60.告白。
翌日、大学病院でのすべての検査を終えた龍之介は、退院と共に真っすぐ警察署へ向かった。
事故の事情聴取、そして助けた女の子の家族との面談。一通り用事を済ませてマンションに帰って来ると、日も落ちすっかり暗くなっていた。
「ただいま、マコ……」
いつもと違って元気のない声。龍之介の帰宅を知った真琴が急ぎ足で玄関へやって来る。
「おかえりなさい、龍之介さん!」
元気のない龍之介を自分が元気付けなきゃ、真琴はそう思って笑顔で彼を迎える。
(マコ……)
龍之介は疲れて帰った自分を温かく迎えてくれる真琴を愛おしく思ってしまった。男なんだが不思議と時々そんな感じがしない。上手く言えないが、一緒に暮らす相手として凄く心地良い。
(男相手に何を考えてるんだよ、俺は……)
龍之介は苦笑しながら真琴に言う。
「すっごくいい匂いだな。夕飯?」
「そうですよ。龍之介さんが好きなオムライスを作りました」
「そうか! それは楽しみ。病院のご飯も良かったけど、やっぱマコの料理が一番だからな!!」
「そ、そんなこと……」
素直に料理を褒められた真琴が頬を赤くして照れる。
「さ、早く食べようぜ。腹減った!」
「はい!」
真琴は龍之介と一緒に笑顔でキッチンへと向かった。
翌朝、再びキッチンで朝食を食べながらテーブルに座るふたり。
ほんの数日ぶりだが、こうして一緒に朝ご飯を食べられることに真琴と龍之介はある種の幸せを感じていた。真琴が尋ねる。
「もう本当に頭は大丈夫なんですか?」
トーストをかじりながら龍之介が答える。
「ああ、大丈夫。まあでもこれから保険会社とかとネットでやりとりしなきゃいけないから、それを考えると頭は痛いけどな」
「そうですね」
真琴も笑ってそれに答える。
「まあ、あと桃香さん以外にはほとんど事故のこと連絡していないから、休んでいたことを質問攻めにされるかもしれん」
そう言って龍之介はスマホに溢れたユリからのメッセージを見つめる。
「全然説明していないんですか?」
「面倒だもん」
「困った人ですね」
真琴は笑いながらそれに答えた。
「じゃあ、お先です!」
「ああ、気をつけてな」
いつも通り男装した真琴が龍之介より先にマンションを出る。真琴にとっても数日ぶりの高校。学校には『親族の入院』として届けを出し休みを取っていた。
(それよりも、もしかして今日なのかな……)
そんなことよりも真琴の頭には龍之介の告白のことで一杯であった。
退院しマンションに戻ってきたら告白をする。龍之介の宣言がいつまでも真琴の頭に残っている。
「恥ずかしい。考えただけでも死んじゃいそう……」
そう思いながらマンションのエレベーターを降りた真琴だが、エントランスを出た先にひとり立つ綺麗な女性を見て思わず足が止まった。
(あれって、確かユリさん……)
以前顔だけ見たことのある美しい女性。そして龍之介が以前恋した相手。真琴は被っていたニット帽を深く被りユリと少し距離を取って歩き出す。
(綺麗な人……)
改めてみるユリは真琴の記憶の中よりずっと綺麗だった。
しっかりと手入れされた金色の髪。絹のような真っ白な肌。立っているだけで周りを華やかに見せる美女のオーラ。朝出勤するサラリーマンが皆彼女を横目で見て行く。やはり大学ミスコンの美貌は伊達じゃない。
「……」
真琴はユリから少し離れた場所で立ち止まると、すっと建物の陰に隠れた。そこから身を隠してユリを見つめる。
(龍之介さんを待っているのかしら……)
どうして彼女がここにいるのか分からない。
ただこんな朝からじっと誰かを待っている感じのユリを見ればそう考えるのが自然だ。真琴は沸き上がる不安を抑え込みながらじっと彼女の姿を見つめる。
十分、十五分。
微動たりしないユリに真琴がある意味感心していると、そのよく見知った男がエントランスから現れた。
「龍之介くーん!!!」
「あ、ユリちゃん……」
それは真琴の同居人の龍之介。
眠そうな顔で頭を掻きながらエントランスから現れたところを、ユリが笑顔で声をかけた。
(やっぱり龍之介さんを待っていたんだ……)
真琴がその事実を知り苛立つ。
「龍之介君、全然返事くれなかったでしょ? どうしたの??」
ユリは現れた龍之介の腕に自分の手を絡ませ、少し頬を膨らませて言う。龍之介が困った顔で答える。
「いや、別に大したことなくて……」
「大したことなくてユリを無視したの??」
さすがにこれには怒って問い質そうとするユリ。龍之介が観念した顔で答える。
「いや、そう言う訳じゃないんだけど、ちょっと交通事故に遭って……」
「え!? 交通事故っ!!??」
まったく知らされていなかったユリが驚きの顔をする。
「な、なに、交通事故って!? 怪我は?? 大丈夫なの!!??」
大きな丸い目をさらに大きく開けて龍之介の全身を見つめるユリ。龍之介が申し訳なさそうに答える。
「あ、ああ、ちょっと頭を打って気を失っていただけで。大したことはないよ」
「交通事故に遭って、頭を打って、大したことない訳ないでしょ!!」
「そ、そうだよね……」
ちょっと反省気味の龍之介にユリが抱き着いて涙声で言う。
「心配したんだから。私、毎朝ここで待っていて……、連絡しても返事くれないし……」
「ご、ごめんね。ユリちゃん……」
意識を失っていたことは仕方ないとして、説明が面倒、心配掛けたくないという理由で返信をしなかったことを龍之介が反省する。ユリが目を赤くして言う。
「ちゃんと説明してくれなきゃ怒るよ」
「わ、分かったよ……」
ユリはそう言って再び龍之介の腕の自分の腕を強く絡ませると、一緒に駅へと歩き出す。
(何あれ!! 何あれ!!! 私が出て行ってすぐにああいうことをするわけ!?)
遠くで隠れて見ていた真琴は何か話をして、最終的に龍之介が頭を下げ腕を組んで歩き出す姿を見て激怒した。
(私に告白するんじゃなかったの!? やっぱりユリさんが良いのね! ふん、もういいわ!!!)
真琴は怒り心頭のまま早足で駅へと歩き出した。
(信じられない、信じられない、信じられない!! せっかく色々許してあげようと思ったのに!!!!)
真琴は鬼の形相で駅までの道のりを歩き、その怒りのオーラで駅前にいた人達を驚かせながら改札をくぐる。
(あっ)
そして気付いた。
(いけない! 真琴に着替えなきゃ!!)
怒り心頭だった真琴は、男装マコのまま駅構内に入ってしまったことに気付いた。慌てて構内にあるトイレに駆け込み、高生の制服に着替え始める。
「龍之介君、ホントにホントにホントに大丈夫なの??」
それより少し遅れて腕を組まれたまま駅にやって来た龍之介が、困惑しながらユリと一緒に改札をくぐる。どこに居ても目立つ美少女のユリ。朝からイチャイチャを見せつけられた登校途中や出勤途中の男達の視線が龍之介に突き刺さる。
「ホントだって。ホントだから、ちょっとユリちゃん、離れて歩いてよ」
「だーめ! もう離さないんだから!!」
ユリは怒りと悔しさで更に力を込めて龍之介の腕にしがみ付く。
「いや、本当にごめんって。言わなかったのは悪かったと思って……」
そこまで言った龍之介の目に、女子トイレの中から出て来たおさげの女の子の姿が映った。
立ち止まる龍之介。目に映るその姿を見て呼吸が止まりそうになる。
「あ、あ……」
龍之介の異変に気付いたユリが声をかける。
「龍之介君? どうかしたの……?」
そんなユリの声は彼には届かず耳の左から右へと抜けて行く。
「りゅ、龍之介君……?」
龍之介はユリの手から離れ、ゆっくりとその少女へと歩み寄る。
(いけなかったわ。危うくこのまま学校へ行きそうに……、え?)
着替えを終え、トイレから出て来た真琴が少し離れた場所にこちらを向いて立つ龍之介に気付く。そして直ぐに思う。
(あいつ、まだユリさんと一緒に!!!!)
そう思った真琴だが、こちらを向いて驚いた顔で近付く龍之介を見て違和感を覚える。
(龍之介さん……、なに……?)
そして気付いた。
(あーーーーーっ!!! 今、私、女だった!!!!)
ユリへの嫉妬、龍之介への怒り。そして男装と短い時間で目まぐるしく変わる状況に、真琴は今自分が『おさげの天使様』であることをすっかり忘れていた。
「……様、……天使様」
龍之介がゆっくり真琴に近付く。それを見て後退する真琴。龍之介が駆け出しながら言う。
「あ、あのっ!!!!」
(だめーーーっ!!!)
真琴はすぐに背を向け、逃げるように構内を走り出した。
「あ、待って!!」
それを追うように龍之介も走り出す。
「ちょ、ちょっと、龍之介君!?」
意味が分からないユリがひとり残され混乱する。
「待って、待ってってば!!!」
逃げる真琴を必死に追いかける龍之介。
(やだ、やだ、恥ずかしいっ!!!!!)
真琴は絶対会いたくなかった『女の姿』での龍之介との遭遇に混乱し、泣きそうな顔になって逃げる。周りが走るふたりを驚きながら見つめる中、ようやく龍之介が真琴に追いつきその手を掴む。
「きゃっ!!」
腕を掴まれた真琴が止まる。
興奮した龍之介。手を放し、振り返った真琴に大声で言った。
「好きです!!! 俺と付き合ってください!!!!!」
周囲の人達は突然の告白劇に驚きながらも、微笑ましくそれを見つめる。
一瞬の静寂。
真琴の中に沸き上がる羞恥、緊張、興奮。
そして周りの視線に耐えきれなくなった真琴がそのまま背を向けて走り出す。
「ああ、ちょっと!!!!」
ゼイゼイと息を吐きながら龍之介がその場に崩れるように座り込む。周りからは微笑みに混じって失笑も起こり始める。その後ろで慌てて龍之介を追いかけて来て、一連の告白を見たユリが思う。
(あの子が、天使様……)
その名の通りおさげではあるが、思ったよりずっと地味な女の子。ユリがその後姿を呆然と眺める。
そしてもうひとり、その騒動をひとりの女の子が驚いた顔で見つめていた。
(あれって、三上さん……、で、告白された相手って……)
赤いボブカットの女子高生。
元真琴のいじめっ子の橘カエデであった。




