7 再び夢と出会う
静香の心の中には、長い間嵐が住んでいる。
「コーチから習い始めてから、かな」
スケートもコーチにも、否定的な気持ちは持ちたくない。
それでも、何かに原因をなすり付けたくなる事があるのだった。
食事に対する執着だって、ちゃんと食べられる状況なら悩むことは無い。
芸術面が足りないと言われなければ、こんなにも苦しむ必要も無かった。
何もかも放り出して、逃げ出せたら楽になるのに。
「結局、私はリンクに立たなければ何も解決しない」
スケートこそが嵐の原因だからだ。
立つことが怖くても、恐怖に打ち勝つには何度も立つしかない。
静香は逃げ出した結果が「烈への嫉妬なのかも」と、思うようになっていた。
思っていたより悪い奴では無さそうだったから。
会う度に「馴れ馴れしいな」とか「1人で練習したいのに」と感じることも多々ある。
一方で皆が惹かれる理由も分かる気がした。
表面上は軽いが、実際は一人一人ととても真摯に向かう。
「私とは真逆だな」
静香は呟いた。
余りにも違うから、嫌いだと思っていたのかもしれない。
静香が始めて烈を見た時の圧倒的なパフォーマンス。
スケート以外でも自分には持っていない物がある烈。
だから疎ましく思っていたのかもと、感じるようになっていた。
烈とペアの練習をするようになり半年ほどたった頃、静香は直接尋ねてみた。
「どう思う? 」
「は!? それ、俺に聞く? 」
「だって私が烈君の事を嫌いなの、あなたは普通に知ってたから」
「そういう問題!? 」
「じゃあ、自分で検討します」
静香は「やっぱ、こうなりますよねー」と思いながら、リンクに滑り出した。
コーチとのレッスンの為に、アップをするためだ。
「今日レッスン終わったら、ペアやる? 」
静香に付いてくるように走り出した烈が聞いた。
「うん」と軽く答える。
静香にとって気付けば、烈のとスケートは楽しいものになっていた。
自分では特別な手応えは無い。
それでも周囲からの評判は上々だった。
「静香の演技ってすごいのに、なんか窮屈そうだった」
烈は以前、彼女にこう伝えていた。
静香はその「窮屈さ」が、演技から薄れてきているのだと自分で思っている。
だから周囲からの評価が悪くないのだろうと。
スケートで誰かの心を動かしたい。
何よりも、スケートが本当に好きだったんだと、改めて気付いた。
上手くあろうとして、褒められたくて習い始めた理由を忘れかけていた。
烈がペアに誘ってくれたお陰で、無意識のうちに思い出したらしい。
ちょっとばかり、釈然としない気持ちは残っているが。
今日も自分からペアの提案をしてきたというのに。
溜息を付きながらも、静香は動きを確認したくて自主練をし始める。
静香に(多分)影響を与えた烈は、リンク外にいる郁恵と談笑しておりすぐには2人で練習が出来なさそうだからだ。
「静香のお母さんだ。挨拶しなきゃ」
烈は「ほら、静香には普段お世話になってるからさ」と言い残して。
「烈君のお陰で、最近の静香は楽しそうよ」
「そう……だと、良いんですが」
「本当よ。だって、今、静香を見てスケートを始めた頃を思い出したもの」
分からないな、とでもいう様な表情の烈に郁恵は続けた。
「見ているこちらが、嬉しくて幸せになるもの」
郁恵の視線の先を、烈も眺める。
2人の視線の先には、静香がいる。
とても気楽に自分の振付にのせてスケートを楽しんでいる彼女の姿。
珍しく氷上でバランスを崩したらしい彼女は、顔の前で手を振り払う。
何事もなかったかのように、再び走り始めた静香。
何かを口ずさむ口元や、雰囲気には微笑みが浮かんでいた。
読んで下さりありがとうございました。
微かでも良いので、あなたの記憶に残ると嬉しいです。
(もちろん、良い意味の方で)