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-4- 睡蓮の絆

 -1-


「いやあ、おじさんには助けられました!本当はこちらが助けようとしていたのにお恥ずかしい限りですよ!」


 先程まで大量のクックを相手に一歩も引かずに打ち合っていた盾持ちの男、アッシュは溌溂とした声と好青年らしい態度でその戦士としての実力とは裏腹にどこか幼さのような雰囲気を纏っていた。

 アルテカとは真逆のタイプ。しかもこの若さでクランマスターまで担っている。他のクランメンバーもギドとは一世代分程度の歳の差もあるため、若者ばかりの空間に放り込まれたギドは自分が老いたような気分になっていた。


「偶々ですよ。偶々近くにいたクックに蹴りを入れただけ……「それでもすごいことです!おじさんはニーナの命の恩人だ!」……はぁ」


 アッシュの理解不能な勢いにギドは気圧される。以前酒場で話した時の異様なテンションの高さは酔っていたからだと思っていたが、どうやら素でこれらしい。若手クランの中では確かにファンではあるのだが、遠くで見ているだけで充分だとギドは思った。



 ギド達は今、クック緑林近くの街道まで戻り、テントの設営をアッシュと共に進めているところだった。

 クック緑林を抜けたところでアッシュ達にも多少余裕ができたため、すでに軽い情報交換は終えている。しかしすぐに日が傾き始めたため、それ以上の話し合いは中断し、こうして野営の準備に入った。


 アッシュ達の目的についてはこうして作業を進めながらも聞くことができたが、予想通りクック緑林に生息しているクックの間引き依頼によるものだった。定期的にギルドからの依頼で実施されるクックの間引き。しかし今回はその異常な数の多さにアッシュは撤退の判断を下した。

 しかし()()()居場所がばれて、一斉に襲い掛かってくるクックの群れ。アッシュ達四人は苦戦しながらも森の中を逃げるしかなく、その途中でギドとアルテカに出会ったというのが先程の顛末であった。


「それにしてもあの異常な数、一体何だったんでしょうねえ」

「……僕らは直接その経験があるわけではないので確信はありませんが、おそらくは魔物の“大量発生(スタンピード)”ではないかと」

「“大量発生”……ああ、確かに。さっきのあの数はそうかもしれませんねえ。クック自体かなりの数の群れで行動するものだから気付きませんでした」

「え?もしかしておじさんは大量発生の経験が?」

「それはもう。何度もありま……おや」


 急に袖を引かれる。

 隣で何か言いたげな表情のアルテカがこちらを見上げていた。ギドは小声で「どうしました」と声を掛ける。


「お前の素性は隠せよ。面倒だからな」

「あのクランのことですか?あっしだってそんなことわざわざ言いませんよ。少しくらい信用してください」

「その割に私にはすぐに話していたじゃないか」

「あれはあなたが気付いてしまったから仕方なく。自分から過去を語るほど歳を取ったつもりはまだありません」

「そうか。では信用するからな。()()()()

「……このくらいの歳の人は気遣わないと簡単に傷つくんですからもっと大切に扱ってください」

「どうしました?」


 設置していたテントの反対側からアッシュが顔を出す。

 すでに何食わぬ顔でアルテカは袖から手を放していた。


「あ、アルテカちゃん」

「すみません。この子、お腹が空いて我慢できないそうなので何か食べるものをいただけませんか?今手持ちに乾パンしかなく……」

「おい」

「ええもちろん!今回の依頼のために食料は数日分用意がありますから!干し肉もあるからね!アルテカちゃん!」

「良かったですねえ。アルテカ()()()。ほらちゃんとお礼を言ってはどうです」

「ギド。お前後で覚えておけよ」


 アルテカはその見た目からかアッシュ達には思いきり子供扱いされている。

 事実子供なのだからそれが普通の扱いであるはずなのだが、その性格のせいか強烈な違和感がギドを襲い、つい口角が上がって声が漏れてしまいそうになる。

 子供扱いが嫌なのか、それともギドに馬鹿にされていることが気に食わないのか、アルテカは不機嫌そうにバンダナで顔を隠した。


「はっはっはっ……あいた!」


 しかしその仕草だけはまさしく子供の様でギドは堪え切れずに噴出し、頭に一撃をもらうはめになったのだった。



 しばらくして野営の準備が整い、ようやく全員が腰を落ち着ける時間を取れるようになった。

 そこで案の定アッシュ達に聞かれたのは、「どうしてこんな危険なところに二人でいたのか」という質問だった。答えに詰まり苦笑いを浮かべるだけのギドだったが、しかしそこから始まったのは、意外なことにアルテカの一人舞台である。


「―――というわけで私とこの男はこのクック緑林に住まうヌシの討伐をしに来たのだ」

「そ、そんな大変な事情が……その歳でそんな……可哀想に……」

「いや。これは私の使命だから。亡き父の無念は私が継がなくては……」

「アルテカちゃん……」


 今回の特異体捕獲作戦。実はいくつか法を犯す必要があるため、ギドとしても彼らに正直に話すことは躊躇っていた。

 特に問題なのが討伐指定された魔物の捕獲。下手をすれば国家反逆罪で死刑になるほどの重罪である。こればかりはどう考えても誤魔化しが利かない。

 クック緑林にいた理由。街にすぐ戻らない理由。彼らだって馬鹿ではない。納得できる説明がなければ怪しい事をしていることくらいには気が付くだろう。

 そういった状況でアルテカが出した“復讐”という言い訳はあらゆる意味で非常に都合が良かった。ちょうどクック緑林のヌシにはいくつかのクランが壊滅させられており、それも利用させてもらった形である。


 アルテカは被害に遭った人物の中に父がいたという設定。ギドはアルテカの父とは同じクランだったが、先に引退していたため共に死ぬことができなかった親友という設定、のようだ。それも野営の準備中にアルテカが考えていたらしく、それならば……とギドはぼろが出ないよう相槌だけに留め、説明を全てアルテカに任せて黙ることにした。


 女性というのは嘘が上手いとは思っていたが、そこに年齢は関係ないらしい。隣で聞くアルテカの創作話は内容としてはそこまでのものではなかったが、外連味のある表情や仕草、声色によって、彼らはすっかり信じてしまっていた。特に魔法使いのニーナ。彼女は元来子供好きなのか知らないが、誰よりもアルテカの話に影響を受けていた。


「つい最近。本格的な討伐隊が組まれると聞いたから急いでいる。父の仇を取るのはこの私の役目。他人には譲れない。だから悪いけど一緒に街に戻る気はない」

「討伐隊の噂は私も聞いたことがあるわ。これでクック緑林のヌシも終わりだ!ってギルドの職員達が騒いでたし」


 弓使いの女、フェリアがそう言えばと思い出すように言う。

 彼女の場合はアルテカの話を聞いても他人事という態度を崩さなかった。やはり現役クランのメンバー。人の死に対して慣れが見られる。他のメンバーも大体似たような反応を示すのに対し、しかしニーナだけは眉根を寄せて同情している様子である。

 それを見て若いと思うのは些か歳を食いすぎてしまったかとギドは内心溜息を吐いた。


「……アルテカちゃん。気持ちは分かるけど、でもそれは討伐隊に任せるべきだと思うの。だってあなたがその討伐隊に入らないでここにこうしているということは討伐隊になる実力が足りないからなんでしょう?だったらこんなの無謀よ」

「私はクランに属してないから討伐隊に入れないだけ。実力はある。それに何をするのも私の勝手。迷惑を掛けているわけでもなし。あなたにとやかく言われる筋合いはない」


 ニーナは「そんな……」と傷ついた表情を浮かべたが、アルテカは特に気にした様子もない。寧ろ「おい。ギドも何か言ってやれ」と追撃させようとまでしてくる始末である。


「ニーナさん、でしたか。あっしがこの子の身の安全は保障しますのでご心配なさらず。皆さんは先に街へおかえりになられてはいかがでしょう」

「でもそれは……」

「おい。もうやめておけ、ニーナ。そいつらは自分の意志でここにいるんだ。俺達がどうこうできる問題じゃねえ」


 我慢の限界といった様子で口を挟んだのはこれまで一度も会話に混ざってこなかった斥候らしき男。野営の準備中は見張りとして近くにすらいなかったため、今ようやく顔を合わせたことになる。ちなみに名前すらまだ名乗っていない。


「スレイはまたそうやって突き放すようなこと言って……」


 ニーナは斥候らしき男、スレイに対して愚痴を溢した。

 すぐに彼の名前は判明したわけだが、とはいえ今後呼ぶ機会はやってくるだろうか。


「とにかく諦めろ。そもそも俺達には魔物の大量発生が起きていることをギルドに伝える義務がある。こいつらに構っている暇はないんだ」

「それはそうかもしれないけど……でも何もそこまで言わなくても……」

「まあまあ。お二人共落ち着いて」


 口論をやめさせようとギドが二人に声を掛けるが、ヒートアップしていたニーナが睨むようにギドを見返したことでやめておけば良かったと後悔する。


「……そもそもあなたもあなたです!子供をこんな危険な場所に連れてきて大人としての自覚はあるんですか。親友だったというその人もきっと悲しんでいますよ!」

「は、ははは。これは手厳しい」


 ギドとしても大人としての自覚なんて年下に言われると心にクるものがある。何せこの歳で家庭も持たず、年がら年中酒場に入り浸り、今も退屈しのぎになりそうだという理由でアルテカに付いて来ているだけという駄目な大人の代表例である。きつい叱責に思わず口の端が引き攣った。


「死にたい奴は勝手に死なせておけばいい」

「スレイ!あなたはもう黙って!」

「はぁ。ニーナもいい加減落ち着きなさい。スレイも煽らないで。ねえアッシュ。どうするの?」

「うむ」


 二人に比べて落ち着きがあるフェリアがなぜか先程から黙ったままのアッシュに尋ねる。

 アッシュはこの状況にも慣れているのか、あまり動揺した様子は見られない。揉めていたはずの二人までもが黙ってアッシュの言葉を待っていることからもクランマスターとしてかなり信頼されているようだった。


「よし決めた!クランメンバーを分けよう!」

「はい?」


 良いこと思いついたと言わんばかりのテンションでそう宣言するアッシュ。


「つまり?」

「僕達は日が昇ればすぐにベルベリアに戻ってギルドに報告しないといけない。これはギルドとの契約でもあるから絶対だし、そもそも街の危険に繋がる行為はしたくない。そしてアルテカちゃんの復讐に対する想いも聞いている限り曲げられるようなものではない。だから本来ならここでアルテカちゃん達とは別れるべきだ」

「ふん。そうだろうな」

「アッシュ!」

「ただし!それだとニーナが納得しないだろう。僕としてもそれは心苦しい。そこでクランメンバーを二つに別ける。日の出と共にベルベリアに戻りギルドに報告するのは、スレイとフェリア。そしてここでアルテカちゃん達を護衛するために僕とニーナが残る」

「おい。まさかそこのガキの復讐に付き合ってあの大群にお前達だけで挑むつもりか?とてもじゃないが自殺行為だぞ」

「そんな無謀なことはしないさ。おじさん。あなた方はあのクックの群れを見てもそこまで悲観的になっていない。何か突破する方法があるのではないですか?」


 ギドは一瞬アルテカの顔色を窺う。

 仏頂面ではあるが、特に介入しようとはしてこない。ここは任せるということだろう。


「ええ。ありますよ」

「やっぱり。それならその方法を教えてもらえないですか。それが僕達でもできる方法なら手伝うこともできるかもしれない」

「ほう。ということはあっしらが安全だと言えば、アッシュさんはそれに命を懸けられるので?」

「その方法に納得できれば」


 ギドにとってアッシュのその勇気は評価に値するものだが、今この瞬間においては邪魔ですらある。仮にここで実現性の高い方法を提示すればアッシュは付いて来てしまう。しかし実現性の低い方法を提示したとしてもギド達が森へ向かうことを彼は止めるだろう。何とか彼らと円満に別れる方向に話を進めるには彼以外のところから落とす必要があるとギドは判断した。


「……なるほど。流石、若手クランの期待の星というだけのことはある。あなたには勇気がお有りのようだ。ただそれを他の仲間に強制するのは如何なものでしょうねえ」


 ギドはアッシュからニーナへと視線をずらす。


「ニーナ。一つ聞きたい。君はどうしたいんだ」

「私は……アルテカちゃんを死なせたくない」

「人を助けるのは簡単じゃない。それでもやるというのならニーナ。君はここで命を懸けてくれ」

「……!」


 息を呑むニーナ。


「それができないなら彼らとはこのまま別れるべきだ」


 アッシュの顔には笑みが浮かんでいたが、その目だけは冗談を感じさせない力強さを持っていた。


「……分かった。懸ける。私の命」


 アッシュはニーナのその覚悟の言葉に笑みを浮かべ、「じゃあ決まりだ」と立ち上がる。他のメンバーもアッシュが決めたのならと渋々納得の様子を見せた。

 予想外の展開にギドは目を見開く。ギドの予想ではここで実戦経験の浅そうな彼女、ニーナは手を引くと考えていた。まさか見知らぬ子供のために命を懸ける人間がいるとは思わない。それも金を稼ぐために戦う現役のクランメンバーともなれば尚更である。


「盛り上がっているところすみませんが、こちらは一度も付いて来ていいとは言っていませんよ」

「あんたねえ。こっちはあんたと違って現役のクランよ。二人だとしても戦力としては申し分ないんだから受け入れなさいよ」

「そうは言いましても戦力は足りているので」

「何を馬鹿な。いくつものクランを壊滅させたクック緑林のヌシ相手にお前のような奴が?冗談にしても笑えない」


 これまで明らかにこちらと関わるのに消極的であったフェリアとスレイまでもが、いつの間にか向こうの肩を持つ言動をするようになっている。クランマスターが決めたことには従う。連携が主体のクランの面目躍如と言ったところか。……これは本当にどうしようか。


「まあ作戦がありますので」

「じゃあその作戦を教えていただいても?」

「そうですねえ。こちらの手の内ですからあまり人には「それは私から話そう」……よろしいので?」

「ああ。こちらの邪魔をしないのであれば構わないだろう」


 アルテカはギドの目を見て頷いた。

 これはつまり彼らを巻き込む、ということだろうか。

 そう理解すると思わず()()が零れそうになるのを堪え、ギドはあっさりとその場は引いた。


 そこからアルテカが作戦について話出す。

 とはいえ正直に話すことはなく、肝心の部分については嘘で誤魔化すことになった。


 嘘というのは本当の話の中に一部だけ混ぜることで信憑性が増す。

 アルテカは元々計画していた黒魔法の込められた小瓶。それを魔物すら死に追いやる毒物であると彼らに説明した。正面から打倒するつもりないことで彼らを納得させ、ではどうやってヌシにそれを食わせるのか、そこまでどうやって辿り着くのかといった話に論点をずらしていく。相変わらずアルテカは話が上手かった。


「小瓶をヌシに飲ませるのはこの男に任せてある」

「あっしこれでも曲芸スキルの【投擲】を習得していますので魔物の口に放り込むくらいは問題ないでしょう」


 これについては元から二人で話していた本当の作戦のままである。


「ではそこまでの道中はどう突破するのですか?まさかあの数のクックと戦いながら行くつもりではないですよね?」


 問題はこれだ。ギド達にとってもこの大量発生は想定外。

 もちろん突破するだけならいくらでも方法はあるが、目立ちすぎる行動をアルテカは望まないだろうし、彼らに詮索の機会を与えてしまうだろう。ここは無難な方法で突破を検討するべきか。

 ギドは自身の持つ数多のスキルの中からこの状況に適したスキルを思い出す。


「要はクックに気付かれずに進めればいいのでしょう。あっしをよく見ていてください」


 そう言うとギドは次の瞬間、その場の全員の視界から立ち消えた。


「これは!まさか隠密スキル【迷彩】ですか!初めて見ました」

「そりゃあ普通見えませんからねえ」


 アッシュ達がギドの声のする場所に目を凝らせば僅かに空気の歪みが確認できた。

 動けばそれだけ効果が薄くなるというデメリットがこのスキルにはあるのだが、動かなければこうして近くにいても気付かれることはない。


「確かにこれなら目の良いクックにも気付かれないかもしれません。でもそれって他人には効果がないのでは……」

「よくご存じですねえ。まあなのでこうします」


 するとアッシュの姿も次の瞬間には消える。


「今何かに覆われたような……皆どうしたんだ。何か起きたのか?」

「すごい。アッシュも見えなくなったわ。これは格闘スキルの【感覚共有】かしら。まさかスキルの効果まで共有できるなんて」

「……まあ実はそうなんです」


【感覚共有】は触れた相手に自分の持つ五感を共有する効果。

 フェリアの言う通りそのような効果はない。今発動しているのは別のスキルだが、説明も面倒なので勘違いしたままにさせる。


 ギドはスキルを解いてアッシュと共にまた姿を現す。


「これで納得いただけましたか」

「確かにすごい効果。けど、それでも確実じゃないわ。もし見つかったらどうするつもり?」

「それは何とか逃げるしかないでしょうねえ」

「そんなの……!」

「ははは。でも世の中そんなものでしょう。完璧な作戦なんてそうそうありはしません」


 反論しようとするフェリアをアッシュが止める。


「確かにそうだ。どんな作戦にもリスクはある。……ニーナ、やめるなら今だよ」

「……ッ大丈夫。絶対に付いて行くから」

「ニーナ……」


 不安そうにニーナを見つめるフェリア。

 言葉とは裏腹に余裕はなさそうなニーナだったが、未だ諦めるには至らない。

 何が彼女をそうさせるのかが全く理解できないが、覚悟があるなら良かったとギドは笑みを浮かべる。


「はは。死んでも文句は聞きませんよ」

「大丈夫ですよ。おじさん。何かあれば必ず僕が皆を守ります。何せ僕は“睡蓮の絆”のクランマスターで壁役(タンク)ですから」

「アッシュ……!頼りにしてます!」

「ったくもう。だったら頼んだわよ。アッシュ。ニーナは任せたからね」

「全く。うちのクランマスターはこれだから……」


 彼ら“睡蓮の絆”の表情に不思議と不安の色はなかった。

 アッシュは自信満々に自らを鼓舞し、そしてその鼓舞は彼ら“睡蓮の絆”に安心を与える力を持っていたのだろう。しかしその感動的とも言える光景を一人の少女が酷く冷めた目で眺めていたのをギドだけは気が付いていた。




 


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