2 苦悩との出会い
「フィギュアスケートを習いたい」
静香が母の郁恵に伝えた後は、まずまず事が上手くが運んだ。
車で通える場所に、フィギュアスケートを教えるスポーツクラブがあったのだ。
早速、静香は入会しクラスに参加できるようにした。
週末の夜にある1時間半のクラス。
主に父の送迎でスポーツクラブへ行き、静香はレッスンを受ける。
始めはシューズを履き、リンクに立つ事すら不安定でおぼつかなかった。
少しずつ立ち上がり、ゆっくり滑る事が出来るようになる。
やがて滑る時のスピードにも慣れると、どんなに遠い所までも進めるような気がした。
「静香ちゃん上手」
「もうそんな技、出来るようになったんだ。羨ましい」
静香は、どんどん上達する。
褒められて得意になった。
何より自分でも、日々上手くなっていくのが分かる。
自らの意志で「やってみたい」と選んだ事だったから尚更、楽しくて仕方がなかった。
静香が「もっとやりたい」と思ったのは当然の成り行きだった。
「ただのお稽古ではなく、更に上を目指したらどうでしょう」
周囲の後押しもあり、コーチからも個別にレッスンを受けるようになる。
静香がレッスンを始めるときには、既に中学生になっていた。
今までのクラスもやめることはしなかった。
曜日が重ならなかったし、リンクにも居たかったからだ。
静香にとって、リンク自分の居場所であり、生きる意味になっていた。
「コーチ、私って西日本のジュニア選手権に出られたりします?」
「そうねぇ、技術面には問題が少ないないから、これからは芸術面を伸ばしていきましょう」
フィギュアスケートの採点は大きく分けて2つある。
技術点と演技構成点だ。
「でもね、私の言う芸術面は演技構成点だけじゃないの」とコーチ。
「どういう事でしょうか」静香は尋ねる。
「いわゆる、動きの一つ一つよ」
以来コーチとの練習で、指摘されたことは一言一句聞き洩らさないのは当然になった。
自主練の時は教わったことを、何度も何度も復習する。
「クロス」と呼ばれる8の字をリンクに描く、基本も毎回欠かすことは無かった。
家では体幹の為に、バランスボールを椅子代わりに使う。
リンクに行けない日は、縄跳びや筋トレを嫌々ながらも必ず行った。
同じコーチから教えを受けている選手を見て、自分にないと事を盗もうとした。
それなのにコーチからも自分自身にも、手応えがない。
ずっと体を酷使していたからか。
梅雨が明け、夏が近づくのに暑さに体が慣れてないからか。
夜にどれだけ眠っても、関節が痛いまま朝になってしまう。
どうしたら、いいんだろう。
どうしたら、もっと出来るんだろう。
静香が体の痛みに苛立ちを覚えながら、下校途中していた時の事だ。
小学生の時に遊んでくれた、近所のお姉さんが里帰りしていた。
目に留まった彼女に静香は、軽く会釈をした。
「静香ちゃん久しぶり。美人さんになって」
「お姉さんは、実家に帰らせてもらいます。ってやつですか」
昔のように軽口を叩き、彼女の脇を通り過ぎるために手を振った。
「違う違う。今は主人が長期出張に行ってるからよ」
お姉さんも、手を振り返し通りすがる静香にこう返す。
「ところで静香ちゃん、かなり身長も伸びたんじゃない。
もうすぐ私を追い越しちゃいそう」
静香はもう一度、彼女に会釈をし家へ急ぐ。
彼女の言葉で、静香に思い当たる事があった。
関節の痛みについて。
これは、きっと成長痛だ。
もし成長痛なら、更に身長が伸びることになる。
せっかく上手く飛べるジャンプが、駄目になってしまう。
重心がずれバランスが変わってしまうから。
背が伸びたせいでジャンプの立て直しを余儀なくされた先輩がいた。
彼が言っていたのだ。
「夜中なんかギシギシ聞こえてたんだけど、自分の骨が伸びる音だったんだって。
そりゃギシギシ言うくらいだもん。関節痛くなるはずだよな」
今でさえ、スケートが上手くいかないのに。
本当に駄目になっちゃう。
自分の価値が無くなってしまう。
「私、もうこれ以上食べちゃいけない。二度と何も食べたくない」
家に着いた静香は、呟いて自分のベッドに倒れ込んだ。