54.朝帰り!?
「龍之介君、ユリと一緒に朝までいて……」
剛と一緒にユリと彼とのヨリを戻そうとした龍之介。
だが予想もしなかった彼の悪行を目の当たりにし、涙ぐむユリを切り捨てることなどできなかった。
「うん、ごめんね。ユリちゃん……」
龍之介は小さく頷いてそう言うとユリにハンカチを差し出した。
「ありがとう、龍之介君」
ユリはそのハンカチを受け取り涙を拭くと、龍之介の腕に手を絡め一緒に歩き出した。
「お邪魔します……」
真琴と同じマンション。
だがこの巨大高級マンションにはエントランスがふたつあり、ユリの住む部屋は龍之介達とは別の入り口だった。同じマンションながらこれまで会うことがなかったのはこの為であろう。
エレベーターに乗り中層階で降り部屋へ向かう。ドアは同じものだった。
「パパとママ、今日いないから遠慮しないでね……」
部屋に上がった龍之介にユリが無理やり作った笑顔で言う。
(ユリちゃん……)
口にはしないがやはり先程の写真の件、精神的にショックを受けている様である。
リビングに行きソファーに座った龍之介に、荷物を置いたユリがキッチンからビニール袋を持って来て言う。
「お夕飯、これでいいかな?」
そう言って袋の中から取り出したカップ麺を見せはにかんで言う。
「ごめんね。ユリ、全然お料理できなくて……」
(あっ)
夕飯と言う言葉を聞いて龍之介が思い出す。
(マコに連絡しなきゃ……)
今日は遅くなる、いや場合によっては本当に朝まで帰られなくなるかもしれない。龍之介は適当にユリが持つカップ麺を指差して選び、すぐにスマホでマコにメッセージを送った。
ブルブルブル……
龍之介からのメッセージを受信し真琴のスマホが震え出す。
しかしリビングに置かれたままの自分のスマホのメッセージ受信に、キッチンで料理する真琴は気付かない。
(マコ、既読にならないな……)
メッセージが伝わらない龍之介が心配する。いっそのこと走ってこのまま伝えに行こうか、そんな風に龍之介が考えた時、ユリがお湯を入れたカップ麺と大量のビールやカクテルを持ってやって来た。
「龍之介君、今日は飲もうか……」
甘い声。赤い目。
トレーを持ってそう言うユリの誘いを龍之介は断れなかった。
「え、龍之介さん。今日は遅くなる……?」
真琴が龍之介からのメッセージに気付いたのは、しっかり二人分の夕飯を作り終えてリビングにやって来た時だった。
(どうしたんだろ……)
龍之介とて立派なひとりの大人の男。
友達等と一緒に遊びに出たりして帰りが遅くなることだってあるはず。それでも真琴は不安だった。上手く言い表せぬ不安が彼女を包む。
「龍之介さん……」
真琴はリビングのソファーに座ったまま龍之介のメッセージをじっと見つめた。
「龍之介く~ん、もっと飲んでぇ~」
ユリはカップ麺はほどほどに、ひたすらアルコールを飲み続けた。
「ユ、ユリちゃん、大丈夫?」
ソファーに座る龍之介に密着するように座りカクテルを片手にべったりするユリ。
溢れる甘い香り。龍之介に落ちる金色の長い髪。感じる彼女の柔肌。すべてが龍之介の体を固くする要素である。ユリが小さな声で言う。
「ごめんね、龍之介君……」
少し涙声。体を強張らせた龍之介が聞き返す。
「何のこと?」
「写真。あんな写真、撮られちゃって……、ユリ、全然知らなかったの……」
「うん……」
ユリの体が震えている。強がったって彼女もひとりの女の子。あんなことをされて平然としていられるはずがない。
「龍之介君がね、悪いんだから……」
「え?」
驚く龍之介。ユリが言う。
「ユリをね、こうやって……」
ユリが龍之介の腕を掴んで自分に抱き寄せるようにする。驚いた龍之介が言う。
「ちょ、ちょっとユリちゃん!?」
「こうやってしっかりと、ユリを、掴まえておいてくれなかったからだよ……」
(え? ちょっと何言ってるのか分からない。ユリちゃん飲み過ぎじゃ……)
既にテーブルの上にはたくさんの空になった缶が置かれている。そのほとんどが彼女が飲んだもの。ユリが突然、片手で龍之介の頬をつねりながら言う。
「あんな男とユリをくっつけようとして~!!」
新山剛とユリを復縁させようとしていた龍之介。彼女の幸せを思ってやったことだが、完全に裏目に出てしまった。龍之介が謝罪する。
「ごめん。それは本当に悪かった。あいつも真剣だったからいいと思って……」
ユリが龍之介の胸に頭を乗せて言う。
「浮気する男は絶対イヤ。それにあいつ、馬鹿だし~」
ユリがお酒で赤くなった顔で笑いながら言う。
「それについては、同感かな……」
あんな馬鹿なことをする奴だとは思わなかった。彼を手伝ったことを心底後悔する。
「責任、取ってよ……」
「え?」
ユリが言った小さなひと言が龍之介に胸に刺さる。
「責任? 一体何の……?」
そう尋ね返した龍之介にユリが上目遣いで答える。
「それを女の子に言わせるの?」
慌てる龍之介が言う。
「いや、だって。一体何の責任か……」
そこまで言った龍之介の唇を、ユリのすらっと長い人差し指が塞ぐ。
「龍之介君、まだ飲み足らないようだね~、さ、飲んで飲んで」
そう言ってテーブルにあった飲みかけのビールを持って龍之介に手渡す。
「かんぱ~い!!」
そして上機嫌で持っていた自分の缶とぶつけて一気飲みする。
「ユリちゃん!?」
既に泥酔に近い状態のユリ。これ以上飲んだら本当に酔いつぶれてしまう。カクテルを飲み干したユリが龍之介に頭を預けて言う。
「ユリはね~、ずっと待っているんだよ。龍之介君を……」
(ユリちゃん……)
そう言うと彼女は龍之介の胸の上で静かに寝息を立て始めた。
時刻は既に日付が変わっている。龍之介はそのままソファーに座ったままふうと大きく息を吐いて天井を見上げた。
(龍之介さん、帰って来ない……)
真琴はキッチンの椅子に座ったまま、明るくなってきた東の空をぼんやり見つめた。
テーブルの上には全く手が付けられていない夕飯。冷え切ってしまったふたり分の夕飯。十月にしては冷えた朝。ずっと座ったままの真琴の手はその食べられなかった夕飯より冷たい。
カチャ……
龍之介は静かに玄関のドアを開けた。眠っているだろう真琴を起こさないよう細心の注意を払って。
(ユリちゃん、やっぱり辛かったんだろうな……)
結局あのままソファーで眠ってしまったユリ。龍之介もうとうとしたまま朝を迎えてしまった。
朝、目覚めた龍之介は置いてあったブランケットをユリに掛け部屋を出た。寝不足と二日酔いで頭が痛い。
(え?)
玄関のドアを閉めた龍之介の前に、ひとり影が現れた。
「マコ?」
ニット帽に丸い伊達メガネの真琴。龍之介を見て言う。
「どこ行ってたんですか……」
靴を脱ぎながら龍之介が眠そうな顔で答える。
「あ、いや、ちょっとユリちゃんのとこで……」
そう言った真琴の目に龍之介のシャツについた赤い口紅の痕が映る。
「ユ、ユリさん!? い、一体こんな時間まで何をやって……」
真琴が震えながら口にする。
「何もしてないよ。ただ酒飲んで寝ちゃっただけで……」
パーーーーーン!!
「え?」
真琴の強烈な右手が龍之介の頬を打ち抜いた。
「マコ……?」
いきなりの平手打ちに状況が理解できない龍之介。真琴が涙目になって言う。
「信じられない!! 最低!!! 天使様に言うから!!!」
「お、おい、マコ!!」
そう言って部屋に戻って行く真琴を龍之介が呼ぶ。しかし真琴はそれに答えずに自室へと消えて行った。
「な、何なんだよ……、一体……」
意味が分からない龍之介。
だがこの後再び真琴と会話ができるのがずっと先になってしまうことなど、龍之介は想像もしていなかった。




