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-1- 出会い

 -1-


 日が沈み人通りの少なくなった下街、その一角のとある酒場はいつもの喧騒の中にあった。

 カウンター席に座るどこか退屈そうな男の近くでは、仕事を終えたであろう街の漁師達が酒を片手に大騒ぎしており、今日も賑わいを見せている。

 男がちらと漁師達の方を見ると、港街であるベルベリアの特産が海産物ということもあってか、その前のテーブルには様々な魚介料理が所狭しと置かれており、ここまで磯の香が漂ってくるようだった。


 何となく気分が乗らない。

 使い古された木製の椅子に腰を掛けながらそんなことを思う。


「またそんなしかめっ面でうちの酒を飲んでんじゃねえよ。評判が悪くなるだろうが」


 カウンターの向こう側から肘を掛けながらそう文句を溢すのはこの酒場の店主であるガタイの良い中年の男。まだまだ先代に比べると貫禄があるとは言えないものの、最近はその立ち振る舞いに多少の余裕が見られるようになった二代目である。


「それに偶には別の料理でも頼め」

「ははは。それはまた今度にいたしましょう。今日は日が悪いって今朝占い師に言われてしまいましてね」

「嘘をつけ。今日に限らずいつも頼まねえじゃねえか」

「ありゃ。そうでしたか。それだけこいつが美味いってことですねえ」


 そう言って胡散臭い笑みを浮かべた男が掲げたのは果実酒の入った木製のコップ。揺れる水面から芳醇な香りが辺りに広がった。


 この国、ウルヴァースでは“北の地(ノースフィール)”、“南の地(サウスフィール)”と呼ばれる二つの地域が存在しており、ここベルベリアは南の地。北の地とは大きく環境が異なることで知られ、それが特産品の違いにも繋がっている。

 果実酒は北の地の特産品で、その原材料である果実すらも北の地からの交易品でしか手に入らない希少な品。本来ならこんな下街の酒場で飲めるものではなかった。


 しかしウルヴァースの最南端に位置するこのベルベリアという街はウルヴァースの流通拠点、貿易港としての機能を果たしており、様々な交易品が出入りする玄関口である。そのため南の地としては例外的に果実酒の仕入れが可能となっていた。

 特にここの酒場は店主の拘りからか酒の品揃えが良く、値こそ張るものの果実酒の取り扱いに関しては類を見ないレベルの店として下街では密かに知られている。


「ところであんた、まだ魔鉱夫なんかやってんのか?」

「魔鉱夫なんかってそんな言い方、酷いじゃあないですか。これでもちゃあんとした仕事ですよ?」

「安い、辛い、危ないの三拍子が揃った誰もやりたがらない仕事だろうが。魔鉱夫やるくらいなら零細クランに入って依頼探した方がまだマシってもんだろ。寧ろよく果実酒(それ)を飲めるほど金持ってるな。どういう理屈だ」

「ははは。秘密です」


 魔鉱石というのは魔力が込められた鉱石のことで、ウルヴァースにおいて最も利用されている資源である。今この酒場でも料理を作るために使った火、店内を照らす明かりなど用途の幅も広く、顔を上げれば目に入るくらいに一般の生活に浸透している。

 魔鉱石は地脈を流れる魔力が長い時間を掛けて大地に眠る石の中に染み込むことによって出来上がるらしいのだが、当然どこでもできるというわけにもいかず、適切な環境でしか生成されない。しかも内包する魔力を使い切るとただの石に戻る消耗品でもある。


 そんな魔鉱石を採掘し、街へ届ける仕事をする人のことを魔鉱夫というわけだが、これがまた頗る人気のない仕事だ。


 まず魔鉱石が生成される場所まで行く必要があるのだが、それが大抵は人里から遠く離れた地にある。移動だけで数日かかることもざらで、そこまでして向かっても魔鉱石を見つけられずに帰ることだってあるくらいには見つけるのが難しい。しかもその場合、完全歩合制である魔鉱夫の収入は準備費用分だけでマイナス。それだけでも嫌がられる理由が見えてくるというものである。


 しかし、嫌がられる一番の理由は他にある。それは道中、そして魔鉱石の鉱山に着いてからでも襲ってくる賊や魔物の存在だ。あれらはもう、害虫と同じ頻度で現れるため本当にどうしようもない。もし魔鉱夫だけで遭遇してしまえば命懸けの逃亡を強いられることになる。収入の低さに加えて命の危険まであるとなると、こうして店主に言われてしまっても仕様がないくらいには酷い職場環境であった。


「それにしてもクランとは。懐かしいですねえ」

「何だか含みがある言い方だな。まるで過去クランに所属していたかのような……」

「まあ昔の話ですが。言ってませんでしたか」

「は?それ本当の話か?じゃあ何で今は魔鉱夫なんか。まさか追い出されたのか?」

「嫌ですねえ。違いますよ。クランが解散してしまったので、続けられなくなったというだけです」

「ふーん。その解散理由てのは何だったんだ?」

「……興味津々なところ申し訳ないのですが、特別面白い話はできませんよ?」

「いいから言ってみろ」

「それなら言いますけど、ガッカリしないでくださいよ?


 ―――クランマスターがいきなり、クラン設立時に立てた目標を達成したから解散すると言い出したんです」


 男は久方ぶりに記憶の中のクランマスターの顔を思い出す。


「へえ。珍しい理由ではあるな。何を達成したんだ?」

「さあ。実はその目標、あっしはよく知らないんですよ。解散するその時まで誰も教えてはくれませんでした。おそらく他のクランメンバーも知らなかっただけだと思いますが」

「んだよそれ。何でクランメンバーがクランの目標を知らねえんだ」

「クランの目標ではなく、クランマスター個人の目標だったのかもしれません。クランと言っても肩書だけの烏合の衆でしたから。今にして思えば多分お互いに対して然程興味を持っていなかったんでしょうねえ。かく言うあっしもクランが解散して以降、初めてこの話を他人にしているくらいですから」

「お前のような奴ばかりだったってことか……随分と変なクランだったんだな。にしてもお前、それなら別のクランに入り直すことだってできただろうに。魔鉱夫に転職って、いくら何でもどうかしてるぞ」

「いやあ、はは」

「褒めてねえ」


 クランというのは何でも屋の集団だ。

 普段は街の住人達、時偶に尊いお方からの依頼を受け、それを達成することで報酬を受け取る民間組織。頭数はクランによってばらつきがあり、多いと百人を超える規模になることもある。

 クランが受ける依頼は千差万別だが、特に多いのは魔物や賊の討伐依頼だ。この手の依頼が無くなったところは男が物心ついてからこの方一度も見たことが無い。もちろん危険のない依頼もあるにはあるが、ほとんどのクランは戦闘を手段とした傭兵活動がメインとなっている。

 命の危険という意味では魔鉱夫よりもありそうだが、報酬という見返りの大きさを考えればクランに所属する方が人気なのも頷ける。魔鉱夫ではどれだけ魔鉱石を持って帰っても一山いくらにもならない。


「でもまさか万年飲んだくれのお前がなぁ。もしかして事務仕事専門だったのか?」

「はは。まさか。そんな余裕のあるクランではありませんでしたから無理矢理にでも戦わされていましたよ」

「それもそうか。戦わねえ奴が所属してるクランなんてこの辺じゃ “万象の記録”とか、“灼熱天”くらいしか聞いたことがねえ。お前がそんな大層なクランに入れると思えねえし……良くこれまで死なずに済んだな」


 店主は男の胡散臭い見た目とこれまでの付き合いから、今こうしていられるのも運が良かったからなのだろうと決めつけた。


「酷いですねえ。まあおっしゃる通り何度か死にそうにはなりましたけどね。私なんかは特に学があるわけでもないもんで、脱退するまで終始こき使わされてばかり。囮としてドラゴン種の目の前に立たされた時もありましたねえ」

「ど、ドラゴン?お前本当に良く生きてたな。ドラゴン種なんてこの辺じゃまず見ねえけど、噂じゃ相当強いんだろ?」

「ええ。その時のドラゴンは赤色龍だったもんで、それはもう火を吹いては暴れていました。運良く生き残れたことをつい神様ってのに感謝してしまったくらいです」


 ドラゴン種というのはこの地域では珍しい魔物だが、少し人里から離れれば見つけるのはそこまで難しくはない。魔物というのはどいつもこいつも狂暴で人を見れば襲い掛かる特性があるのだが、ドラゴン種の場合、さらにこちらの視認できない超遠距離から魔法やらブレスやらを撃ってくる。毎年それで何人もの人間が消し炭にされているため、よく討伐依頼が出されているのだがそれでも受けるクランは数少ない。いくら報酬が良かったとしてもドラゴン種の討伐は見送るのが中堅クラン界隈の常識であった。



 他の客が帰る頃になり、段々と静かになっていく店内でちびちびと飲んでいた果実酒をついに呑み終え、そろそろ出ようかと入り口を見た時、珍しいものが視界に映った。特徴のある三角模様が刺繍されたバンダナ。大きくとがった耳。その耳を上下にせわしなく動かしながら小さな背丈をしっかりと伸ばし、店内を窺う子供がそこにはいた。


「あのバンダナと特徴的な耳。ヴィルク族の子供か。どうしてこんなところに」


 店主はそう呟きながらその子供へ近づく。


 ヴィルク族。

 この辺りでは珍しい。北の地で生活していることの多い種族である。

 そのヴィルク族の子供は近づいてきた店主に問いかける。


「ここで依頼ができると聞いたのだが」

「ああ。坊主は依頼を出したいのか。他に連れはいないようだが、大陸文字は書けるか?」

「ぼっ…………いや、まあいい。書ける。どうすればいい」

「クランに依頼するのも初めてか。だったらこの紙に依頼内容を書いて俺に渡しな。俺が依頼内容の確認を終えて、あそこの板にこの紙を貼る。それで準備は終わり。あとはあの板に込められた魔法でギルドに連絡がいくようになってる。あ、成功報酬は先払いだぜ?俺が先に預かって依頼成功が確認できた段階で依頼を受注したクランに渡すことになる。他に何か質問はあるか?」

「先払いの理由は?」

「持ち逃げ対策だな。昔いたんだ。依頼成功報告後に報酬を持って失踪した依頼主が」

「依頼が失敗した場合はどうなる?」

「俺から依頼主、この場合坊主に返すことになるな」

「なるほど」


 店主が指差す先には頑丈そうな板が設置されている。縁には特徴的な装飾がされており、明らかに高級そうな作り。さらに中央部には今店主がヴィルク族の子供に渡した紙と同じ紙が何枚も貼り付けられており、剥がされたような跡も何箇所か見られる。これは通称依頼板と呼ばれる掲示板で、ギルドからこの酒場に支給されているものだ。

 ギルドというのはクランに仕事を斡旋する仲介屋のような組織である。その経営は国が介入し、管理しているため、ギルドの管理下にあるクランは実質国に認められた組織として活動できる。

 そしてクランに所属する人間はこうしたギルドから認可されている酒場などで依頼を受注、遂行、報酬を受け取るというのが一般的なクラン運営の流れであった。


「依頼範囲はこの街だけの場合と国全体の場合の二つを選べるがどちらにする。ちなみに後者だと時間も金もかかる」

「前者だ」

「まあそうだよな。なら報酬とは別で依頼仲介料をこれだけ払ってくれ」

「分かった。……最後に一つだけ質問があるんだが、依頼はいつ頃受注されることになる」

「さあな。まあ依頼内容にもよるからよ。よほど条件が良ければ明日には受注するクランも出てくると思うぜ」

「この内容ならどうだ。すぐに受けるクランはあるか。明日か、最低でも明後日には出発したいんだ」


 そう言ってヴィルク族の子供が差し出した依頼内容の書かれた紙を店主が受け取る。一瞬だけちらと見えたその内容は護衛依頼。どこまでの護衛かにもよるが、よくある依頼だから受けるクランもあるだろう。そう思った矢先、店主は眉を顰めて溜息を吐く。


「……無理だな」

「……!どうしてだ。報酬の問題か?」

「いや、報酬は悪くねえ」

「じゃあ」

「ただ目的地が危険すぎる。道中のトラブルを考えれば難易度は高くならざるを得ないだろうな。それに受けるクランがあったとしてもこれだと準備に相当時間がかかるだろうよ。偶々そっちに向かう予定があるクランだったならともかく、そうでなければすぐに出発ってのはおそらく無理だ」

「そうか……」

「とはいえこの内容なら数日待てば受けるクランは出てくるだろうぜ。この辺りの土地勘がある奴もいないことはない」

「いや、事情があってどうしても明後日までには出ないといけないんだ。すまない。無理を言った」

「……そうかい。いやこちらは構わんよ。それよりこれはただのお節介だが、どんな事情にしろ焦って上手くいくことってのはまずあり得ねえ。一人で行くつもりならやめておきな。あっけなく死ぬぞ坊主」

「坊主ではないが、その気遣いには感謝する」


 そのまま止まることなくヴィルク族の子供は背を向けて酒場から出て行こうとする。

 その小さな後ろ姿を見た二人の中年は若干の後味の悪さを感じるが、実際こんなことはよくあることだった。できないものはできない。相手が誰だろうと、どのような事情があろうと現実は早々に変わらないものである。


「あ!」


 すると店主が何かを思いついた様子で声を上げた。


「おーい!そこの坊主、ちょっと待ちな!」

「だから私は坊主じゃ……」


 店主はヴィルク族の子供が書いた依頼内容をこちらに見せてくる。不審に思いつつも依頼内容、報酬、目的地と男が読み進めたところで嫌な予感がした。


「そういえば魔鉱石の鉱山の場所ってこの辺りだったよな」

「……ええまあ。そうだったと思いますが。まさか連れて行けとか言い出しませんよね?」

「よく分かってるじゃないか。そのまさかだ」

「はは。嫌ですよ。どうしてあっしが」

「どうせ魔鉱夫も護衛のクランを雇っているんだろ?ついでに連れて行ってやれよ。こんな小さいガキが一人でこんなところまで来てんだぞ。見捨てたら可哀想じゃねえか」

「そんな無責任な。あっしはただの下働きですよ」

「だったら坊主の依頼を魔鉱夫が護衛に雇ってるクランに紹介してやるだけでもいいからよ。それくらいいいだろう?」

「うーん。とは言ってもねぇ。うちの魔鉱夫組合は少々特殊で……」

「私からも頼む。どうしても急いで向かわないといけないのだ」


 ヴィルク族の子供はその見た目にそぐわないほどしっかりと頭を下げる。

 これでは断りにくいったらない。


「……まあ、組合長に頼むだけであれば」

「頼んだぞ」

「頼むだけですって」


 なし崩し的に引き受けなければならない空気にするのはやめてほしい。

 それにしてもこの強面の店主が他人にここまでお節介を焼くっていうのは珍しい光景である。そういえば最近奥さんに子供できたらしいから、それでこの子供に同情したのかもしれない。子供ができると人は変わるとよく言うが、実際見ると不思議なものだと男は思った。


「次来た時に新しく入荷した果実酒を優先的に飲ましてやるから」

「……できる限り、協力させてもらいます」


 新しい果実酒というものに男は思いを馳せつつ、ついでに安くしてくれないものかと今日軽くなった革の財布をぷらぷらさせて店主を見やる。それに気付いた店主は「分かった分かった。この依頼が無事成功に終わったら試飲てことでタダで飲ませてやるよ」と溜息をついた。

 まさかの大サービス。男のやる気が俄然高まる。


「運が良かったな、坊主。こいつが引き受けてくれるってよ」

「だから坊主じゃないと何度言えば……まあそれはともかく本当に引き受けてくれるのか?」

「ええ。喜んで引き受けさせてもらいます。何としてもうちの組合長を説得させてみせましょう」

「そうか!恩に着る。私の名前はアルテカ。あなたの名前は何というのだろうか」


 ヴィルク族の子供、アルテカは手を男に差し出しながら問いかける。


「おお、これはご丁寧に。あっしの名前はギド。しがない魔鉱夫にございます」


 差し出された手を男、ギドは握り返した。


 この時、この小さい手を取ったことがギドの退屈な人生を変える大きな分岐点だったと本人が知ることになるのは、もう少し先の話であった。



 

 -2-


 この大陸にいる人語を解する種族は五種。

 その内ヴィルク族というと魔法を使うために必要な保有魔力量、それが先天的に優れていることで知られている種族だった。

 以前ギドの所属していたクランにも双子のヴィルク族がいたが、そのどちらもが種族特性を活かすような魔法使いとして活動しており、ギドとしても敵に回したくないほどの使い手であった。ギドはアルテカの顔を見る度に今どうしているのかも知れないその二人のことを思い出し、少し憂鬱な気分になった。


 あの邂逅から日が明け、二人は組合長への説得も終わらせたその足で今度は魔鉱夫の事務所へと向かっている。今日これから出発する連中に乗せてもらえ、という組合長の指示のためだ。急な話であったが、文字通り急を要していたアルテカとしては好都合。すぐさま宿で荷物をまとめ、今に至っている。


「それにしても拍子抜けだ。もっと組合長はごねると思っていたが、ギドが乗ると言った瞬間二つ返事で了承されるとは。随分信用されているようだな」

「そうですねえ。……はぁ」

「……お前な。さっきから私の顔を見て溜息をつくな。これで何度目だ。私が何かしたか」

「これはすみません。いや何。あなたが悪いわけではありませんよ。ただヴィルク族を見ると苦手な知り合いを思い出してしまって。どうもうっかり口をついて出てしまうようです」

「ほう。溜息は不快だったが、良いことを聞いた。私の他にもヴィルク族の知り合いがいるなら是非話を聞かせてくれないか」

「……いや、話を聞いていましたか?苦手なんですよ。その二人のこと」

「そう言うな。私にとっては故郷から遠く離れた人族の街で聞ける珍しい同胞の話なのだ」

「えぇ……そんな殺生な。あんまり言うと組合のクック車に乗せてあげませんよ?」

「すでに組合長には許可をもらっているが……」

「もう一度直談判に行く覚悟です」

「どれだけ嫌なんだ。そうだな……それなら話してくれれば金を払おう。それでいいか?」

「喜んで話させていただきます。クック車の移動中でいいですか?」

「……人族というのは現金な奴が多いと聞いていたが本当みたいだな。まあこれで道中の楽しみができたから結果良しといったところか」


 ギドの後ろを歩くアルテカは呆れたように溜息を吐いた後、僅かに口角を上げた。昨夜出会った時から思っていたが、子供のくせに随分擦れた言動をするものである。


 アルテカの目的地は我ら魔鉱夫の仕事場であるシェンナ鉱山から街道を挟んで反対側。木々が生い茂る魔物が住む森、クック緑林だという話だ。そこまでの移動には魔鉱夫組合が保有するクック車で丸一日かかるということをすでにアルテカには伝えてある。その間することもないクック車の旅に丁度良い暇つぶしができたとアルテカは喜んでいる様子だった。


「ところで。さっきは忙しそうな組合長の手前聞けなかったのだが、ギドの組合はどれくらいの規模なのだ?」

「あっしのっていうわけではありませんよ。あっしはただの下働き」

「揚げ足を取るな。ギドの所属している組合だ」

「……そうですねえ。そこそこの規模はあると思いますよ。いつもは十人乗れるクック車を十台用意してシェンナ鉱山に向かいますから」

「そうか。それなら護衛のクランも結構な規模になるのだろうな」

「ああ、それについてですが……」


 急に歯切れの悪くなるギドをアルテカは不審に思う。


「どうした。まさか護衛のクランがそこまでの規模じゃないのか?」

「ご名答。そこそことはいえ、うちの組合も経営に余裕があるわけではないんですよねえ」

「愚かなことだ。命に代えられる金はないだろうに」

「まあまあそう言わず。今までうちの組合で人が死ぬような事故は起きておりませんから」


 唐突にアルテカの足音がなくなる。

 それに気付いたギドは胡散臭い笑みを浮かべてから振り返った。


「……嘘だろう?」

「本当の話でございます」

「護衛のクランが相当に優秀だとしてもそれはあり得ない。どれだけ道中が危険だと思っているんだ」

「さて。アルテカよりもあっしの方がそれをよく知っているかと思いますが」

「なら尚更理解できるだろう。私はこれでもヴィルク族だ。すでに色魔法を三色は使える。一人でも戦えないわけではないのだ。だがそれでも護衛の依頼を出した。それほどに街の外は危険だということなんだぞ」


 ギドはアルテカから視線を逸らし、遠くに聳え立つ巨大な石壁を見る。それは街を囲うようにどこまでも続いており、魔物一匹通さないという建てた者の意志を感じさせるものであった。

 ここからでは見えないが壁の上には警備の依頼を受けたクランが駐在し、魔物が襲って来ないかと昼夜問わず警戒にあたっている。仮に襲撃を知らせる信号弾を打ち上がった場合には、街中にいる住民は全員屋内へと避難するようにと小さい頃から教え込まれてもいる。

 つまり何が言いたいかと言えば、街の外が危険であることなど幼子でも知っている常識だということだ。


「それでも人が死なないと?とてもではないが信じられんな」

「そうは言っても事実は事実。変わることはありません。事実は吟遊詩人の歌よりも奇なりとよく言うでしょう。つまりはそういうことです」

「聞いたことないが。喋れば喋るほど胡散臭い奴だな。どうも頼る相手を間違えたか。しかし他に頼る相手も……」

「後悔しているところ恐縮ですが、着きましたよ」


 どこか納得していないアルテカを他所にギドは慣れ親しんだ事務所へと入って行く。


「それにしてもその歳で三色使いですか。才能があるんですねえ」


 ヴィルク族には筋力の強さこそ人族以下ではあるが、生来の高い魔力適正という特徴がある。魔力の多さは使える魔法の種類の豊富さに繋がるため、ヴィルク族の子供であればいくつか魔法を使える可能性は確かにある。しかしあくまでもそれは可能性の話。魔法を使えるようにするには自身の魔力を支配し、使いこなす必要があるため、実際には難しいのが現実だった。


 なお色魔法というのはウルヴァースで最も有名な魔法体系のことで、例えば“赤”の場合は火や熱に関する魔法といったように括られている。


「三色というと何色なんです?」

「赤、青、黒の三色だ。赤、青は初級レベル。黒は中級まで使える」

「おお!なんと黒まで。本当に優秀なようだ」


 黒魔法というのは他の色魔法に比べて特殊で使いこなせる魔法使いは多くない。

 その特徴は他者の妨害。足を遅くしたり、腕を上げられないようにしたりと現象としては地味な魔法が多いが、対象の魔力を操作するため難易度が高く、それ故に戦闘における効果は絶大だ。当ててしまえばあとは倒すなり逃げるなりどうとでもなるという妨害特化の戦闘用魔法。それが黒魔法である。


「赤と青であれば初級でも火や飲み水を出すことはできますし、対人向きの黒に至っては中級までとは。アルテカに魔法を教えた人はあなたが危険な目に遭っても大丈夫なようにしっかり考えてくれていたようですねえ」

「……そうだな。師匠はとても素晴らしい人だった」


 アルテカは昔を思い出し、柔らかい笑みを浮かべる。

 出会ってから初めてアルテカが笑うところを見た気がしてギドは少し意表を突かれることになった。気を抜けば子供であることを忘れてしまいそうになる。


「話を戻すが、そんな優秀な私でも危険だと考えるような場所なのだぞ。本当に大丈夫なのか?」

「絶対なんて強い言葉は使えませんが、おそらくシェンナ鉱山までの道のりで危険はないと思いますよ」

「……信じられん」


 その後は事務所の中で大人しく待っていると段々と今日これから出発するであろう魔鉱夫達が集まってくる。

 街の外という危険地帯にこれから向かうとはとても思えない緩んだ顔つき。最初は疑っていたアルテカも雑談に興じる彼らの表情に見るにしたがって、ギドの言っていたことがある程度真実なのかもしれないと考えるようになっていった。


「ではそろそろ出発です。クック車舎に向かいましょう」

「は?まだ護衛のクランが来ていないようだが……もしかしてすでに来ているのか?」


 もう一度事務所の中をアルテカは見渡す。

 しかし、それらしき集団どころか武器の類を持っている人間すらいない。

「まさか……」と思わず感じた不安をアルテカは口に出した。


「さーて。今日もお仕事頑張りましょう」

「おい」

「今日はお天道様も機嫌が良いようで、こっちの気分も良くなりますねえ」

「おいって」

「あ、そういえば」

「ギド!!!」


 アルテカの上げた大きな声に事務所内の注目が集まる。


「そろそろお前の冗談に付き合うのも限界だ。真実を話せ」

「ははは。そう怖い顔で怒鳴らないでくださいよ。こっちとしても嘘をつく気はありませんから。ただちょっと信じてもらえないだろうなと思いまして……話すタイミングを窺っておりました」

「ほう。では護衛のクランも雇わずにどうやって街の外に出るのか、ぜひ教えてもらおうじゃないか」


 ギドは振り返り、仰々しい振る舞いで頭を下げて「では改めまして自己紹介を」と声を上げる。


「あっしがここの護衛兼魔鉱夫を担当しております。ギドと申します。以後お見知りおきを」


 事実は吟遊詩人の歌よりも奇なり。

 アルテカは先程のギドの言葉を思い出していた。




 


2023/8/12 世界観を加筆修正

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