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62.撃沈!?

(寝れないな……)


 部屋に行き、ベッドに入った龍之介が暗くなった天井を見つめる。

 目を閉じると見事に振られてしまった今朝の光景が思い出される。前向きでこれまで振られてもめげなかった龍之介が、初めて心の底からの悲しみを感じていた。



(交通事故で頭打って、俺マジでどこかおかしくなったのかな……)


 初めて経験する脱力感。

 まるで自分が自分じゃないような感覚。

 龍之介にとって『おさげの天使様』の存在はそれほどまで強くなっていた。ただ今朝会った『天使様』は以前思っていた彼女とは少しだけ違っていた。



(可愛かったのは当然だけど、なんか安心感と言うか安らぎと言うか……)


 確かに好みのタイプでひと目惚れしたのは事実。

 ただ今朝の彼女はそれ以上に何か龍之介にとって特別な存在に感じた。それが意味するものは分からない。好き過ぎてそんな気持ちになったのかもしれない。



(でも、振られちゃったな。走って逃げられたもんな……)


 完全なる敗北。そして自分自身に問う。



 ――まだ行けるか?


 少し考えた龍之介がすぐに答えを出す。



「行ける。というよりはこの気持ちは抑えられない」


『天使様』への想いは変わらない。

 もう一度だけ、もう一度だけ気持ちを伝えよう。きっと突然の告白に彼女も驚いたに違いない。

 もう一度だけきちんと告白して、ダメならダメで仕方ない。十分にやった。それ以上はストーカー扱いされてしまう。龍之介はひとり布団の中へと潜り込んだ。




 同じ頃、キッチンで冷めてしまったすき焼きを前に座っていた真琴がひとり考える。


「私の番……」


 龍之介は頑張った。

 彼だって恥ずかしかっただろう真琴じぶんへの告白をきちんとやった。彼は彼の信念を貫き通した。



「私は……」


 龍之介が好きなのはもう否定しない。

 一緒に暮らし、もう生活の一部になってしまった今の状況で、彼抜きの生活など考えらなない。毎日作るご飯や何気ない会話。朝の挨拶から始まり、冗談を言って笑う日々。こんな当たり前の幸せをくれた龍之介を手放したくない。



(だから今度は私が頑張らなきゃ……)


 頭では分かっている。

 ただ長年彼女を支配し続けてきた『陰キャの真琴』が黒い鎖でその心を縛り上げる。目立つことを恐れ、それに反することに反射的に逃げてしまう。



「龍之介さん、私……」


 真琴は冷めたすき焼きをひとりじっと見つめた。






「おはようございます! 龍之介さん!!」


 翌朝、真琴は起きて来た龍之介に元気に挨拶をした。あんなに早く寝たはずなのに眠そうな龍之介。目の下にクマができ髪はボサボサ。やはり死んだ魚のような目をした龍之介が小さな声で答える。



「あ、おはよ、マコ……」


 もはや別人のよう。

 真琴はできる限り元気に言った。



「朝は昨日のすき焼きでいいですか?」


 キッチンに漂うすき焼きの香ばしい香り。少し前なら笑顔で答えていた龍之介が小さく頷いて言う。


「うん、いいよ……」



(龍之介さん……)


 元気のない龍之介を見た真琴の目に、うっすらと涙が溜まる。それを見た龍之介が言う。



「マコ、お前はそんな顔しなくていいんだよ」


 龍之介の気遣い。それが真琴を更に苦しめる。



「龍之介さん……」


 流れ落ちる涙を手で拭く真琴に龍之介が尋ねる。


「マコ、お前も確か好きな人いたよな」


 真琴が顔を上げて龍之介を見つめる。



(はい、います。目の前のあなたです……)


 無言の真琴に龍之介が言う。



「俺みたいにあまり無鉄砲なことはやめた方がいいかもな。結構凹むから」


「龍之介さん……」


 真琴は目の前にいる手を伸ばせば届く大好きな人を前に、恥ずかしさと申し訳なさからどうしていいか分からずただただ下を向いて自分を責めた。





 そしてその後すぐに、龍之介にとって決定的な出来事が起こる。


(私、どうしよう。ちゃんと向き合わなきゃいけないとは分かっているけど……)


 龍之介より先にマンションを出た真琴。

 いつも通りに公園で真琴に着替え、駅まで歩いて来ていた。昨日告白を受けた駅。いつもと変わらぬ光景だが真琴の胸がどきどきと鼓動する。そこへ同じく駅に辿り着いた龍之介が偶然遠くに真琴の姿を見つけた。



「あ、天使様!!」


 龍之介の視線が真琴に突き刺さる。



(え? 龍之介さん!?)


 同時にそれを感じる真琴。

 龍之介センサーは自分でも驚くほど敏感になっていた。龍之介が人混みをかき分けて真琴に近付く。



(迷惑だったら謝る! だけどもう一度、もう一度だけちゃんと気持ちを伝えたい!!)


 龍之介に残されていた最後の気力を振り絞って真琴へ突撃し始めた。



(え、え、うそ。やっぱりこっちに向かって来ている……)


 その姿を見た真琴の顔が青ざめる。

 好きなのに、一緒に居たいのに、誰にも渡したくないのに、真琴は再び逃げた。



「あっ」


 いつもと変わらぬ駅構内。

 人が大勢行き交うその波の中に、龍之介の『天使様』は泡のように消えて行った。






「龍之介君、元気ないね~」


 その日の午後、バイトの為に再び喫茶店を訪れた龍之介に桃香が声をかけた。

 事情は知っている。だがあえて尋ねない。これは真琴と龍之介の問題。桃香はできる限りいつも通りに接する事に決めていた。



「元気ないっすよ……」


「何かあったの?」



「また振られたんです」


「振られた? あの天使様って子に?」


 桃香自身龍之介から以前聞いたその言葉を使って尋ねる。



「はい、見事に。顔見て逃げられました」


「あら……」


 桃香はまだ真琴がしっかりやれていないことに改めて気付く。桃香が優しげに言う。



「大丈夫だと思うよ、きっと」


 仕事の準備をしながら龍之介が答える。



「そうですね。俺もそう思っていたんですが、なんか今回の撃墜は思ったより効いちゃったみたいで……」


 その元気のない顔がそれを物語っている。



「そんなに好きだったの?」


「はい。全然話したことないんですけど、会う度に俺にとって欠かせない女の子って感じがして」


 桃香はじれったいふたりにため息をつく。これほどお互いを必要としているのにどうしてさっさとくっつかないのか。真琴にも非はあるが、恥ずかしがり屋の彼女に対して一番良くない方法で突撃する龍之介も問題である。桃香が言う。



「きっと大丈夫だから」


「ええ……」


 そう言って微笑む桃香に龍之介は引きつった顔で応えた。






 龍之介と真琴が住む高級マンション。

 そのエントランスの横でひとりの金髪の女性が誰かを待つように立っている。マンションの住人、特に男達はその彼女に声をかけたくて仕方がないのだが、彼女から発せられる人を拒むオーラによって誰も声をかけられず過ぎ去っていく。



(悔しかった……)


 その金髪の美少女ユリは、あの朝に起こった告白劇を再び思い出していた。



『好きです!! 俺と付き合ってください!!』


 自分に対しても最も言って欲しかった言葉であり、誰かに向けて最も言われたくなかった言葉。一度彼を遊んで振っておきながら今更とは思うが、自分の気持ちには嘘はつけない。


 ただ、動けなかった。

 目の前で龍之介が『天使様』に告白する姿を見て、ユリは一歩たりとも動くことができなかった。悔しさか、自分の未熟さか。それは分からないが金縛りにあったようにじっとその景色を見つめていた。



(あっ……)


 逃げるように走り去る『天使様』。

 告白が失敗し無様に立ち尽くす龍之介。



(どうしてあの時、彼の傍にいてあげられなかったんだろう……)


 人並に消えるようにしてとぼとぼと歩き出す龍之介。そんな彼に声すらかけられずにユリはどこか深い谷の底へと落ちて行くのを感じた。




(龍之介君……)


 男なんて簡単に落とせるものだと思っていた。

 実際彼女の愛くるしい笑顔の前に平然といられる男はいなかったし、龍之介も一度は落とされた。



「でも……」


 だが今彼はユリの手の中にいない。

 頑張って攻めても全然落ちる気配がない。



「だから、私はもう迷わない!」


 ユリは少し離れた場所からこちらに歩いてくる龍之介を見つけ、ゆっくりと近付く。




「ユリちゃん……」


 元気のない声。元気のない顔。

 一瞬で振られたショックからまだ立ち直れていないと分かる。ユリが龍之介の前まで行き優しい顔で言う。



「ユリが慰めてあげる。朝までユリが龍之介君をいーーーっぱい慰めてあげる」


 そう言って龍之介のを握ったユリの手は柔らかく、とても温かいものであった。

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