64.真琴×龍之介
「マコ、うそ……」
龍之介の前で『マコ』から『おさげの天使様』へと変わった真琴。そんな彼女を龍之介は瞬きせずに見つめる。真琴が言う。
「ごめんなさい。ずっと騙していて本当にごめんなさい」
真琴がそう言って大きく頭を下げる。龍之介が擦れた声で言う。
「マコ、お前が『天使様』だったのか。お前、女だったのか……」
「……はい、ごめんなさい」
頭を上げた真琴が申し訳なさそうな顔で答える。
謝罪の気持ちと恥ずかしさが真琴に同居する。本当に申し訳なくてずっと謝っていたい気持ちと、真琴の姿を見られて隠れたい気持ち。でも決めた。もう逃げないと。龍之介が言う。
「俺、ずっと『天使様』と一緒に暮らしていたのか……」
「はい……」
その言葉を聞いて顔を真っ赤にする真琴。
毎日言い合った冗談。一緒に食べたご飯。お風呂、トイレ。おやすみの挨拶。すべて目の前の龍之介と一緒に過ごした大切な時間。真琴が言う。
「私、恥ずかしくて……、すっごい恥ずかしがり屋で、龍之介さんに言えなくて……」
「許す」
「え?」
下を向いてそう言っていた真琴が顔を上げる。
「許すよ。だって『マコ』だし、『天使様』なんだもん」
「龍之介さん……」
龍之介の目に涙が溢れる。真琴もそれに応じるように涙目になる。
「マコ……」
そう言って真琴に歩み寄り抱きしめようとする龍之介。真琴はそれをすっと横に逃げるように移動する。龍之介が言う。
「え? 何で逃げるの?」
横に移動した真琴が顔を真っ赤にして言う。
「は、恥ずかしいです!!! そんなの……」
マコならいざ知らず、真琴として抱きしめられるのは我慢できない。戸惑う龍之介が言う。
「え、でも、この流れ流れなら抱きしめ合って愛を誓うんだと思うけど」
「だ、抱きしめ、愛を誓う……!?」
自分で言った言葉で更に顔を赤くする真琴。首を左右にブンブン振って応える。
「む、無理です!! そんなのまだ無理です!!!」
「ええっ!! マジで!?」
これにはさすがの龍之介も驚く。
真琴はテーブルに置かれたニット帽とメガネをすっとつけ、マコに戻って答える。
「ごめんなさい。お付き合いとか、そんなのはまだ無理なんです……、最初はお友達から……」
「はあ!?」
その言葉に唖然とする龍之介。
結局告白は無駄だったのか。自分の気持ちは『天使様』に届かなかったのか。龍之介が震えた声で言う。
「マコ、お願いだから、『天使様』に戻ってくれよ……」
真琴が首を振って答える。
「む、無理です!! この格好じゃないとまともに話せないし……」
「そ、そんなあ。おい、まさか俺、ここ追い出されるのか……??」
龍之介が最も危惧したひとつ。女子高生と男子大学生がひとつ屋根の下で暮らすことなど普通世間が許さない。真琴が答える。
「それは、大丈夫です。私、ひとりじゃ怖いし、龍之介さんがいいって言うのなら……」
「いい!!!」
「ひゃ!?」
突然の大きな声に驚く真琴。
「いいに決まってるだろ!! っていうか、まさかキヨさんは知ってんか?」
「もちろん。知らない方がおかしいでしょ」
「そ、そうだよな……」
冷静に考えればその通り。キヨが知らない方がおかしい。
「と言うことはキヨさんは俺が男だと知って、お前と暮らすことを許可してくれたのか?」
「え、ええ、そうよ……」
真琴が躊躇いながら答える。龍之介が答える。
「それはキヨさんにお前の相手として認められたって子とか?」
「ち、違います!! 男同士だから認めたんです!!!」
龍之介が真琴のことを男と思っていたから認めた同棲。だがそれがバレたらどうなるのか。
「キヨさんが知ったら俺ってやっぱ退去?」
「それはないと思います。おばあちゃんも龍之介のこと信用してますし……」
「そうか。そうであって欲しい」
龍之介も頷いて答える。
「とりあえず、マコ……」
「はい?」
真琴が答える。
「『天使様』になってくれ」
「嫌です」
即答の真琴。龍之介が悲し気な顔で尋ねる。
「何でだよ……」
「恥ずかしくて、無理なんです……」
「俺とお前の仲じゃん」
「真琴とはほぼ面識なしです。知りません」
男装マコが冷たく言い放つ。
「と言うことは同棲は続けるけど、マコはずっと男のままなの?」
「はい」
「……」
つまらない。でも追い出されるよりはずっとまし。龍之介が答える。
「分かった。しばらくはマコのままでいい。だが風呂一緒に入ろう。前みたいにのぼせるといかんし。あと夜は一緒に寝よう。ひとりじゃ怖いんだろ? 俺が添い寝してやる」
「ふざけないでください。全部要りません」
更に冷たく、無表情のマコが言う。龍之介が泣きそうな顔で尋ねる。
「な、なんでだよ……、マコは俺のことが嫌いなのか??」
それを聞かれ一瞬たじろぐ真琴。
(嫌いなわけない。逆に好き。だけど、やっぱりそんなの恥ずかしくて……)
「俺はマコのことが好き。大好き。本当に好きなんだ」
「ううっ……」
真正面から『好き』を連発され顔を真っ赤にする真琴。
「そのイヤリングも貰ってくれるということなんだな?」
真琴に耳にある貝のイヤリング。こんなものほとんどつけたことないし、正直センスもどうかと思う。でもこれは自分のことを忘れずに買って来てくれた品。早くつけたいという気持ちはずっとあった。
「うん、折角私の為に買って来てくれたわけだし……」
「そうか、気に入ってくれたか! 良かった、絶対マコなら似合うと思ってたんだ!!」
貝が似合うって私は一体どんな女よ、そう思いつつ真琴が苦笑する。龍之介が笑いながら言う。
「いやー、それでもマコが女である意味良かったよ」
「どうして?」
真琴が尋ねる。
「いや、だってさ。マコって時々男にしては妙に色っぽかったし、仕草を見て時々どきっとしてたりしてさ。振られ続けてついに俺もそっち系に目覚めたんじゃないかと内心心配してたんだよ」
「ぷっ、そっち系って何ですか~」
「だって、マコは男なのに時々可愛いって感じになってさ……」
真琴がにっこり笑って尋ねる。
「龍之介さんは~、そんなにマコちゃんのことが好きだったのかな~」
冗談で言った真琴。龍之介が真剣に答える。
「ああ、好きだ。大好き。ここに住まわせて貰ったりご飯作って貰ったり、感謝してもしきれないよ」
「え、いや、そんなこと。わ、私の方こそ龍之介さんにはいっぱい色々して貰って……」
思わぬカウンターを食らった真琴が口籠る。龍之介が追撃を行う。
「これからもずーっと一緒にいるから!」
「え!? あ、はい……、よろしくお願いします……」
基本受け身の真琴。積極的に攻められると簡単に落ちてしまう。いつもと違った龍之介との間に動揺する真琴。あることを思い出して口にする。
「あ、あの、龍之介さん……」
「なに?」
龍之介が尋ねる。真琴は自分のスマホを取り出し、ある物を見せて言う。
「この以前貰った遊園地のチケット、良かったら一緒に行きませんか?」
それは前に龍之介が真琴に誕生日プレゼントとして渡したチケット。有効期限はないので基本いつでも行けるチケットだ。龍之介が嬉しそうに言う。
「え? いいの、俺で??」
「あ、はい……」
真琴が恥ずかしそうに下を向いて答える。
「え、でもマコってさ、確か片思いの人がいたんでしょ? それは……」
「あれは、その、思わず口から出てしまっただけで、本当は……」
龍之介が言う。
「本当は俺のこと、だったんだな?」
「ち、違います!! (違わないんだけど……)」
真琴が顔上げて即答する。
「いいよ、いいよ。俺はマコと行ければそれだけで。デートじゃん!!」
「デート……」
改めてその恥ずかしくて、そして甘美な言葉を口にする。
「し、仕方ないから、一緒に行ってあげます!」
「ありがとな、マコ!!」
恥ずかしがる真琴のよそに、龍之介は彼女の手を握り心から喜んだ。
「おはよ、マコ!!」
「あ、おはようございます。龍之介さん」
翌朝、いつも通りの朝を迎える。ただある一点を除いていつもと同じ朝。龍之介が真琴の手を握り言う。
「マコ、好きだ。結婚しよう」
「ひええ~!?」
朝食を作っていた真琴が思わず後ずさりする。
「な、何言ってるんですか!?」
「何って、俺の朝の気持ち。多分毎日こんな気持ち」
顔を真っ赤にした真琴が言う。
「け、結婚って何ですか! どうしてそこまで飛躍するんですか!!」
「いや、だってマコとの生活はもう長いし。お前以外の女は俺、考えられないし」
かあああ……
真正面からまるでプロポーズするような言葉を平然と話す龍之介に真琴が赤面する。
「と、とりあえず座ってください。ちょうど朝ごはんができましたから!」
「お、いいね。愛妻との朝食」
「もお……」
エプロンをつけた真琴。それはまさしく新妻であり、愛妻のようであった。
「じゃあ、行って来ます……」
朝の支度を終え、学校へ向かう真琴が遅めに家を出る龍之介に言った。龍之介が固まって言う。
「おい、その姿は……」
「……はい、真琴です」
それは『天様』と言って龍之介が恋焦がれた女の子。
男装がバレた今、もう朝から男装する必要はない。龍之介がガッツポーズをして言う。
「可愛い、可愛い、可愛いいいいい!!!!」
「ちょ、ちょっと龍之介さん……」
玄関で喜び叫ぶ龍之介を見て真琴が困惑する。
「だって、朝から『天使様』に会えるんだぜ! これが喜ばずにいられるか!!」
「は、はあ……」
真琴はいつものおさげとは違った、ストレートにおろした髪に手をやる。その視線に感じた真琴が尋ねる。
「きょ、今日はこれで行こうと思うんだけど、どうかな?」
おさげではない『天使様』。それでも圧倒的に可愛い。
「パーフェクト!!」
龍之介が親指を立ててそれに答える。真琴が恥ずかしそうに答える。
「ありがとうございます。じゃあ、行って来ますね」
真琴は恥ずかしさを隠す様に小さく笑って玄関を出た。
(嬉しい、嬉しい、龍之介さん、好き……)
マンションを出た真琴は、何度も心の中で彼との生活の喜びを嚙みしめる。いつしか笑顔になり仕草や顔が明るくなる。
(龍之介さん……)
電車のいつもの席に座った真琴。龍之介のことを思い出し自然と笑みとなる。
(誰あれ? めちゃ可愛いじゃん)
(あんな子、居たっけ?)
真琴はまだ気付いていない。
そんな彼女を見つめる周りの視線が劇的に変化していることを。




