-3- スキルと魔法
-1-
今にして思えば所属していたクランが解散してからどこか気分が乗らない日が続いていたのは、刺激のない日々に退屈していただけだったのだろう。
同じクランに所属していた知り合いの双子の言葉を借りるなら、生きながらに死んでいたと言ったところか。意外にも人は退屈ですら死ぬのである。
「つまりその悪運は他人にも影響するってことですか」
「そうだ。私に近い人間ほど影響を受けやすい。昔師匠はそれで死にかけたこともある」
「それは物理的な距離ですか。それとも話した回数や親密さのような精神的な距離のことですか」
「それは“どちらも”と答えるのが正しいのだろうな。巻き込まれた場合の被害の大きさは私との関係の深さに影響するようだが、今回の魔鉱夫達のように一度も話したことが無い相手でも物理的な距離が近かったばかりに巻き込まれるということもある。悪運によって起きる事象はすべて私を中心に起きるからだ」
「興味深いですねえ。おっと失礼。アルテカの不幸を楽しむつもりはありませんので悪しからず。ええと、それではつまるところアルテカから離れればその悪運の被害からは逃れられるわけですか」
「だからギドも危険を感じたらすぐに離れていいぞ。後から後悔しても遅いからな」
「どうしてです?そんなつまらないことしませんよ」
「……変人め」
「あれ、今笑いましたか?」
「うるさい」
二人は今雲一つない快晴の下、クック緑林へと向かう道を徒歩で進んでいる。徐々に険しく視界も悪くなっていく道を歩きながら、ギドは生き生きとした表情でアルテカの“悪運”について考察を進めていた。
一方で二人はどうして徒歩で移動しているのか。
それは昨晩、偶々近くにいた魔鉱夫の一人にアルテカの話の一部を盗み聞きされてしまったことに起因する。異常な頻度で魔物に襲われた原因がこの少女にある、かもしれないことを知られ、しかし最初はあくまでも冗談レベルの話だったそれを、偶々又聞きした声の大きな魔鉱夫が信じて騒ぎ出し、朝になる頃には全体に事実として周知されてしまっていた。
いついかなる状況でも発揮されるアルテカの悪運。
その後魔鉱夫達に詰められ、噂を事実と認めたアルテカがクック車から降ろされそうになり、ギドはそこでようやく自分が悪運によってアルテカの傍から強引に排除されようとしていることに気が付いた。
このまま何もしなければアルテカとはもう二度と会うことはない。そう思ったギドはその運命に逆らうべく、ある決断をした。
「どうして魔鉱夫組合を抜けてまで付いて来たりしたんだ」
「昨晩のあれが悪運という力の意志によるものであれば、あっしがいることによってアルテカの不幸を防げる可能性が高いと悪運に思われたって考えることもできます。ここは検証するためにも一緒にいるべきかと思いましてね」
「そういう意味で言ったのでは……それにだとしてもあそこまでする必要はなかっただろう」
ギドはアルテカと共に降りることを同僚に伝えた時、あの手この手で引き留められたり、普段話もしないような同僚が文句を言ってきたりと想像以上の抵抗にあった。ギドとしてもそれで諦めるつもりは更々なく、仕方なく魔法で脅したり、魔鉱夫組合を辞めたりと多少強引な方法で振り払ってきている。
「同僚と揉めたことですか?いえ、あれは仕方がありませんでした。こちらも対話を試みたのですが、予想より強情だったのでああするしか……」
「どうしてそこまでする」
「いえだから」
「どうしてまだ私に関わろうとする。報酬か?それとも果実酒のためか?だとすれば」
「ああいえ。それもありますが、何度も言うように興味があるんですよ、あなたの力に。今まであっしが見てきた技術、魔法、スキル。その中にアルテカの悪運のような力はありませんでした。だからより知りたいと思った。単純な知識欲。それではいけませんか」
内心それだけではないことをギドは隠し、そのことをアルテカは気付いていた。
お互いに嘘であることを気付きながらも指摘することはしないまま話は進む。
「仮に本気だとしてそんなしょうもない理由であんなことをするな。あそこまでしてしまえばもうギドはあの組織に戻ることもできないじゃないか。……ギドにだって向こうに知り合いくらいはいたんじゃないのか。どうして自分の居場所を捨てるようなことをそんな簡単にできる。どうして私に対する態度が変わらずにいられる。見方を変えれば悪運がギドに作用したとも言えるんだぞ」
アルテカはギドの代償を厭わない行動に納得がいっていなかった。
どんな目的が裏にあったとしてもそこまでの代償に見合う何かがあるとはアルテカには思えなかった。
「酷いですねえ。これでもあっしだって彼らとの別れで心を痛めてるのに。繊細なんですから気を遣ってほしいものです。あ、今も疑われた目で見られて心が傷つきました」
「……」
「冗談ですよ。そんな怖い顔しないでください。真面目に答えるとすれば、居場所は自分で作るものであって見つけるものではないということでしょうか。人間やる気があれば、どこでだって居場所は作れます。もちろん大変かもしれませんがね」
「……それは」
「それに悪運であっしが不幸になったって?そんなはずないでしょう。少なくとも今のあっしは楽しんでいる」
アルテカはギドのその言葉を聞いたことで俯いていた顔を上に向ける。
そこまでして見えたものはいつもの胡散臭い笑みだけであった。
「それはそれとして」とギドは話を戻す。
「これまでどれだけあっしがあの組合に貢献してきたと思います。少なくとも今回の件を差し引いても確実にお釣りが来るでしょう。だから戻ろうと思えば組合にだって戻れます。力があるというのはそういうことですから。……それよりもあっしはあなたの方が心配だ。去り際に結構酷いことを言われていましたが、大丈夫なんですか?」
「私は慣れてるから問題ない」
「“慣れてる”が出ますか」
その言葉だけでアルテカの過去にどのような出来事があったのか、ギドにとっては想像に容易いものだった。ギドは先程アルテカが魔鉱夫達から謂れなき罵倒や拒絶の視線を受けていた時のこと思い出す。
歳の割に大人びた口調。冷静に状況を判断する思慮。そして他人の自身に向けた態度に対する諦観。そして、圧倒的な不運。寧ろ今こうしてまともに他人を気遣えていること自体が奇跡とすら言えるほど、アルテカの生きてきた環境というのは惨憺たるものだったはずである。
「それにしても昨日と違って魔物の襲撃が全く来ませんねえ。もしかすると調子に波があったりするんですか?」
「そうだな。だが油断するなよ。大抵そういうことを言っていると……」
―――ガサ。
近くの茂みから葉の擦れる音がした。
そちらに警戒しつつ二人は立ち止まる。
「……こういうことになる」
現れたのは人。
ボロボロの服に手にはナイフ。こちらを見て、嘲笑を浮かべている。
「ここは通行止めだぜ?」
そう男が声を上げると周囲からぞろぞろとガラの悪そうな連中が現れる。
明確にこちらを害そうという意志が彼らからは感じられた。
人数は五人。こちらが二人と見て仕掛けてきたのだろう。
相手の数は昨日襲われた際の魔物の群れよりも少ない。
しかし相手が知恵のある人間となると別の警戒もしなければならなかった。
「アルテカ。周囲の警戒を。狩人スキルの【潜伏】で近くに隠れている者がいる可能性があります」
「分かった。私の援護はいるか?」
「おそらく隠れているのがいたとしても十人はいないでしょう。それならあっしだけで相手をした方が寧ろ楽です」
「……何度も言うが油断はするなよ。いくら相手が賊でも私と一緒にいる限り普通の賊とは限らないぞ」
「なるほどなるほど。それは良いことを聞きました」
「べちゃくちゃ喋ってんじゃねえよ。まさかこの数相手に戦うつもりか?抵抗しなければ命だけは助けてやるぞ?」
男は自分達の優位を確信している様子で、にやにやと笑みを浮かべている。
しかしそんな男を無視してギドは「あ、そうでした」と言ってアルテカに視線を向ける。
「そういえばまだアルテカにはあっしの本気の戦闘をお見せしていませんでしたよね。これから何かと一緒にいる機会もあるでしょうし、この辺りで一度お見せしますよ」
「これまでの魔物との戦いは本気じゃなかったと?」
「ええ。あれは一番消耗が少ない戦い方なので。それにあっし、人を相手にするときは本気と決めているんです」
そんな風にギドは軽い調子で言い出した。
そんな場合かとも内心思いつつ、ギドの本気の実力には興味があったアルテカは素直に頷く。それを確認したギドはいつもの胡散臭い笑みを浮かべ、朗々と賊に対して話しかけた。
「よってらっしゃい。みてらっしゃい。あなた方は運が良い。これから始まる見世物は、古今東西、どこでだって見れるものではございません。見逃さないよう刮目してご覧ください」
周囲の困惑した空気を置き去りにしてギドは歩みを進める。
状況にそぐわないその異様さに賊の中にも警戒する者が出始めていた。
「あっしの右手。こちらに注目。何の変哲もない右手にございますれば、しかししかしと、あら不思議。どんな色でも自由自在。一千飛んで十四つ。あらゆる術が選り取り見取り。今回お見せするのはその内四つにございます。
―――四連起動。赤魔法【熱指】、青魔法【瀑布】、黄魔法【衝】、緑魔法【根吸大樹】」
ギドの右手の周囲に四色に輝く魔力が渦巻く。
賊達は目の前で繰り広げられる見たことのない幻想的な光景にただ言葉を失くしてただ立ち呆けている。
そうなるのも無理はない。しかし同時にあれがどれほどのことを成しているのかを彼らは理解できていないとアルテカは思う。
魔法使いだから理解できる。
今この男がしていることの異常さに。
魔法の多重起動。
技術としてはすでに確立しているそれは、しかし使い手として知られる者の数は両手の指の数よりも少ない。
魔法の多重起動は魔法の制御にかかる負担、それが上級魔法のそれと比べてもさらに大きい。そのため多重起動をするくらいなら上級魔法を使うべきとして、実用化は難しいというのが現代魔法の常識だった。
アルテカの師匠でも二連が限界だった多重起動。それを四連。基本の四色、魔法も初級や中級のみとはいえ、それをするというのは人間業ではない。歴代の魔法使いでもここまでのことが成せる人間が果たしてどれだけいたか。しかもそれを人族でとなると最早歴史上初の可能性すらある。
アルテカの背中を冷や汗が流れる。
しかしそれはギドの実力に戦慄していたというには少し違った。正確には今この瞬間ギドが自分の元に味方としていることを恐怖したのである。
ここまでの道中であった不運などギドがいれば大した脅威ではない。逆に考えれば、ギドがいても尚、脅威が勝るという状況がこの後に待っているということではないのか。
「ほうら。呆けている場合じゃありませんよ。早くお逃げなさいな」
アルテカの焦りを他所にギドは笑顔で賊を気絶させていく。
勢いのある水流が賊の一人を押し流し、見えない衝撃波がその隣の賊を吹き飛ばす。ギドの足に巻き付く木の根が地中に存在する魔力を吸い上げて供給、永久機関となってまたそれが繰り返される。この世の終わりのようなその光景にアルテカは自身の未来を見るような錯覚を覚えた。
「伏兵がいるならもう出てきているでしょうし。あなたで最後みたいですねえ」
「この化物め!死ねえええ!」
―――曲芸スキル【投擲】
最後に残った男は不意を突くように【投擲】で手に持っていたナイフを投げる。
ナイフは視認も難しいほどの速度で真っ直ぐにギドへと向かった。
「おや、あなたはスキル持ちだったのですか。この辺りの賊としては珍しいですねえ」
「なん……だと……」
ナイフはギドに直撃する直前で甲高い音を上げ、不自然に軌道を変えると地面に突き刺さる。
「お前も【投擲】だと!?」
「さてさて。偶々近くに手頃な石があって助かりました」
アルテカはそのやり取りで賊に【投擲】されたナイフに対し、ギドが石を【投擲】し返したことを理解した。
「一千十四……まさかそれだけの魔法とスキルを本当に……?いや、そうだ。それと似たような話をどこかで……」
そこでアルテカは昔師匠から聞いたことのある伝説のクラン。その一員である魔法戦士の話を思い出した。
あらゆる術技を使い熟し、後出しでどのような状況にも対応する姿から“歩く術技百科事典”や“コレクター”とも呼ばれたらしいが、その本質は他人がスキルを使用するところを見ただけで、それを習得してしまう天才性にあったとされている。
「『天稟』のギド」
「ちょおっと待ったぁ!あ、アルテカはどうしてあっしの二つ名をご存じで?活動していたのはあなたが生まれるよりも前だったと思いますが……」
「……まさか本当に?」
話を聞いていた賊の男が動揺を露にする。
「ま、まさかテメエ。あの伝説のクラン“2z”の『天稟』だって言うのか!とっくに死んだはずじゃ……!」
「は、はは。そちらの彼も知っているなんて……。この歳になるとその二つ名は堪えるものがありますねえ」
「勘弁してほしいもんです」と顔を手で覆うギド。
“2z”
二十年前。まだギルドが存在せず、未認可のクランが街の情報屋や個人からの直接の依頼を受けて報酬を受け取っていた時代。当時はクラン同士の抗争、犯罪者に組織された闇クランの存在など、クランに関わる治安がその辺のスラムよりも悪かった。
その当時において最強であり、時代を象徴するクランが“2z”である。
“2z”は十人という少ない人数構成ながらあらゆる高難易度依頼を達成し、ウルヴァースで知らぬ者はいないほどの存在だったと昔師匠に聞かされた。最も有名な話ではこのウルヴァースの首都シリルが魔物の“超大量発生”によって壊滅しかけた時に“2z”のクランメンバーだけでシリルの防衛に成功、後に全ての魔物を殲滅したという伝説がある。当時の王にも全員それぞれが一騎当千の英雄とまで称されていたはずだが、唐突に“2z”は解散。その後元クランメンバー達がどこで何をしているのかは知らされず、いつしか死んだという噂まで流れた。
「まさか魔鉱夫組合で下働きしているなんて誰が思うか」
アルテカの呟きは森の騒めきによって掻き消された。
ギドは赤魔法【熱指】によって高熱となった右手で賊の男の頭を掴む。
「ぎゃぁあああああ」
「これ以上余計なことを話される前に彼にも気絶してもらいますか」
ぴくぴくと痙攣する男。
高熱による痛みで気絶したようだ。
結果として賊は一度もギドに触れることすらできず、襲ってきた全員が気絶することになった。
「……さて。何か言いたげですが」
「そうだな……サインでももらっておこうかと考えていた」
「本当に勘弁してください」
嫌そうな顔をするギドを横目にアルテカは気付かれないように溜息を吐いたのだった。
-2-
クック緑林はその名の通り、クックという蜘蛛のような魔物が生息していることから名付けられた場所だ。
クックというとやはりクック車に使われているあれを想像して油断する人は多い。実際野生であっても一匹一匹であれば大した危険はないのだろうが、クック緑林でその考えは通用しない。毎年油断した何人かはこの森で行方不明になっているほど、危険な場所である。
では何が危険かと聞かれれば、それはやはりクックの生息数にある。
「流石にあれを突っ切るのは嫌なのですが」
遠く正面で蠢いている大量の影。
地面だけでなく、木の幹や茂みの中まで赤い目がぎらぎらと光って揺れている。
「……そうだな。どうしたものか」
アルテカは意外なことにその光景を見ても平気そうな顔で思案する。ギドとしてはごり押しによる突破もできないことはなかったが、気色悪さからやりたくないというのが本音だった。
「そもそもクック緑林にその“特異体”……でしたか。それがいる情報はどこから得たんです?あっしも一応酒場で噂くらいは耳にする機会がありましたが、“特異体”という言葉すら聞いたことがないのですが」
「それは“特異体”という言葉自体、私の師匠が作った言葉だからだろうな」
「え?そうだったんです?」
「師匠は私のこの体質を研究して、解消するための解決策を探してくれていたんだ。その研究成果として“特異体”という特殊な突然変異個体に宿る力に原因があることを突き止めてくれた」
「ほうほう」
「“特異体”はすべての生物において発生するわけではない。魔力を持つ生物にだけ極稀に発生する突然変異だ。人族、ヴィルク族はもちろん、魔物だって魔力を持つ、つまりは……」
「今クック緑林にいる特殊な力を宿した魔物がその“特異体”。それを調べて悪運解消のヒントになる何かを得られないかが目的、ということですか。そう言えばクック緑林にはヌシと呼ばれるクックがいると聞いたことがありますねえ。おそらくそれのことでしょう」
クック緑林のヌシは最近話題に上るようになった魔物で、討伐依頼もこれまでに何度か行われているが、その全てで失敗し、依頼を受けたクランの壊滅という結果に終わっている。ヌシは基本的にクック緑林の奥から出てこないため、街に被害が出るということは未だ起きてはいないが、ウルヴァース全体に討伐依頼の募集をかけるほど危険度の高い魔物としてギルドにも認識されていた。
「今回ここまで来たのは昨晩説明した通り、これを使って特異体を捕獲して持ち帰ることにある。だから正面切って相手をする必要はない。つまり特異体を見つけ、これを体内に取り込ませれば終わりの簡単な作業だ」
「本当にそう思っていますか?」
「……悪運を持つ私がそんなことを思えるわけがないだろう。気を紛らわせるためのただの冗談だ」
「ああ、なるほど」
アルテカの手には小瓶があり、中には黒い液体が入っている。
この黒い液体は魔物を拘束できる黒魔法の力が込められた液体らしく、アルテカが遠隔から小瓶に込められた魔法を起動することで体内からその“特異体”の動きを封じ、捕獲するためのものらしい。
「黒魔法の力は対象の魔力を操作する関係で、体内から発動する方が高い効果を発揮するからな」
「しかし魔物は弱ったところで暴れるのをやめたりはしませんよ。それも噂のヌシ相手にとなると……あっしとしては生け捕り作戦に賛成はできませんねえ」
「……最悪死体だけ持ち帰ることも考えたが、その場合は“特異体”について知れることも少なくなるからな。他に“特異体”の情報がない現状でそれは避けたい。もちろん難しいことを言っている自覚はあるが他に方法も思いつかん」
「うーん。困りましたねえ」
―――~~~ぉぉ。
すると遠くから地響きが聞こえてくる。
「“特異体”か?」
「いやこれは……人ですね」
かなり遠くに一瞬見えたのは、木と木の間を抜けるようにして走っていた武装した集団。
そしてその後ろには異様な数のクックが津波の様に迫ってきている光景だった。
「これは……どういう状況だ?」
「何かミスでもして森全体のクックを怒らせてしまったんでしょう。まさかこの視界の悪い森の中で魔物に追われている状況の人と遭遇するなんて……とんだ偶然もあるものですねえ」
「こっちを見るな」
「あの人達はどう対処すべきでしょうか」
「関わらないのが最良ではあるが、彼らの進行方向からして後続の魔物を避けるのは不可能だろうな。はぁ。まあ今までの経験上、パターンは二つ。私の敵になるか、味方になるか、だ。流石に一目見てそれが判別できるほど人間観察は上手くないが……」
「あっしの見解で良ければお伝えしますよ」
「ほう。それなら聞かせてもらおうか」
「では僭越ながら語らせていただきましょう。まず結論から申しますと後者、味方になると思います」
「理由は」
「まず彼らが何者かということから。これについてはクランで間違いないでしょう。それもそれなりに修羅場は潜ってきている」
「クランというのは分かるが、実力までは分からないな。私にはただ逃げているようにしか見えないが……どうしてそう思う」
「彼らの動きです。彼らはクックから逃走していながら最後尾を盾持ちで固め、クックの注意を他のメンバーに向けないようにしている。しかも先を走る魔法使いがその盾持ちにおそらくは防御系統の魔法をかけてますね。このことからも連携が取れていることが伺えます。逃げる方向もただ森の外へ出る向きではない。おそらく街道までクックを引き連れてしまうのを避けるためだと思います。これらのことから判断するに彼らはピンチでありながら冷静な判断ができている」
「……なるほど。流石は伝説のクランの元メンバー。こういったメンバー同士の連携は十八番ということか」
「ははは。期待させて申し訳ないのですが“2z”にはそんな連携という概念はありませんでしたねえ。それぞれ好き勝手してましたから。あっしの場合は人の動きを見る癖があるので理解できたというだけで。そういう意味では当時のあっしらよりも今の彼らの方が幾分クランとして優秀でしょう。“2z”のクランメンバーは他への迷惑まで考えたりはしませんから」
「最悪だな。“2z”には碌な奴がいないらしい」
「……それあっしにも言ってますね?ごほん。話を戻しますが、そんな彼らがここにいる理由は依頼による可能性が高い。このクック緑林に来る必要のある依頼というと魔物の間引き依頼か採集依頼。クック緑林における依頼は危険もそれなりなのでクランとしての実績がある程度無ければ受けることはできないようになっています。つまりそれなりの実力があるクランというわけです」
「ふむ。実力があることは分かったが、それがどうして味方になる理由に?」
「そう。そこが難しい。実力あるクランと言ってもその実態が品行方正とは限らない。しかしあっしにはあれがまともなクランだと自信を持って言えます」
「根拠は」
「この間あの盾持ちの彼と酒場で会って話したからです。今時珍しいほどの好青年でした」
「だったら最初にそれを言え!何だったんだこの時間は……」
「あっし、人並み以上に努力している人が好きなもので。その時に彼のファンになっちゃいましたからアルテカにも知ってもらいたくて」
「本当に余計な事を……。それにしてもギドがファンだって?自分は天才だから努力する人間が羨ましいってことか?嫌味な奴だな」
「そこまで言ってませんが……まあそう言わんでください。あっしにも自覚はあります」
そうこうしている間にもなぜかこちらへと迷わず一直線に向かってくる男女四人。ついに向こうからこちらが視認できる距離まで近づいて来ていた。
「前方に二人!片方は子供!両方非武装!このままだと巻き込むわ!そこの二人!死にたくなければ早く逃げなさい!」
先頭を走る弓使いらしき女性が必死に叫ぶ。
「こちらは大丈夫なのでー!お気遣いなくー!」
「いや流石にそうはいかないんじゃないか」
こちらの声が届いていないのか、それとも無視されたのか。彼らは二人を背にするように立ち止まった。
「駄目!ここで戦うしかないわ!」
「仕方ない。そこの二人!巻き込んですまないが我々から離れ……ってそこにいるの酒場のおじさんじゃないですか!どうしてこんなところに!」
「久しぶりですねえ。でも今そんなこと話している場合ですか?」
「それもそうか。ではお二人は僕達の傍を離れないように!ニーナ!【土壁】を頼む!その間他のメンバーはニーナの援護。僕はクック達の敵意を稼ぐ」
「「「了解!」」」
盾持ちの男が迅速に仲間へと指示を出し終え、自らは迫るクックに向かって盾を構える。
他のメンバーも行動に迷いはないようだ。
「うおおおおおおぉおぉぉぉぉおお!!!こっちだあああああぁぁああぁあああ!!!」
心臓に響くほどの大声がクック緑林に木霊する。
「ギド。あの男は何をしているんだ?」
「あれは盾スキルの【挑発】ですねえ。盾を視認した相手の意識を引き寄せる効果で集団戦においてかなり優秀なスキルです。久しぶりに見ました」
「お前も使えるのか?」
「ええまあ。ただ覚えたは良いもののこれまで一度も実戦で使う機会はありませんでしたが」
「その言い方だと実戦以外ではあるのか?」
「クランメンバーがあっしを無視したので、強制的に無視できなくさせるために使ったことがあります」
「用途に差がありすぎるな」
そんな話をしている間に状況は動く。
【挑発】によってクック達の動きが鈍った隙に流れるように弓持ちの女が矢を番え、解き放った。
「おお。あれもスキルか?魔物が串団子のようになったぞ」
「あれは弓スキルの【頭貫撃ち(ずかんうち)】ですねえ。頭に当たると矢が貫通する効果です」
「ほう。それにしてもスキルというのは魔法と違って分かりにくいな。どうやって見分けているんだ?」
「それは動きの型ですよ。スキルというのは一定の型をなぞるように動くことで発動しますから。魔法と違って詠唱する必要はありませんが、戦いの中で型通りに動くのはこれが結構難しくて」
「そうだったのか」
「おや、もしかしてアルテカはスキルを使ったことがないので?」
「そもそも一つも覚えていないな」
「それでは今度時間がある時にあっしの持つ便利なスキルの一つでも教えましょうか?」
「うーん。そうだなぁ……」
「あらら、意外と反応が悪いですねえ」
「そりゃあスキルが便利なのはわかるが、こう、必殺技という感じがないのはちょっと、な。やっぱり技名を叫びながら使った方がカッコいいじゃないか。その点魔法は良い。詠唱とかもう決め台詞みたいなものだろう?」
「妙なこだわりがありますねえ。ちなみにそちらも極めると詠唱しなくなりますが」
「……無詠唱はできるようになってもしない」
「思いの外強いこだわりですねえ」
「ちょっとそこの二人黙ってなさい!集中できないから!」
戦闘中の弓使いに怒られてしまい、アルテカと顔を見合わせて肩を竦める。
ギドはともかくアルテカに関してはこの状況に自力で対応できる力があるわけではなかったが、先程ギドの実力を見た後ではこの程度の脅威に対して緊張感を持てなくなってしまっていた。
徐々にクックの死骸が積み重なっていくが、後ろから乗り越えるようにしてどんどんと増えていくクックの群れが二人のいる場所からでも見えている。排除するよりも増えていく方が早いのは明らかだった。
「鳳来、阿寒、磐梯、風雅。母なる大地に根ずきし存在達よ。矮小な存在へとその力の一端を示せ。
―――茶魔法【土壁】」
詠唱を終えた瞬間、迫るクックと味方を分断するように巨大な土の壁が持ち上がる。
魔物の増援がすぐには来られないことを確認した盾持ちの男と斥候らしき男は近くのクックを手持ちの近接武器で切り裂きながら後退してくる。
「今よ、皆!街道まで逃げ―――ニーナ!危ない!!!」
弓使いが叫ぶ先にはたった今【土壁】を発動したニーナと呼ばれる魔法使いの女。
その背後にはいつの間にか後ろに回っていた一匹のクックがいた。
ニーナは魔法詠唱後の隙を突かれた形になり、その突進を躱し切れずに押し倒される。
「ぐぅ」
「ニーナッ!」
倒れるニーナの顔にクックの牙が迫る。
前方のクックの群れにだけ注意を払っていた彼女の仲間達は背後に回った脅威に気付くのが遅れている。弓使いだけは気付いたようだが、状況を把握した時にはすでに手遅れ。弓に矢をつがえてはいるが、味方への誤射の危険があり中々放つことができない。
「ギド。見てばかりいないで、そろそろお前も働け」
「よろしいので?」
「あれももしかすると私のせいかもしれないからな。可能な限り寝覚めが悪くなることにはしたくない」
「なるほど。では。失礼して」
ギドはその場から瞬きほどの時間で倒れているニーナの元へと移動する。
一瞬驚愕に目を見開くニーナと目が合い、いつもの笑みを浮かべるギド。
そしてそのまま足を振りかぶって被さっていたクックの頭を蹴っ飛ばした。
「立てますか?」
ギドはニーナへと手を差し伸べる。
「あ、ありがとう。助かった」
「ニーナ。無事!?怪我は!?」
「フェリア……私は大丈夫。この人が助けてくれたから。それよりも早くここから離れよう」
「……そうね。あなたもお礼は後で。今は早く逃げるわよ」
「ああ、ちょっとお待ちを」
「ちょ、今はそんな時間……!」
ギドは近づいてきたアルテカに尋ねる。
「アルテカ。彼女らはここから離れるそうです。どうしますか?」
「まあ仕方あるまい。ここは従おう」
「了解しました……と、いうわけなのであっしらもあなた方に付いて行かせてもらいますね」
「はぁ。ならさっさとして。どういうわけか今のクック緑林は危険なの。さっさと逃げないとあんた達もクックの餌よ」
「どういうわけか、ですか」
ギドはちらとアルテカを見る。
アルテカは何食わぬ顔で来た道を走り戻って行った。




