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50.真琴の進路希望

「あ、おかえり。マコ!」


「た、ただいま。龍之介さん」


 カエデとの化粧、そして長い話を聞いた真琴が、珍しく遅く帰って来た。

 男装は近くの公園のトイレで済ませており化粧もしていないので問題なし。龍之介に言う。



「すぐお夕飯の準備しますね」


「あ、ああ。いつもありがとな」


「いえいえ」


 真琴は鞄をリビングに置くとすぐにエプロンをつけてキッチンへと向かう。龍之介はそんな真琴の後姿を見ながら先程まで一緒にいたユリのことを考える。



(しかしまさかユリちゃんがここに住んでいたとは……、確かに以前電話した時、同じサイレンの音が聞こえたような気がするからな……)


 近くに住んでいる可能性は考えていたが、まさか同じマンションだったとは予想もつかなかった。ユリはああ見えて結構なお金持ち。億ションに住んでいたって不思議はない。龍之介がキッチンのテーブルに行き座りながら真琴に言う。



「なあ、マコ。ユリさんって覚えてるか?」


 突然の問い掛けに料理をしていた真琴の手が止まる。



「お、覚えているけど、どうしたの?」


「ああ、あのユリさんがさ、実はここに住んでいたんだ」



「ええ!?」


 思わず振り返り龍之介の顔を見つめる真琴。



「ここに? 同じマンションに住んでいるの??」


「そうだよ。さっき駅で偶然会っちゃって、一緒に帰ることになったんだけどまさか同じだったとは」


 龍之介もまだ驚いた顔をしている。



「ユリさんが……」


 そう小さく口にしながら真琴が料理を続ける。



「いやー、マジで驚いたわー」


 そう軽く言う龍之介に真琴が尋ねる。



「嬉しいんですか……?」


「嬉しい? いや、そう言う気はないけど」


 真琴が機械的に料理を作りながら尋ねる。



「だってユリさんって龍之介さんのことが好きなんでしょ? ユリさん美人でしょ?」


「だからそれは前にも言ったけど、以前は本当に好きだった。でも今は違う。俺は『おさげの天使様』だけ」


 そこははっきりと強い口調で言い切る龍之介。



「本当なんですか?」


「本当だよ」


「本当の本当なんですか?」


「しつこいな。本当だって」



「……」


 黙り込む真琴。


「もしかしてお前、ユリちゃんのことが好きなのか?」


 ガバっと振り返って真琴が言う。


「そんなんじゃないです!!」


 そう言って再び料理に戻る真琴。


「あ、ああ……」



(なにムキになってるんだ? また怒ってるのか?)


 そう心配した龍之介だが、料理を作り終わり満面の笑顔で振り返った真琴を見てそんな気持ちはすぐになくなった。



「はーい、食べましょ。龍之介さん!」


「あ、ああ……」


 龍之介はテーブルに置かれる出来立ての料理見て、それがカップ麺じゃないことにひとまず安心した。





「ねえ、龍之介さん」


 真琴と龍之介。一緒に食卓を囲みながら夕飯を食べていた真琴が龍之介に言う。


「なに?」


 真琴の美味しいご飯を頬張りながら龍之介が答える。



「あのね、今月末に保護者懇談があるんだけど、龍之介さん出てくれないかな?」


「保護者懇談? 俺、お前の保護者じゃないぞ」


 真琴が頷いて答える。


「うん、それは分かってる。いつもはおばあちゃんに来て貰っていたんだけど、今入院してるでしょ? だから代わりに、私の()()()()とかになって貰って……」


「お兄さん? そんなんすぐバレるだろ?」


 真琴が苦笑して答える。



「大丈夫。うちの家特殊だから、義理の兄とかで通じるよ」


 それにこの程度のこと『男装』に比べれば大したことない。龍之介が答える。



「まあ、別に俺は良いけど、何するんだ?」


「何もしなくていいよ。私が話すことに頷いてくれれば」


「ふーん、そうか。分かった。ところで真琴。大切な質問がある」


「え? なに……?」


 真剣な顔の龍之介に真琴が身構える。



「先生は()()か?」



「はあ??」


 それまで笑顔だった真琴の顔が一気に怒りの顔となる。



「男です!! おっさんです!!! もうご飯片付けますよ!!!」


 そう言って食べかけのおかずを片付けようとする真琴。龍之介が慌ててそれを止める。



「わ、わっ!! ごめん、冗談だ、冗談!!」


 ちょっと泣きそうな顔になって謝る龍之介の顔を、真琴は少し笑って見つめた。






 月末の土曜日。

 真琴が龍之介に依頼した保護者懇談会の日がやって来た。家族の都合として土曜にして貰ったのは、もちろんその日が学校の制服を着て行かなくても良い日だからである。


(女子高生の制服なんて着て行けるはずないもんね)


 駅から龍之介と一緒に学校へ歩く真琴が内心笑いながら思った。今はいつものニット帽にダブついた服。男装マコだ。龍之介が残念そうな顔で言う。



「今日って学校休みだろ? 残念だなぁ、もしかしたら『天使様』に会えたかもしれないのに」


 そう言う龍之介に真琴が答える。


「残念ですね~、でも残念じゃないかも」


 その『天使様』は隣にいる。真琴はくすっと笑いながら言った。




「失礼します。こんにちは」


 休日の学校。静かな校舎の中でひとり待つ担任に龍之介が挨拶した。


「ああ、どうぞ、お座りください」


 担任は真琴のラフ過ぎる格好に一瞬しかめっ面をしたが、すぐに笑顔になって龍之介に椅子に座るよう勧める。



「いつも()がお世話になっています」


 そう言って頭を下げる龍之介に担任が一瞬妙な顔をする。



(ちょ、ちょっと、龍之介さん!!! 変なこと、言わないでよ!!)


 何かの聞き間違えかと思った担任がまた笑顔に戻って答える。


「ええっと、お義兄さんでしたっけね……」


「はい。義兄です!! 色々事情が特殊で」


 すぐに真琴が答える。担任も名家朝比奈家の複雑な家庭環境はそれとなく理解できる。担任も頷いて言う。



「では、朝比奈さんの進路なんですが、なかなか成績優秀で恐らくほとんどの大学が十分狙えるレベルだと思います」


「へえ~、凄いな。マコ」


 真琴が嬉しそうな顔になる。担任が続けて尋ねる。



「それで朝比奈さんはどこか希望の大学はありますか?」


 担任に聞かれ真琴が一瞬考える。



(希望の大学……、特にないんだけど……)


 両親に相談したことはない。言えばきっとどこかの大学を指定されるはずだけど、彼らの言いなりにはなりたくない。真琴が龍之介の顔を見て言った。



「お義兄さんは、どこの大学だっけ?」


「え、俺? K大だけど」


 真琴が担任に向かって言う。



「じゃあ、私もK大に行きます!!」



(は?)


 びっくりするふたりを楽しむかのように真琴は笑顔でそう言い切った。






「お前なんだよ。あんなに適当に大学の希望、決めちゃっていいんか?」


 帰りの電車の中。隣同士で座った龍之介が真琴に尋ねる。真琴は窓ガラスの向こうに流れる景色を見つめながら答える。


「適当じゃないですよ。ちゃんと考えました」


「合格したら同じ大学だぞ?」


「いいじゃないですか。それとも龍之介さんは嫌なんですか?」


 ちょっと困った顔をしながら龍之介が答える。



「いや、別に嫌じゃないけど。大切な進路をなんかあんな風に簡単に……」


「私はちゃんと考えましたよ」


 そう言って頭を隣の龍之介の()に乗せる真琴。驚いた龍之介が言う。



「お、おい、マコ!! 何やって……」


 逃げようとする龍之介の腕を真琴が掴んで言う。



「いいじゃないですか。ちょっと疲れたし。それに来年こうやって一緒に大学に通うかもしれないんですよ」


 そう言って真琴は龍之介の腕をぐっと自分の方に引き寄せる。


「ちょっと、マコ。やめてくれって!!」



「お礼です、今日の」


 そう言って真琴は逃げようとする龍之介の腕をしっかりと力を入れて掴み直した。

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