクランじゃ対処しきれない悪い奴らからその都市に住む人を守るのが役目」
「ほう。それはどうやったらなれるものなんだ?」
「それはクランとしての実績が第一かな。毎年一度、その年の最も活躍していたクランにガーディアンクランの更新がされるの。それこそ“2z”のような活躍をして、ようやく候補に挙がるレベル」
「候補ということは、最終決定は何で決まる?ウルヴァース王の決定か?」
「ううん、候補に挙がるまでならともかく推薦とかコネとかでガーディアンクランは決まらない。候補クラン同士が直接対決していってその勝者、より強いクランに任せられることになるの。だからこそガーディアンクランは最強のクランと言われているのよ」
「しかも毎年シリルではそのガーディアンクランの決定トーナメントがお祭りになって盛り上がるんだ。そのトーナメントの知名度は高いし、出るだけで偉い人からの仕事もどんどんくるようになるから、どこのクランも候補に選ばれようと必死さ」
「なるほどな」
「首都シリルのガーディアンクランは流石に難しいけど、ベルベリアのガーディアンクランにならいつかって、それが私の夢なの……まだまだ全然実力不足だからこうして誰かに言うのも恥ずかしいけどね」
頬を掻きながらニーナは苦笑する。
「どうしてシリルだと難しいんだ?」
「それは今のシリルのガーディアンクランが歴代最強って言われているからさ。それこそ“2z”よりも強いって噂もあるくらいにね」
「それはすごいな」
その噂に関してはギドも聞いたことがあった。何でもドラゴン種を専門に狩っていたクランで、所属する全員がドラゴン種を単独で狩ることができるほどの武闘派集団。確かクラン名は……
「“灼熱天”ってクランだよ。聞いたこと無いかな」
「……“灼熱天”。そういえばギルドの施設で聞いたな。ここのヌシ討伐依頼を出そうとしたとかで。あっさり断られたらしいが」
「私達も見たことないし、こっちではあまり活動していないんじゃないかな。確かにクック緑林はシリルからも割と近いから依頼するのはおかしくないけど、普段はベルベリアのクランがこうして管理してるわけだし、そういう面子とかも関係してそう」
「となると早々会うこともないか」
「……」
“灼熱天”のクランマスターは単体戦力として歴代最強とまで言われている怪物らしく、ギドとしても興味があった人物の一人だ。だが実際に会うには立場やら金やら伝手やらで七面倒臭い手順を踏まなければならず、ギドもそこまでする熱意があるわけでもなかったため未だ会うには至っていない。しかしアルテカと共に行動を続けていればその現代最強のクランとやらも無関係のままではいられないのではないかという期待が脳裏を過り、自然とギドの口元には笑みが浮かんだ。
「ところでおじさんはどんな夢を?」
「おお!嬉しいですねえ。あっしにも聞いてくれるんですか」
「当たり前じゃないですか。皆興味津々だと思いますよ」
「私は興味ないぞ」
「ええと、私もそんなにかなぁ……」
「は、はは」
正直な女性陣の言葉に苦笑するアッシュだが、気まずいのはこちらである。
何とか別の話題をと焦るアッシュだったが、突然何かに気付いた様子で立ち止まる。
「皆、静かに。その場で止まって。何か聞こえる」
「残念だったな。ギド」
「えぇ……結局言わせてもくれないんですか」
アッシュの注意の後、音が聞こえてきた方向へ意識を向けると大砲の轟きに似た音が空気を振るわせていることに気付く。
「森の中だと音が反響して正確な場所が分かりませんねえ」
「多分。あそこだ」
おそらくアルテカと繋がっていると思われるロープが引かれ、そのままギドはある場所へと目を向ける。クック緑林の最奥近く、霧が晴れて見えてきたのは―――視界を覆うほどの巨大な岩石だった。唐突に現れた木よりも高いそれは、この森の中にあるには明らかな異物感があり、異様な雰囲気を漂わせている。
「あれの中に何かいるのか?」
四人は警戒しながら岩石の周りを移動し、しかし洞窟のような穴は見つけられなかった。これ以上調べようとすれば近づいて確認するしか方法はなさそうである。
「このまま近づいてみましょう」
アッシュの提案に三人は頷き、ゆっくりとその岩石に近づく。
一歩近づくごとにその音はどんどんと大きくなっていく。間違いなくこの岩石から響いてきているようであった。
「……?この岩、どこかで見たことがあるような……」
はっきりと見えてきた岩石の、その不自然に凹凸の多い形状や表面の質に対してアルテカは既視感のようなものを感じ、首を傾げる。
「どこで見たんです?」
「確か最近のことだったような…………あっ」
「何か思い出しましたか」
「ギド、お前も見たことがあるはずだぞ。具体的には一昨日」
「え。本当ですか。一昨日というと魔鉱夫組合のクック車で一緒に……」
そこまで思い出し、ようやくギドも岩石の正体に気付く。
ソレは一見石柱にも思えるような手足と頭を持ち、背中に岩を背負っている魔物であった。
動きはゆっくりとしているが、皮膚は固く力も強い。この辺りではよく見かける魔物。
「まさかこれは……」
岩トカゲ。
遠近感が狂ったような大きさだが、シルエットだけは昨日見たそれと同じであった。
ギドの背中に冷や汗が流れる。
「ようやく“特異体”を見つけたな」
アルテカは確信したようにそう呟く。
人が想像できる限界というのは、一度目にしたことがあるものまでと言われている。ギドはこれまで数多の魔物を見てきたが、その中での最大はドラゴン種の赤色龍。しかし今目の前にいるのはそれよりも更に倍はあろうという巨体であった。
いくら岩トカゲとはいえ、これでは人の手に余るどころではない。仮に森を出て街に現れるようなことがあれば、ベルベリアの若手クランが守る石壁程度は抵抗もなく破壊されてしまうことだろう。討伐指定も納得の存在感である。
ギドは小声でロープの先、アルテカがいるだろう場所へと声を掛ける。
「これを生け捕りって流石に冗談ですよねえ」
「……それでもやるしかない。いいからこの小瓶をあいつの口に放り込め。あれだけ口がでかいなら簡単だろう」
「えぇ……」
仮に生け捕りに成功したとしても、この巨体を持って帰ることなど不可能であるということは焦ったアルテカの頭にはすでになかった。
すると地面を擦る音が二つ、二人の背後から聞こえてきた。
「おじさん、何か分かりましたか?」
「あーっとそうですねえ。とりあえずお二人はこの場を離れた方が……」
「え?」
「おいギド、まずいぞ。あの“特異体”、こっちに気付いたかもしれん」
アルテカの言葉を聞いてすぐさま振り返ると、巨大岩トカゲの黄金色の瞳が【迷彩】で隠れているはずのこちらを静かに覗いていることにギドも気が付いた。
岩トカゲの特徴は岩への擬態の他にもう一つ。
あの特殊な目にある。
そこまで思考を巡らしたギドはお互いを繋げているロープを格闘スキル【手刀】で切断、発動していた【迷彩】を解いた。
「おじさん、いきなり何を!これじゃあ……!」
「すでに見つかっていますよ。アルテカ。岩トカゲという魔物は人と違って熱源を視認できる目を持っています。光を利用する【迷彩】では意味がありません」
「そういうことか」
「い、岩トカゲ……?まさかあれが岩トカゲってことですか!?」
アッシュとニーナはもう一度巨大な岩石を振り返る。
―――グウウゥゥウウオオオオオオオォォォォ。
先程から聞こえていた轟音が指向性を持ってこちらへと放たれる。
音の圧で吹き飛ばされそうになる体をそれぞれがその場に踏ん張って堪えながら、ようやく四人は先ほどから聞こえてきていた音の正体が岩トカゲの呼吸音であることに気付いた。
そして気の弱い者であれば心臓を止めてしまいそうなその音と衝撃は、恐怖を呼び起こすには十分なものであった。
「あれは……無理だ。僕達でどうこうできる相手じゃない」
「み、皆で逃げましょう。今ならまだ間に合う」
咆哮一つ。それだけでニーナはともかくアッシュまでもが戦意を喪失してしまったことにギドは気付いた。しかしそれも仕方ないとすぐに納得する。それほどの威圧感をクック緑林のヌシは放っていた。
「まあ、一旦落ち着いて。お二人はあっしらから離れていてください」
「……まさか、おじさん達は逃げないつもりですか!?」
「そんなの無謀よ!」
「そうとは限らないと思いますがねえ。あれだけ巨体といっても所詮は岩トカゲ。慎重にやれば問題はないでしょう」
「不可能だ……!」
たった数回の言葉を交わしただけで、アッシュとニーナの二人はギドに逃げる気がないことを察した。
一方でギドは完全に心が折れている二人から意識を外し、作戦の要であるアルテカの状態を確認する。
「アルテカ」
「ギド、途中で私の援護は必要か?」
「……はっはっは。そちらは大丈夫そうで安心しました。でもアルテカはそこで出番まで見ていてください。下手な連携の方が今は危険かもしれないですからねえ」
「わかった」
ギドは隣に立つアルテカの横顔を見つめる。
アルテカの表情はあのヌシの咆哮を受けて尚、俯くこともなく戦う意志を失ってはいなかった。
そのことに感心しつつ、ギドはアルテカから魔法の込められた小瓶を受け取ろうとするとその手が僅かに震えていることに気付いた。
「……アルテカ」
「ギド、いやこれは……」
ギドが気付いたことにアルテカも気付き、手を引っ込めて動揺を見せる。
「なんだ、隠していただけですか。怖いのであれば別に下がっていてもいいですよ。その小瓶に込められた黒魔法ならあっしにも使えますから」
「……っ!馬鹿にするな!死ぬ覚悟なら疾うにしている!……ただ、私の魔法で“特異体”を抑えきる確信がまだ……」
「死ぬ覚悟……?いや、そもそもどうして確信なんて必要なんです」
「どうしてってそれは」
「やってみる前から分かることではないでしょう。それに失敗してもいいじゃないですか。気楽にいきましょうよ」
「何を馬鹿な!私が失敗すればお前まで……!」
「え?」
今度こそ本気で驚いた様子でギドはアルテカを振り返る。
「……あぁ。そうかそうか。何かおかしいと思ったらそういうことですか。これは予想外ですねえ」
「……ギド?」
何かに納得したかと思えば、アルテカの手からギドは奪うように小瓶を受け取り、“特異体”の方向へと歩き出す。
ギドの違和感が残る態度に対してアルテカが何かを言う前に、ギドは「やる気が戻ったら早めに教えてください。でないとあっしが全て片付けてしまいますよ」と言い放ち、消えるような速度で飛び出していった。
アルテカはギドが何を考えているのか理解できなかった。しかし一瞬ではあったが、アルテカは見ていた。ギドがこちらを振り返った一瞬、その表情にいつもの胡散臭い笑みはなく、失望が入り混じった表情を浮かべていたことを。




